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22,80パーセントの真実

 父が帰ってくると理はテーブルの向かいを示し、

「まあそこへお座りください」

 と父を座らせた。

「なんだい、あらたまって?」

「遺伝子検査の結果が分かりましたのでご報告を」

「うん」

 いつも通りいささかふやけた顔をしながら、さすがに緊張した目でまっすぐ息子を見た。

「検査の結果、僕の父親はあなたであることが判明しました。おめでとうございます」

 神妙な面もちで頭を下げる理に、忠穂は『はあ?』と多喜子と同じ反応を顔に表した。まじめくさった息子の顔を胡散臭そうに見ながら。

「だからよお、それはあり得ないってのがそもそもの前提だろうが?」

「ところが検査の結果がそうなんですから仕方ありません。あなたが僕の父親です。父さん」

「おかしいだろう? だいたいいつ俺の遺伝子なんか調べた?」

 うーん…、理は困った顔をして、父親を上目遣いに見た。

「ですねえ。まあ、父さんも馬鹿じゃないからそう簡単には納得してくれませんか」

「当たり前だ、馬鹿もん」

「じゃあ教えますが、僕は基本的に母さんのクローンです。『男』の部分だけが父さんの子どもなんです」

 さすがに忠穂も固まった。

「……理花のクローンだと?…… だが、どうして? それに俺の子どもって、いつ?……」

「仕方ないですねえ。ショッキングな話ですが気を確かに持って聞いてくださいよ?

 父さんがアメリカ留学に旅立ったとき、母さんは妊娠していたんだ。ところがその子どもは流産してしまった。その原因を調べたところ、母さんは自分がふつうの男性相手では子どもを作れない遺伝子の持ち主だと分かってしまったんだよ」

 忠穂は手を上げて理の話を止めた。

「…そうか、それであんなメールを……」

「メール?」

「ああ。俺が留学してから半年後、母さんからメールで別れを告げられたんだ。『ごめんなさい。あなたとわたしは合わなかったようです。わたしたちはもう会わない方がいいと思います。さようなら』ってな。突然でなんのことやらさっぱり分からなかったが……、そうか、合わないってのはそういうことだったのか…………」

 しばらくその意味を噛み締めて、忠穂は息子に先を続けるよう促した。

「母さんはずっと父さんを愛していたんだよ。でも二人の間に子どもは作れない。悩んだ母さんは、科学者として、答えを出したんだ。自分の知識と頭脳と技術を最大限生かしてなんとしても自分たちの子どもを生もうってね。そこで……」

 理は事実を整理するふりをして考えた。

「……そこで、母さんは自分の遺伝子の改造をしたんだ。自分の遺伝子から問題のある物を取りだし、正常な遺伝子と入れ替えたんだよ」

 忠穂が頷いた。

「そういう技術で母さんは論文を発表してたんだもんな」

「そうだったね。そうして作った遺伝子に、保存しておいた流産した子どもの細胞から父さんのY染色体を取りだしてX染色体と入れ替えて新しい子ども、つまり俺の、遺伝子を完成させたんだ」

「えーと、ちょっと待てよ」

 専門外の話に顔をしかめて忠穂は考えを整理させた。

「なんで自分のクローンにしなくちゃならないんだ? 流産した子どもの遺伝子があるなら、それを使えばいいじゃないか?」

 理は、それでもよかったかな?、と考えたが。

「死んだ子どもだよ? ゾンビじゃん?」

「ううーーん…、そうか……。じゃあだな、正常な遺伝子が出来たんなら、俺の精子とふつうに受精させればいいじゃないか?」

「さすがの母さんも完全に成功した自信がなかったんだよ。母さんは一度流産を体験している。その辛い思いを父さんに味わわせたくなかったんだよ。だから父さんと再会する前にお腹の赤ん坊の十分な生育と健康を確認しておく必要があったんだよ」

「にしてもなあ? ずいぶん極端な発想じゃないか? 俺の子なら、なんでそれを隠すんだよ?」

「実験室で遺伝子をいじくり回して生まれた子だよ? まるっきりフランケンシュタイン博士みたいじゃないか?」

「それでもなあ…、話してくれりゃよかったのに……」

「いずれは話すつもりだったんだよ、事故にさえ遭わなきゃね」

「そうか……。でも…、なあ?おまえに訊くのもなんだが、クローンって言うのは何か病気を持っていたり、短命で死んでしまうんじゃないか?………」

「いや、いろいろやって、大丈夫みたいだよ? この通り健康そのものだし」

「そもそもこんな話誰から聞いたんだよ?」

「亀潟教授。母さんの講師だった人」

「ああ、そうか」

「教授は事前に調べて全て知っていたんだよ。だから本当は俺に真実を知られたくなかったんだよ」

「高美さんを脅迫したのは教授か?」

「そのお仲間さん。母さんのファンクラブだってさ」

「なんだいそれ?」

「今は俺のファンだって。あ、そうそう、父さんずいぶん恨まれてたぜ?よくも俺たちのマドンナを、ってね」

「へへへ、そうかい?」

 忠穂は暗く笑い、しばらく沈黙した。

「おまえ、本当に俺の息子なのか?」

「そうだよ、パパ」

「やめろ、気色悪い。どうせなら女の子のクローンにしてくれりゃよかったのに」

「父さんにそういう目で見られないように男の子にしたんだよ。それに、父さんの本当の子にするには男にするしかなかったんだ」

「うん……、そうなのか………」

 忠穂はまだよく理解できていないし、いくら考えてもとうてい理解なんて出来そうにないと思った。忠穂は諦め、肩をすくめた。

「ちくしょう、孫を葵ちゃんにする計画がおじゃんだぜ」

「へっ、残念だったな、ヘンタイ親父。俺はほっとしたぜ」

 父子は不敵な笑いを浮かべて睨み合った。女の子には父親のY染色体は受け継がれないからかまわないのだが、教えてやらない。代わりに、睨み合いは息子が折れて、訊いた。

「母さんを恨んでないか?」

「なんで?」

「異常があったのは母さんの遺伝子だ。父さんは、他の女性とならふつうにふつうの自分の子が持てるんだぜ?」

「ああ、そういうことなのか…………」

 忠穂はじっと過去を振り返った。

「大きなお腹の母さんと会ったとき俺はぎょっとしたよ。母さんを置いていった自分の馬鹿さ加減に腹が立った。その時母さんは言ったんだ、『この子を受け入れてわたしと結婚して』って。俺は迷ったが、受け入れることに決めた。それを後悔したことはねえよ。真実を知った今ならなおさらな。母さんの他の女の子どもなんて欲しくもねえよ」

 理は微笑み。

「いや、今からでも遅くないから。俺も可愛い妹が欲しいぞ?」

「ばーか。もう子作りなんかする元気残ってねえよ」

「嘘つけ。枯れた爺いみたいなこと言ってんじゃねーや」

 親子は笑い、

「……そうか、おまえは俺の本当の子だったのか………」

 父は嬉しそうに事実を噛み締め、息子に訊いた。

「おまえは、生まれてきて幸せか?」

「もちろん」

「そうか。じゃあ、母さんに感謝だな」

「うん」

 美しき世紀のマッドサイエンティストに、と言おうとして、余計な茶々はやめた。

 母の医者としてあるまじき犯罪はまだ残っている。

 それは自分のためであり、父には教えなくていいだろう。

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