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異世界転生した底辺盗賊の俺、悪名を喰らって悪の帝王へ成り上がる  作者: タクト
第七章 白煙と落日の王都

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第9話 白き宣戦



 王都ルヴェリアは、静かに動き出していた。


 鐘が鳴り、人が走り、書類が運ばれる。

 だが、そこに怒号は少ない。


 外務卿バルトラム・クレインは、各国公館へ送る通達文を確認していた。

 王騎卿クラウス・ロムウェルは、王牙騎士団レガリアナイツの配置表を受け取っている。

 法務卿は非常時の拘束権限を整理し、財務卿は倉庫の封印解除に必要な王印を求めていた。


 聖教会が動く。


 それは、もはや疑いではなかった。


 ただし、王城が想定していたのは軍だった。

 聖騎士を編成し、神の使徒イノセントを旗印に掲げ、街道か港か、大運河か空路か、いずれにせよ外から王都へ迫る軍勢。


 だから王都は、外で迎え撃つ準備をしていた。


 王都外縁。

 街道。

 港。

 水門。

 貴族街へ続く坂道。

 王城へ至る中央街道。


 その全てに目を置き、剣を置き、命令を置こうとしていた。


 国王ゼクス・ルヴェリア・クリスタリアは、執務室で報告を受けていた。


 白髪交じりの金髪。

 鋭い灰色の目。

 机の上には、王都周辺の地図と、封蝋された報告書がいくつも置かれている。


「北街道の監視は」


「異常なし」


「港は」


「外洋に不審艦なし。小型船の出入りは制限中です」


「聖教会東支部は」


「表向き、沈黙しています」


 表向き。


 その言葉に、ゼクスの眉がわずかに動いた。


「表向きでない報告は」


「聖職者の移動が減っています。礼拝堂の閉鎖が三件。施療院の搬入記録に不自然な空白が」


 ゼクスは、地図を見下ろした。


「……動くなら、早いな」


 その時だった。


 王城が、低く揺れた。


 棚の金具が鳴る。

 窓硝子が小さく震えた。


 室内の文官たちが、一斉に顔を上げる。


「地震か?」


 ゼクスは呟いた。


 誰もすぐには答えられない。


 揺れは短かった。

 地震にしては、妙に硬い。

 爆発にしては、遠い。


 扉の向こうで足音が乱れた。


「陛下!」


 若い家臣が、息を切らして飛び込んでくる。


「黒牙本部方面にて、大規模な魔力反応!」


 ゼクスの目が細くなった。


「黒牙で?」


「はい! 光の柱が確認されました! 詳細は不明ですが、何らかの動きがあったものと!」


「近郊の軍は」


「確認されておりません!」


「聖騎士の進軍は」


「ありません!」


「街道、港、運河、空路の監視は何を見ている」


「全監視所、外縁防衛線に異常なし!」


 異常なし。


 その言葉が、執務室の中で奇妙に重く落ちた。


 外から敵は来ていない。

 だが、王都の中で光が立った。


 ゼクスは机に手をついた。


「……嫌な位置だ」


 そこへ、別の家臣が駆け込んできた。


 顔色がない。


「陛下!」


「今度は何だ」


「空です!」


「空?」


「王都上空に、四つの光が確認されました!」


 ゼクスは、椅子を蹴るように立ち上がった。


「屋上へ」


 王は走った。


 廊下を抜ける。

 階段を上がる。

 背後で家臣たちが慌てて続く。


 王城の屋上へ出た瞬間、熱くも冷たくもない風が頬を撫でた。


 クラウス・ロムウェルとバルトラム・クレインが、すでにそこにいた。


 クラウスは灰色の長髪を風に揺らし、空を見上げている。

 首元の聖環が、鈍く光っていた。


 バルトラムは綺麗に整えた口髭を指で押さえ、目を細めて空を睨んでいる。

 その顔に、外交官らしい余裕はなかった。


「陛下」


 クラウスが振り返る。


 ゼクスはその横に立った。


「あの光は」


 王都の空。


 そこに、四つの光があった。


 遠い。

 小さい。

 だが、人型だと分かる。


 背に白い翼。

 白い服。

 金の首輪。

 神聖と呼ぶには、あまりにも冷たい輝き。


「……神の使徒イノセントか」


 バルトラムが、低く言った。


 次の瞬間。


 空で、無数の星が瞬いた。


 一瞬だけ、綺麗だった。


 真昼の空に星が浮かんだように見えた。

 白く、細かく、雨粒のように。


 それが、王都へ降り注いだ。


 光が落ちる。


 王城ではない。


 街へ。


 中央区へ。

 外縁区へ。

 倉庫街へ。

 騎士団の詰所へ。

 橋へ。

 広場へ。

 民家へ。

 市場へ。


 ひとつ落ちるたびに、街が白く弾けた。


 遠くの鐘楼が折れる。

 石橋が崩れ、水路へ瓦礫が落ちる。

 屋根が吹き飛び、街路が裂け、塔が崩れる。


 さらに光は、波のように外へ広がっていく。


 王都が、外側から攻められているのではない。


 内側から壊れていた。


「……馬鹿な」


 ゼクスの口から、かすれた声が漏れた。


 早すぎる。


 まだ準備は終わっていない。

 騎士団の配置も、避難誘導も、外縁防衛も、何もかも始めたばかりだ。


 命令を出す前に、街が壊れている。

 守る場所を決める前に、人が死んでいる。


 ゼクスの膝が、わずかに折れた。


 クラウスが腕を伸ばそうとする。


 だが、ゼクスは自分の足で踏みとどまった。


「……甘く見ていた」


 王の声は、風に消えそうだった。


「イノセントを、甘く見ていた」


 白い光が、また街を裂く。


「戦争を、甘く見ていた」


 遠くで黒煙が上がる。

 泣き声も悲鳴も、ここまでは届かない。

 届かないことが、なお恐ろしかった。


「聖都の計画を、甘く見ていた……」


 これは侵攻ではない。

 王都を外から落とす戦ではない。


 最初から、王都という都市の機能を殺すための一撃。


 四つの光のうち、三つが動いた。


 東へ。

 西へ。

 南へ。


 それぞれ別方向へ、白い尾を引いて飛んでいく。


 残った一つだけが、王都上空に留まった。


 その姿が、わずかに見える。


 金髪の長髪。

 整った顔立ち。

 三十ほどに見える男。

 かなり体格がいい。

 白い服。

 金の首輪。

 背には白い翼。


 美しい。


 だが、その美しさは人を救うためのものではなかった。


 次の瞬間、声が聞こえた。


 耳ではない。


 頭の中に、直接響いた。


『我が名は、ガブリエル』


 王城の屋上にいる者だけではない。


 王都中の人間が、同じ声を聞いていた。


 倒れた者。

 逃げる者。

 瓦礫の下で息をする者。

 地下へ逃げる者。

 剣を取る者。

 子を抱く者。


 その脳に、声が触れていた。


『聖都クリソストモスより遣わされし、神の使徒イノセント第二柱』


 丁寧な声だった。


 けれど、祈りではない。

 それは判決だった。


『神の言葉を伝える者である』


 王都の空に、ガブリエルが立つ。


『東の都ルヴェリアよ。汝らは神の血脈を私欲に用いた』


 ゼクスは歯を食いしばった。


『大運河は、神が大陸へ刻みし聖なる流れ。万人へ開かれるべき神の血である』


 ガブリエルの声は、穏やかなまま強い。


『だがルヴェリア王族は、その血脈に門を築き、税を課し、富を蓄え、周辺国を経済の鎖で縛った』


 バルトラムの指が、口髭から離れる。


『悪魔を使役し、背信の牙を飼い、神の秩序を嘲笑った』


 クラウスの首元の聖環が、かすかに揺れる。


『このままでは、南は干上がり、北は凍てつき、中央の信仰は揺らぐ』


 ガブリエルは、両腕を広げた。


『よって、神の名のもとに宣戦を布告する』


 空が、白く震えた。


『これは聖都クリソストモスによる聖戦である』


 王都の各所で、別の光が生まれた。


 紫の光。


 それは、聖教会東支部だけではなかった。


 地区礼拝堂。

 施療院。

 孤児院に併設された小聖堂。

 巡礼宿。

 鐘楼。

 外縁の小さな祈祷所。


 王都の人々が祈りを捧げてきた場所から、紫の門が開いていく。


「報告!」


 屋上へ兵が駆け込んできた。


「聖教会東支部に紫門発生!」


 別の兵が続く。


「第三礼拝堂より武装集団!」


「南区施療院、中庭に魔法陣! 聖騎士と思われる部隊が出現!」


「西外縁、第七祈祷所より白鎧の兵!」


「巡礼宿地下からも敵影!」


 バルトラムが、呆然と呟いた。


「聖教会施設ばかりではないか……」


 クラウスの目が細くなる。


「最初から、門を埋めていたか」


 紫の門から、人が出てくる。


 白鎧の聖騎士。

 武装した聖教会兵。

 支援部隊。

 占領部隊。


 その中心に、聖都直轄の騎士団がいた。


天啓の騎士団(エデン・オラトリオ)……」


 誰かが呟いた。


 ガブリエルの声は続いている。


『ルヴェリアの罪は、血によって洗われる』


 王都の空が、冷たく鳴った。


『贖罪として、百万人の命を差し出せ』


 ゼクスの顔から、血の気が引いた。


『増えすぎた国力を削ぎ、背信の富を砕き、神の秩序へ帰順せよ』


 ガブリエルは、静かに告げる。


『完全降伏せよ。さもなくば、王都ルヴェリアは罪ごと焼き清められる』


 屋上に、沈黙が落ちた。


 すぐ下では兵が走っている。

 街は燃えている。

 紫の門から敵が溢れている。


 だが、ゼクスの耳には、一瞬何も聞こえなかった。


 百万。


 数字だった。


 民が、数字にされていた。


「陛下」


 クラウスが、王の前に出た。


「場内へ」


 ゼクスは、街を見ていた。


「クラウス……民が」


「承知しております」


 クラウスは、空を見上げなかった。

 膝をつくことも、祈ることもしなかった。


 ただ、王の前に立った。


「だからこそ、陛下には場内へお戻りいただきます」


「民を置いて逃げろと言うのか」


「違います」


 クラウスの声は、静かだった。


「民を守るために、王を失うわけにはまいりません」


 ゼクスの唇が、強く結ばれる。


王牙騎士団(レガリアナイツ)で迎撃します」


 クラウスは告げた。


「王城門前、中央街道、貴族街入口を固めます。聖教会施設から湧く敵は、地区部隊で押さえます」


「数が足りると思うか」


「足りません」


 即答だった。


「ですが、噛みつかねば民が死にます」


 クラウスは腰の剣に手を置いた。


「我らは王国の表の牙。ここで噛みつかず、いつ噛みつくというのですか」


 ゼクスは、深く息を吸った。


「……頼む」


「御意」


 バルトラムが、一歩前へ出た。


「クラウス卿が敵を止めるなら、私は生存者を逃がします」


 ゼクスが振り向く。


「バルトラム」


「使える伝令と文官をすべて動かします。港湾局、商館、各国公館、地下水路管理局へ通達を」


 バルトラムの声は早い。

 だが、乱れてはいなかった。


「聖教会施設は危険区域。紫門確認区域への接近は禁止。水門は完全封鎖しない。逃げ道まで塞ぐわけにはいきません」


「できるか」


「命じられずとも」


 バルトラムは、乱れた上着を片手で整えた。


「王都は石でできています。崩れても積み直せる」


 その目が、燃える街を見た。


「人は戻りません」


 ゼクスは頷いた。


「行け」


 クラウスとバルトラムが動く。


 白い光はまだ降っている。

 紫の門はまだ開いている。


 王都ルヴェリアは、壊されていた。


 だが、港と水門は残されている。

 大運河の施設も、主要な倉庫も、すべてを壊してはいない。


 敵は王都を更地にする気ではない。


 使う気だ。


 王都ルヴェリアを殺し、その死体を占領する気だ。

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