第51話【配信】黒翼竜、もふもふ領地で朝ごはんを食べ、王都を揺らす
配信開始から一秒で、コメント欄が壊れた。
理由は簡単だった。
闇猫ちゃんねるの朝ごはん配信に、竜が映っていたからだ。
「皆様、こんにちは。闇猫ちゃんねるです。今日は、もふもふ領地の朝ごはんをお届けするにゃん」
《待って》
《背景がおかしい》
《竜いる》
《黒翼竜!?》
《朝ごはん配信とは???》
《なんで竜がボーロ食ってるんだよ》
《竜用ボーロって何》
《神獣様用から派生するな》
画面の中央奥には、黒翼竜ラグナス・リュードラがいた。
黒い翼を畳み、広場に伏せている。
その前には、ミルナが作った竜用の神獣ボーロ。
ラグナスは、皿の上のボーロを見ていた。
かなり見ていた。
「これは朝食ではない」
ラグナスが、重々しく言った。
「確認だ」
《喋った!?》
《竜が喋った》
《確認とは》
《もう食べてるじゃん》
《竜の朝ごはん配信じゃん》
《確認で粉つくの?》
「毒見だ」
《毒見なら仕方ない》
《ほぼ食後じゃね?》
《毒見で幸せそうにするな》
ラグナスは黒翼竜族としての威厳を保とうとしていた。
ただ、口元に神獣ボーロの粉が少しついていた。
威厳は、少しだけ負けていた。
リュシアは、その横に座っていた。
配信を始めると言った瞬間、俺が無言で椅子を置いたからだ。
画面越しなら、いつものリュシアに見えるだろう。
軽く笑って。少しかすれた声で。
闇猫ちゃんとして、いつもの調子を作っている。
でも、俺には分かる。
指先に力が入っていない。
肩の動きも小さい。
まだ、座っているだけでも無理をしている。
「今日は少し寝起き声にゃん。眠いにゃ」
《寝起き声かわいい》
《朝配信助かる》
《先生が椅子置いた?》
《座らされてるの草》
「先生は心配性ですにゃん」
「心配される状態で配信するな」
画面外から、俺は思わず言った。
《先生いた》
《いつもの先生》
《今日は先生が正しい気がする》
《闇猫ちゃん、先生に制御されてる》
「制御されてないわ。愛されているだけよ」
「おい、言い方!」
《急に甘い》
《先生固まってそう》
《竜の前でいちゃつくな》
《竜が困ってる》
ラグナスが、ゆっくりこちらを見た。
「人間とダークエルフの求愛儀礼は、朝から行うものなのか?」
「違う」
「必要なら、朝でも夜でも構わないわ」
「リュシアも乗るな」
リュシアは小さく笑った。
その笑い方に、少しだけ息が混じる。
俺はすぐに止めたくなった。
でも、リュシアの目は画面を真剣に見ていた。
逃げる目ではなかった。
「さて」
リュシアは、いつもの配信用の笑みを作った。
「ここまでは、少し不思議な朝ごはん配信でしたにゃん」
《少し?》
《かなり不思議》
《竜がボーロ食ってる時点で少しではない》
《でもかわいい》
《竜かわいいって言っていいのか?》
「でも、ここからが本題です」
声の温度が、少しだけ変わった。
コメント欄の流れが、わずかに落ちる。
「皆様に、衝撃の事実をお伝えするにゃん」
《急に本題》
《語尾と内容の温度差》
《衝撃の事実をお伝えするにゃん、怖い》
《竜の朝ごはん以上の衝撃ある?》
「三日前の夜、もふもふ領地は襲撃されました」
《は?》
《襲撃?》
《三日前?》
《そんなこと起きてたの?》
《今朝ごはん食ってるのに!?》
《なんで今まで出なかったの?》
「すぐに伝えられなかったのは、負傷者の治療と、領地の安全確認を優先したからです」
リュシアは、ほんの少しだけ笑った。
「それから、私も少しだけ長く眠っていましたにゃん」
《少しだけ?》
《寝起き声ってそういうこと?》
《闇猫ちゃん無理してる?》
《先生が椅子置くわけだ》
「王国のナイトハウンド。そして、黒翼竜ラグナス・リュードラさんが、もふもふ領地を襲いました」
《今隣で食ってるじゃん!?》
《どういうこと?》
《敵なの?味方なの?》
《ボーロ食ってる場合じゃない》
「正確には、ラグナスさんが自分の意思で襲ったわけではありません」
リュシアは、ラグナスを見た。
ラグナスは、もうボーロを見ていなかった。
金色の瞳が、静かに画面へ向いている。
「ラグナスさんは、眠らされ、制御針を打たれ、兵器として動かされていました」
《兵器!?》
《竜を?》
《眠らされた?》
《制御針って何?》
《待って朝ごはん配信から急に闇が深い》
俺は、布に包んでいた黒い針を画面の前に置いた。
昨日、ラグナスの首筋から抜いた制御針だ。
抜いた時の感触が、まだ指先に残っている。
こういうものを、生き物の体に打ち込んだ人間がいる。
「これが、ラグナスさんの体に打ち込まれていたものです」
《うわ》
《針?》
《これで竜を操ったの?》
《えぐい》
《先生また変なもの抜いてる》
「洗脳ではありません」
俺は、短く言った。
「深層麻酔で意識を沈め、痛みと命令反応だけを残して、体を動かしていた」
《麻酔?》
《眠らせたまま戦わせた?》
《それもっと怖くない?》
《医療技術の悪用じゃん》
《誰がそんなことを》
リュシアは、一拍置いた。
けれど、名前は言わなかった。
「ここからは、ラグナスさん本人に話してもらいます」
カゲツが、画面の端で口を開いた。
「補足しておく。竜族は、氏族名を名乗った証言に嘘を混ぜない」
《どういうこと?》
《急に重そうな話きた》
「竜にとって名は鱗より重い。氏族名を名乗って偽れば、竜の谷へ帰る資格を失う。今からラグナスが名を名乗って語るなら、それは竜族社会に対する誓約に近い」
《証言の重みが違うやつ》
《竜族文化きた》
《つまり嘘つけない証言?》
《聞く準備できた》
《誰がやったんだよ》
ラグナスが、ゆっくりと首を上げた。
広場の空気が変わる。
さっきまでボーロを確認していた竜が、別の何かになった。
「我は、黒翼竜族リュードラ氏族のラグナス」
コメント欄の流れが止まった。
「氏族名を名乗って語る。偽りはない」
静寂。
「我を兵器として操った者は――」
ラグナスは、金色の瞳を画面へ向けた。
「王国医務卿。アイズ・ヴィタリスだ」
コメント欄が、一瞬だけ止まった。
ラグナスは、さらに低く告げた。
「我は、この名を忘れぬ」
広場の空気が、重く沈む。
「竜は、自らを眠らせ、翼を奪った者の名を忘れない」
《は?》
《今なんて?》
《王国医務卿?》
《アイズ・ヴィタリス!?》
《王都の?》
《いやいやいやいや》
《竜本人が氏族名で言ったぞ》
《待って待って待って》
《これ王都案件じゃないの?》
《証言の重さが分かる人間が震えてる》
ラグナスは、続けた。
「アイズ・ヴィタリスは、我を眠らせた。制御針を打ち、我が翼と身体を、我の意思ではなく命令で動かした」
《竜を兵器にしたってこと?》
《医務卿が?》
《それ医務じゃなくて兵器開発だろ》
《眠らせたまま戦わせたのか》
《医療技術の悪用じゃん》
《黒翼竜族にそれやったの、終わりでは》
黒翼竜の金色の瞳が、静かに細くなる。
「我は、もふもふ領地を襲う意思などなかった」
一拍。
「我は、もふもふ領地に敗れたのではない」
最後に、はっきりと言った。
「治療された」
コメント欄が、弾けた。
《治療された?》
《敗北じゃなくて治療?》
《竜がそれ言うのか》
《治して、朝ごはん出して、本人に証言させてる》
《何この流れ》
《竜を兵器にした医務卿》
《竜を患者として扱った魔物領地》
《どっちが医務してるんだよ》
《医務卿より医務してる》
《朝ごはんで王都を殴るな》
《これ竜の谷が黙ってないやつ》
リュシアは、コメント欄を見た。
それから、画面を正面に向けた。
「思い出してほしいにゃん」
かすれた声のまま、続けた。
「かつて魔狼姫を処刑配信にかけ、命を素材として扱った人がいました」
《サディウス》
《あの禁忌研究者か》
《魔狼姫事件……》
「今回、ラグナスさんに使われた制御針と麻酔術式。形は違っても、根は同じです」
リュシアは、画面から目をそらさなかった。
「命を、命として扱っていない」
コメント欄の流れが、少しだけ鈍る。
「アイズ・ヴィタリスは、竜を兵器にした」
リュシアは、言い切った。
「けれど、私たちは竜を敵として殺さなかった」
その時、くーちゃんがリュシアの足元まで歩いてきた。
まだ少し眠そうな顔で、それでも画面の前に座る。
「きゅーん」
リュシアは、ほんの少しだけ目を細めた。
「そうね。くーちゃん」
そして、赤いランプを見た。
「だから、今日、届けます」
かすれた声なのに、その言葉だけはまっすぐだった。
「治療した。朝ごはんを出した。そして、証言してもらっている」
リュシアは、画面へ向き直る。
「これが、もふもふ領地の答えです」
***
配信を終えた後も、コメント欄はまだ動いていた。
止まっていなかった。
配信端末の向こうで、世界が動き始めている。
「寝ないとだめだ。リュシア」
「分かってるわ。先生」
リュシアは、椅子に座ったまま、小さく笑った。
「でも、やられっぱなしは、性に合わないの」
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
黒翼竜、朝ごはんを食べました。
……朝ごはん配信のはずが、だいぶ大きな話になってしまいました。
トーマは、目の前の命を治す人。
リュシアは、それを世界に届く言葉へ変える人。
今回は、リュシアが「もふもふ領地の答え」を配信で示す回でした。
敵として殺すのではなく、治療する。
兵器として扱われた竜に、朝ごはんを出す。
そして、その竜自身の言葉で世界を動かす。
この作品らしい回になったかなと思っています。
続きが気になる、もふもふ領地を見守りたいと思っていただけましたら、
★や作者フォローで応援していただけると、とても励みになります。
くーちゃん「竜用ボーロも、審査するワン」




