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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
第3章:宇宙の覇権奪取

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第51話 十六歳の夏と、歴史の修正力の胎動

 西暦2028年、夏。

 私が宇宙空間に『絶対報復システム(デッドマンズ・スイッチ)』の要たる『神のトール・ハンマー』を完成させ、アメリカのゼウス計画をメルトダウンの業火と共に葬り去ってから、三年の歳月が流れていた。


 南国の強烈な太陽が降り注ぐ、沖縄のプライベートリゾートアイランド。

 イージス・イノベーションズの莫大な資金力によって島ごと完全に買収・貸し切りにされたこの場所は、白い砂浜と透き通るようなエメラルドグリーンの海が広がる、文字通りの地上の楽園だった。


「お父さん、遅いよ! 早く泳ごう!」


 波打ち際から、私を呼ぶ快活な声が響く。

 今年で十六歳、高校一年生になったサチコだ。

 太陽の光を浴びて輝く彼女の姿は、幼かった頃の面影を残しつつも、すっかり大人びた女性の美しさを纏い始めていた。数年前の反抗期特有の刺々しさは少し鳴りを潜め、こうして家族旅行にも素直に同行してくれるようになった。


「今行く。だがサチ、あまり沖へは行くなよ。監視ドローンは配備しているが、自然の海潮は予測不能な部分がある」

「もう、心配性なんだから! ちゃんと足の届くところにいるってば!」


 彼女が笑いながら海水を蹴り上げる姿を見つめ、私は静かに目を細めた。

 親としての小言を並べつつも、私の内側にあるのは冷徹な計算と、絶対的な安全に対する確信だった。

 上空には光学迷彩を施したヴァルハラの自律型防衛ドローンが常時滞空し、海底には音波センサー網が張り巡らされている。さらには、島のジャングルにはヴィクトルが統括する『シャドウ』の精鋭たちが気配を完全に殺して潜伏し、いかなる外部からの侵入者も秒単位で排除する体制が敷かれていた。

 彼女に危険が及ぶ可能性は、文字通りゼロである。


「宗一くん、本当に嬉しそうね」


 パラソルの下で、冷たいトロピカルジュースをグラスに注いでいた結衣が、クスリと笑って私を見た。

 彼女の姿を見て、私の胸の奥に深い感慨が込み上げてくる。

 前世の記憶において、結衣は2025年に重い病魔に侵され、若くしてこの世を去った。だが、今世では私が用意した次世代型医療ナノマシンの恩恵により、その『死の運命』をとうの昔に乗り越えている。

 病の影すら寄せ付けず、若々しく健康なまま、こうして私の隣で笑っているのだ。


「……ああ。私の人生において、これ以上の喜びはない」

 私はパラソルの下へ歩み寄り、結衣の隣のデッキチェアに腰を下ろした。


「最近、お父さんって呼ばれることにも慣れてきたわね」

「まだ少し寂しい気もするがね。『パパ』と無邪気に抱きついてきた頃が懐かしいよ」

「ふふっ、女の子はそうやって大人になっていくのよ。……でも、こうして三人で平和に旅行ができるなんて、本当に夢みたい。あなたの会社が大きくなりすぎて、一時はどうなることかと思ったけれど」


 結衣の言葉に、私は海を見つめたまま、静かに頷いた。


 表の世界では、イージス・イノベーションズはもはや一企業の枠を遥かに超越した、地球規模の『帝国』として君臨している。

 日本近海から無尽蔵に引き上げられるクリーンエネルギーは世界市場を完全に支配し、低軌道上に展開された数千基の『イージス・リンク』は、全人類の通信インフラの八割以上を掌握していた。

 アメリカ、中国、ロシア、欧州連合。かつて世界を我が物顔で分割・支配していた四大勢力も、エネルギーと情報という国家の生命線を私に握られ、完全に牙を抜かれた状態にある。


 特にアメリカは、三年前の『ゼウス計画』の悲惨なメルトダウンと大爆発によって、宇宙空間における軍事的・技術的覇権を完全に喪失した。議会の追求によって宇宙軍は事実上解体され、莫大な予算は国内のインフラ維持に回されることとなった。

 私が宇宙に配備した『神の雷』の存在を、彼らは未だに正確には把握していない。だが、あの時私が突きつけた「次に手を出せば国家ごと消す」という絶対的な死刑宣告と、システムを五分間完全に沈黙させられたトラウマが、彼らの国家中枢に深い恐怖という名の楔を打ち込んでいる。


「……すべては、順調だ」

 私は、手元のグラスについた水滴を指でなぞりながら、内心で独り言ちた。


 私たちの血中には、極小のナノマシンが静かに溶け込んでいる。

 それは私たちを病気から守る万能薬であると同時に、軌道上の『神の雷』のメインフレームと常時接続するための生体アンテナだ。

 もし私たち家族の誰か一人でも、理不尽な暴力によって命を奪われるようなことがあれば、その瞬間に四十八時間のカウントダウンが始まり、四大勢力の首都はプラズマの業火によって地図から消滅する。


 私が命を懸けて造り上げたこの『絶対報復システム』が存在する限り、世界は強制的に平和を維持し続けなければならない。

 国家間の戦争も、大規模なテロリズムも、イージス社の『神のオーディンズ・アイ』による監視と、報復の恐怖によって未然に封じ込められている。

 歴史の修正力という見えない運命すらも、私が構築した物理的・システム的な絶対防壁の前には、無力化されたのだと確信していた。


     * * *


 夕食が終わり、遊び疲れたサチコと結衣が寝室へ向かった深夜。

 私は一人、ヴィラの地下に構築された極秘のセキュアルームへと足を踏み入れた。


 表の世界での『父親』としての休日は終わった。ここからは、この平和な世界を維持・管理するための『総帥』としての仕事だ。

 照明を落とした部屋の中で、暗号化通信のシステムを立ち上げる。


 巨大なモニターの分割画面に、六本木の本社にいる橘玲奈と、南太平洋の要塞ニヴルヘイムで『神の目』を統括しているヴィクトル・イワノフの姿が映し出された。


「――休暇中に申し訳ありません、ボス」

 玲奈が、洗練されたスーツ姿で恭しく一礼する。

「表の経済は相変わらず我が社の独壇場です。欧州も中東も、イージス社のクリーンエネルギーと次世代通信インフラに完全に依存しており、我が社の流動資産は今や計算するのも馬鹿らしくなるほどに膨れ上がっています。……アメリカの政局も、我が社が裏から資金援助を行っている『融和派』の政権が安定を保ち、かつての強硬派は完全に息の根を止められました」


「ご苦労。順調そのものだな」

 私はレザーチェアに腰掛け、冷たい水で喉を潤した。


「ヴィクトル。裏の海はどうなっている? 『神の目』の監視網に、何らかの異常は感知されているか?」

『……』


 画面越しのヴィクトルは、すぐには答えなかった。

 彼の顔の左半分に残る火傷の痕が、モニターの青白い光に照らされて不気味に沈んでいる。歴戦の狼である彼の瞳には、かつてないほどに深く、冷たい警戒の色が宿っていた。


「どうした、ヴィクトル。何か問題でも起きたか?」


 私の問いかけに、ヴィクトルは重々しく口を開いた。


『……ボス。我々の『神の目』は、地球上のあらゆる通信、通話、メール、そしてインターネットに接続された監視カメラの映像をリアルタイムで傍受・解析しています。四大勢力の首脳陣の行動は、分刻みで完全に把握しているはずでした』

「ああ、そのはずだ」

『しかし……ここ数ヶ月、その完璧な監視網において、奇妙な「空白」が生じています』


「空白、だと?」

 私は、思わず眉をひそめた。

 地球上の通信インフラの八割をイージス社が握り、さらにバックドアを通じて各国の最高機密ネットワークにも深く根を張っているのだ。我々のシステムが捉えきれない情報など、この地球上に存在するはずがない。


『はい。アメリカのCIA長官、中国の国家安全部トップ、ロシアのFSB高官、そして欧州連合の安全保障理事会トップ。……この四大勢力の情報・軍事機関の中枢メンバーたちの行動履歴の中に、月に一度ほどのペースで、数時間だけ「完全にすべてのシグナルが途絶える時間帯」が存在するのです』


 ヴィクトルが手元のコンソールを操作すると、私の目の前のモニターに、世界地図が表示され、いくつかの地点が赤くハイライトされた。

 スイスの山奥。オーストリアの孤城。スカンジナビア半島のフィヨルドに囲まれた別荘。

 どれも、大都市のネットワークから遠く離れ、物理的なセキュリティを極限まで高めやすい、第三国の閉鎖的な場所ばかりだ。


『彼らは、その数時間の間、あらゆるデジタルデバイスを破棄し、我々の監視が及ばないアナログな専用機で密かに移動しています。……推測ですが、彼らは極秘裏に「直接顔を合わせる会合」を開いているものと思われます』


 その報告を聞き、私の心臓の奥底で、冷たく、不吉な風が吹き抜けるのを感じた。


 アメリカ、中国、ロシア、欧州連合。

 イデオロギーも国家の利益も真っ向から対立し、互いに核兵器を突きつけ合っているはずの超大国たちだ。

 彼らが、互いの腹を探り合いながらも、わざわざ我々の監視の目を逃れて、同じ場所へ物理的に集まっているというのか。


「……ネットワークが完全に我々に監視されていることを悟り、中世のアナログな手法に戻って密談をしているというわけか」

 私は、低く、這うような声で呟いた。


 前世で、彼らは日本の莫大な資源を強奪するために結託した。

 そして今世。彼らは資源ではなく、地球上のあらゆる経済と情報を支配し、宇宙から絶対的な力で彼らを見下ろしている『神盾宗一とイージス社』という存在そのものを排除するために。

 私がどれほど物理的・システム的な抑止力で縛り付けようとも、歴史の修正力は、彼らを再び一つの「結託」へと向かわせようとしているのか。


「……ボス。これは、明らかに異常な事態です」

 玲奈が、CFOとしての冷静な分析を口にした。

「資本主義のトップであるアメリカと、権威主義の中露が手を結ぶなど、歴史的にも経済的にも絶対にあり得ない。彼らがどれほど我が社を憎んでいようと、利害が一致することはなかったはずです。……まるで、見えない何かに背中を押されて、無理やりにでも一つにまとまろうとしているような……」


「歴史の、修正力……」


 私は、震える声を抑え込みながら、暗いセキュアルームの天井を見上げた。


 私がどれほど未来の知識で世界を改変しようとも。

 人類の闘争本能と、大国の傲慢さは、必ず『同じ轍』を踏もうとするのか。

 彼らは人類の総意として、イデオロギーの違いすら飲み込んで、私という『神』を殺すための最終同盟を結ぼうとしているのだ。


『ボス。彼らがどれほど結託しようとも、我々には宇宙に『絶対報復システム(トール・ハンマー)』が存在します。彼らが束になって軍事行動を起こそうと、ボスの命が脅かされれば、彼らの首都は一瞬で消滅する。……手出しはできないはずですが』

 ヴィクトルが、苛立ちを隠せない声で確認を求める。


「ああ、その通りだ。彼らはまだ私の『デッドマンズ・スイッチ』の全容を知らない。だが、彼らがそれに気づいていないからこそ、恐ろしいのだ」


 私は立ち上がり、モニターに映る四大勢力の首都の地図を冷酷に見下ろした。

 権力者たちは、自分たちが神であると信じている。どんな絶対的な抑止力を見せつけられても、「自分たち全員の力と頭脳を結集すれば、極東の企業一つを打倒する隙(ハッキングや暗殺の抜け道)が必ず見つかるはずだ」という、傲慢な希望を捨てきれないのだ。


「……放置はできない。彼らがアナログな密談で結託を深め、我々の想定を超えた『国家の総力戦』の準備を整える前に、その希望をへし折る必要があるな」

 私の声は、絶対零度の吹雪のように冷え切っていた。


「玲奈、ヴィクトル。四大勢力の非公式会合の場所と日時を、あらゆる手段を使って特定しろ。彼らが物理的に集まるその場所を、我が『神の目』と『暗殺部隊シャドウ』の完全な監視下に置くのだ」

『了解いたしました』

『御意。ネズミの巣穴を必ず暴き出します』


 通信を切り、私は暗いセキュアルームを後にした。


 寝室のドアをそっと開けると、月明かりに照らされたベッドで、結衣とサチコが穏やかな寝息を立てていた。私はベッドの傍らに跪き、娘の少し伸びた前髪をそっと撫でる。


――歴史の修正力が、彼らを再び結託させるというのなら。


 私は、愛する家族の寝顔を見つめながら、音を立てずに強く拳を握りしめた。極東の悪魔の決意は、誰への威嚇の言葉も必要としないほど、静かで、そして絶対的な熱を帯びていた。

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