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21,父への告白

 自宅付近まで帰ってきた理は携帯で多喜子を家の外へ呼びだした。時刻は8時を過ぎている。

「こらサボリ」

 素直に出てきた多喜子は部の練習をさぼったことを怒って口をとがらせ、心配そうな顔になって理の顔を覗き込んだ。

「何かあった? 顔がまじめだよ?」

「なんだよ、その訊き方」

 理は笑った。

「悪いんだけどさー、おまえに聞かせられない話があるんだよなー。しばらく父さんの店で遊んでてくれないか?」

「わたしに聞かせられない話ってなによお?」

「だから、それは言えない。辰巳さんのプライバシーに関わることなんでな、おじさんと、おばさんにしか話せない。おまえは知らなくていい話だから、どうしても聞きたければお父さんから聞け」

「うん……。分かった……。マコ、やっぱり辰巳おじさんの子じゃ……」

「それは俺の問題だから、迎えに行ったら帰りに教えてやるよ」

「うん……」

 と、理は多喜子を父のコンビニまで送っていった。



 多喜子の家を訪れると、父母は笑顔を見せながら緊張の色を隠せずに理を迎えた。

 居間のテーブルで向かい合い。

「ご報告します。

 僕は佐津川辰巳さんの子ではないことがはっきりしました」

 多喜子の父はがっかりした顔をして、

「そうか。それは、残念だったねえ」

 と言った。理は多喜子の母にも訊いた。

「お母さんもやっぱり残念でした? 僕が辰巳さんの子どもじゃなくて?」

 多喜子の母は笑いながら言った。

「わたしは別にかまわないわよ? マコちゃんはマコちゃんですもの」

 理は指を顎に当て、「フム」と考えるふりをした。

「僕は嬉しかったですよ。辰巳さんの子どもじゃなくて。最初からまさかなあと思っていたんですけれどね。本当はお二人もほっとしているんじゃありませんか? 僕が辰巳さんの子どもじゃなくて?」

「何故だね? わたしは正直がっかりだよ?」

 渋い笑いを浮かべて認めない父に、理は不満そうに言った。

「お二人には是非喜んでもらわなくちゃ困るんですけどねー。

 これで僕は正々堂々お嬢さんとおつき合いできます」

 二人の顔が引きつった。

「それはいったいどういうことかな?…… 君たちはまだ高校生になったばかりだ。そういうことは………」

「そういうこと、でしょう? お母さん。」

 理にジロッと視線を向けられて母親は恐ろしそうな顔になった。

「何故急に僕がタッキーに近づくのを恐れるようになったんです?」

「それは誤解よ。だってもう高校生なんだから、やっぱり、その、ねえ? 母親としては心配しちゃうじゃない?」

「そりゃ心配でしょうねえ。血を分けた姉弟かも知れないんですから」


「理君!」

 父親が恐ろしい顔で身を乗り出した。

「いったい何を言い出すんだね? そんな、そんなこと、どうしてそういう馬鹿げたことになるんだい?」

「だって」

 理は二人を見比べて言った。

「多喜子さんは辰巳さんとお母さんの子でしょう?」


 母親は蒼白になって口をわななかせ、父親はまっ赤になって怒った。

「理君。冗談でもそれは許さないよ。わたしや妻や、娘を、愚弄するようなことは許さないよ」

 理は困った目で父親を見て言った。

「愚弄する気なんかありませんよ。僕はタッキーが大好きですし、お二人もいいお父さんとお母さんだと思っています。

 辰巳さんが自分の子どもがいるかも知れないと、何故僕の母さんの名前を出したのか?、僕は辰巳さんの子どもじゃありませんし、辰巳さんが母さんに関係することで子どもがいるかも知れないと考える理由を考えると、お嬢さんしか思い当たらないんです」

「単なる当てずっぽうだろう? それこそ君のお母さんとの関わりなんてないじゃないか?」

「辰巳さん夫婦は不妊治療に通っていて、辰巳さんは検査のため精子を提供しているんです。その検査を母の研究室が引き受けた。辰巳さんと母の接点はそれだけです」

「それで、どうして多喜子になるんだね?」

「僕の父たちは辰巳さんが母に代理出産を依頼したんじゃないかと考えたんですが、辰巳さんの人物から僕にはどうもそうは思えなかったんです。辰巳さんは奥さんを愛してらして、奥さんに黙って自分の子を代理出産させようなんて考える人じゃない。それならそれできちんと奥さんに相談したと思いますし、あの奥さんなら反対せず、むしろ積極的に賛成したでしょう。僕が考えるに、辰巳さんは絶対奥さんにそれは言わなかったと思います。これには絶対そうしない理由があるんですが……、ま、ここは奥さんをとても愛していて奥さんを傷つけるようなことは絶対しなかった、と了解してください。

 浮気の心当たりのまったくない辰巳さんが何故自分に子どもがいると思ったか? そうではないか?と疑う具体的な心当たりがあったんじゃないでしょうか? しかし浮気などしたことのない自分に他の女性との間に子どもがいるわけがなく、唯一の心当たりと言えば、クリニックの研究室、母さんに提供した検査用の精子だけです。辰巳さんはその精子がその心当たりの子どもに使われたのではないかと考えた。

 しかしこれは、明らかに犯罪でしょう? いったいどういった罪状になるのかは分かりませんけれどね。

 僕は母の子どもですからねえ、母が何か悪質な意図を持って……例えば将来の佐津川家の後継問題とか…を狙って検査用の精子を転用したとは考えたくありません。では何故医者の倫理にもとるそのような行為を行ったのか?

 辰巳夫婦と同じように不妊治療を受けている夫婦に、特に辰巳さんの精子を希望する夫婦、がいたのじゃないでしょうか?

 結果から考えて、その夫婦は夫の方になんらかの子どもを作れない原因があったと考えられます。彼女は母親そっくりの特徴のある耳をしています。耳の形は遺伝しやすいそうですからね。

 彼は辰巳さん夫婦が不妊治療を受けているかも知れないことは知っていたが、たまたま、関係する研究室に親友である辰巳さんの精子が保存されていることを知り、辰巳さんの奥さんが子どもを産めない体になってしまっていることを知った。辰巳さんのことをよおく知っている彼は辰巳さんが奥さんの心を傷つけてまで自分の子どもを持とうとはしないだろうことが容易に推測された。一方で、自分と同じように子どもを持ちたいと強く願っているだろうことも推測できた。だから彼は自分の奥さんと相談して、辰巳さんの遺伝子で自分たちの子どもを生むことにしたのです。辰巳さんには内緒でね」

「君の話は、たまたま、が多すぎないか?」

「仕方ありません。結果からの推測ですから。

 彼は成長した子ども……娘を、たびたび趣味のテニスに連れ出して遺伝的な父親である辰巳さんに会わせています。最初親友の娘を羨ましくただ可愛がっていた辰巳さんも、だんだんと、おかしな違和感を感じるようになった。違和感どころか、妙な親密感を覚えるようになっていった。辰巳さんは戸惑いましたが、おそらく、親友は、『子どもを持てない悲しみは自分もよおく分かる』とでもいったように言外に自分も不妊治療を受けていたということをほのめかしたんじゃないでしょうか? それで辰巳さんは親友がどうにかして自分の精子を手に入れ、この娘を生んだのだと分かったが、それを親友に問いつめることはしなかった。その後も二人の親交が続いたことを思えば、二人とも納得した上で、自分たちの娘の成長を温かく見守っていたんじゃないでしょうか? お互い暗黙の内にこの秘密を決して公にしないと誓い合いながら」

 多喜子の父は額を抑えて悩ましく言った。

「……何もかも、君の当て推量じゃないか?」

「辰巳さんを死なせたのは、お父さん、あなたでしょう?」

 父親は弾かれたように顔を上げた。その目は張り裂けそうに血走っていた。

「俺が………、何故あいつを………」

「お父さんは辰巳さんがまだ元気な頃……とは言ってもすっかり痩せ衰えていたでしょうが……ともかくまだ容態の安定していた頃、無菌室に入室して直接辰巳さんに会っていますね?

 辰巳さんは、あなたに謝罪したんじゃありませんか? 病に気弱になってつい子どものことを話してしまったと。あなたは驚いたでしょうが、辰巳さんが話したのは『いるかも知れない』という推測と精子を提供した母さんの名前だけだった。

 ひとまずほっとしたあなたに、辰巳さんは言ったんじゃないでしょうか?、自分を死なせてほしい、と。残念ながら辰巳さんは癌の転移こそなかったが、待望の骨髄液の提供者は見つからず、薬漬けの体はもはや限界までぼろぼろになり、意識がもうろうとすることが多くなっていたんじゃないでしょうか? また子どものことを口走る危険を感じ、もうこの苦しい闘病生活を終わりにしたいと願ったのではないでしょうか?

 当然あなたはとんでもないと断ったでしょう。すると辰巳さんは今度はあなたに、何か多喜子さんの持ち物をくれないか?と願い出た、できたら、彼女が直接身につけたような物を」

 父親はますますぎょっと目を血走らせた。赤かった顔が青黒くなっている。理は申し訳ないように悲しく言った。

「あなたは、その意味が分かった。多喜子は辰巳さんが入院してから一度もお見舞いに来ていない。辰巳さんが断ったのでしょうが、会いたくないはずがない。いよいよ危なそうだと見てあなたも連れてきたかったが、たまたまその時は都合が悪かった。あなたはつい言い訳をした、娘は今風邪をひいていてね、と。

 大会前、風邪ひいてましたよね?、タッキー。たいしたことはなさそうだったけど、マスクをしてましたから」

 父親は、ううむ…、と思わず悲惨なうめき声を上げた。理は申し訳なく思いながら続ける。

「あなたはさんざん迷ったでしょうが、けっきょく、辰巳さんの望み通り娘の持ち物を無菌室に持ち込み、辰巳さんにあげた。しかしきちんと管理された無菌室に無断で持ち込まれた物はなかったそうですから、仮にあってもそれと気付かれない物と言うと、…………あの、やっぱりマスクをあげたんですか?」

 父親は両手で顔を覆い、うつむいた。

「そうだ!…………… 俺が、あいつを殺したんだ!……………………」

 多喜子の母も悲愴な顔で、うう、と涙をにじませた。父親が言う。

「俺が殺した。俺は、娘を、多喜子を、失うのが怖かったんだ。真実を知って、娘の心が俺から離れ、俺たち夫婦から、佐津川家に取り上げられるのが怖かったんだ! だから、だから、俺が、殺したんだ……………」

 ううう…、と父親はわななく指の間から涙をこぼした。

 理は、

 自分が追いつめておきながら、困ったなあというように力なく笑って言った。

「違うでしょう。

 辰巳さんは死を前にして、せめて娘さんのぬくもりが感じたかっただけでしょう?

 それがマスクとはねえ。清廉潔白なハンサムガイの辰巳さんともあろう男が、最後になって女子高生のブルセラにはまるなんて、ねえ?、かっこわるい」

 理はアハハと笑った。

「かっこいい辰巳さんの、最期の最後のかっこわるい姿を、秘密にしておいてあげましょうよ? ねえ?」

 多喜子の母は夫をすがるように見つめた。

「しかし……」

 うめくように言う父親に、理は言った。

「あなたは、子どもを抱くことの出来なかった父親の、最期の、切ない願いを叶えてあげただけです。その辰巳さんも、願っていたのは自分の娘が幸せな生活を続けていくこと、これに尽きるんじゃないですか? 辰巳さんが亡くなったのはとても残念で悲しいけれど、彼が願ったとおり、みんな平和に、幸福でいられるのですから、それでいいじゃないですか。ね?」

 ようやく、父親が言った。

「マスクを渡すと、あいつは『恥ずかしいから見るな』と言った。それで俺は後ろを向いていたが、あいつが泣いているのが分かった。だがそれは、悲しくて泣いているんじゃない、嬉しかったんだ、自分の血を受け継ぐ子がこの世に生きていることが。自分が死んだ後も、健やかに生きていくことが。あいつが悲しんでいなかったことが、罪を犯した俺の、せめてもの慰めだった…………」

「あなた…」

 と妻が夫の背を撫でた。父親はうっうっとむせび泣き続けた。

 理は微笑み、

「じゃ、僕はそろそろ」

 と立ち上がった。

「タッキーを迎えに行きますから、あんまりいつまでも泣いていないでくださいね?」

「理君。わたしは本当に……」

「いいんですよお。タッキーの幸せを考えること、それが第一です。ね、お父さん?」

 父親はむっと怖い顔になって理を睨んだ。

「まだまだ君に気安くお父さん呼ばわりされんぞ」

 理は怖そうに肩をすくめて、笑った。

「はい。約束します。僕は多喜子さんが大好きです。彼女を傷つけるようなことは、絶対にしません」

「それじゃあ答えになっておらんぞ」

 理はイヒヒと笑い、母親に助けを求めた。

「どうしましょう、お母様?」

 母親は笑い、言った。

「ま、高校生らしく、ほどほどにね?」

 理は

「はい」

 とかわいこぶって答え、

「では、娘さんを迎えに行って来ます」

「理君」

 父親は言った。

「ありがとう」

 理は笑い、玄関へ向かった。



 店の休憩室でテレビを見ていた多喜子を呼んで、理は再び代根家へ向かった。

「ねえ? お父さんに話ってなんだったの?」

 と多喜子は知りたがったが、

「おまえには教えてやらん」

 と理は誤魔化した。

「いや、実はな、おまえとの結婚を前提にしたおつき合いのお許しをもらいに行った」

「またあ〜、馬鹿なこと言ってえー」

「あのさ、おまえ店で何か食べたか?」

「おじさんにアイスおごってもらって食べたけど?」

「何味?」

「ストロベリーチョコ・アンド・ジャム」

「じゃ、ちょうどいいや」

 理は立ち止まり、多喜子に向かい合うと、肩を抱いて唇を合わせた。

「ファーストキス…だろうな?」

 びっくりした顔の多喜子がコクンと頷いた。

「そっか。俺もだ」

 理は嬉しそうに優しく微笑んだ。

「なによ、急に……」

 すねたように、ちょっぴり悲しそうに多喜子は言った。

 その顔を、とても女らしいと理は感じた。

「今日はさ、俺にとって特別な日なんだ。

 父親が分かったんだよ。

 俺の父親は、父さん、馬場忠穂だった」

 多喜子はうん?と首を傾げた。

「でもそれはあり得ないんじゃ……」

 理は悪戯っぽく笑って言った。

「母さんがちょっとした手品を使ってね。ま、俺たちも子作りする頃になったら種明かししてやるよ」

「なによそれえ? 誰があんたと……」

「なんだよおー、俺の子ども生んでくれないの?」

「マコトの………………バカあ〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 理は「あはははは」と笑って多喜子の平手打ちを避けたが、回し蹴りを尻に喰らった。

「イッテえーー!」

「フーーンだ。浮気なんかしたらこんなものじゃないからね!」

「あはは、しないしない、愛してるぜ、多喜子」

「バカアっ!!」

 賑やかにわあわあ騒ぎながら、二人は父母の待つ温かな家路を辿るのだった。

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