第50話 宇宙覇権の完全掌握と、絶対報復システムの完成
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西暦2025年、秋。
アメリカ合衆国の次世代型衛星軌道兵器『ゼウス・プロトタイプ』が、宇宙空間で無惨なメルトダウンと大爆発を起こしてから、数週間の時が流れていた。
ワシントンD.C.、連邦議会議事堂。
厳戒態勢が敷かれた非公開の公聴会では、怒号と非難の嵐が吹き荒れていた。
「――何十億ドルもの血税を投じ、我々が手にした成果が『宇宙のゴミ(デブリ)』だと!? 君たちの見切り発車による強行打ち上げのせいで、アメリカ合衆国の威信は地に落ちたのだぞ!」
上院軍事委員会の委員長が、顔を真っ赤にして机を叩きつけた。
証言席に座らされているのは、かつて傲慢にふんぞり返っていた宇宙軍の強硬派将軍と、ゼウス計画の主任研究員であるアルバート・スタンフォード博士だ。
将軍から肩の星は剥奪され、軍服もヨレヨレになっている。アルバートに至っては、精神安定剤を大量に投与されているのか、焦点の定まらない虚ろな目で宙を見つめ、ブツブツと解けない数式をうわ言のように呟き続けていた。
「磁場制御の致命的な欠陥を見抜けず、政治的な焦りだけで実機テストを強行した結果がこれだ! 我が国は、少なくとも向こう二十年は、極東のイージス・イノベーションズの宇宙開発に追いつくことはできなくなった!」
「申し訳、ありません……すべては私の、不徳の致すところで……」
かつての栄光を失った将軍は、力なく頭を下げることしかできなかった。
公聴会の結果、ゼウス計画は永久凍結。関連する宇宙軍の予算は全面的に削減され、事実上の組織解体が決定した。
アメリカの軍産複合体は、宇宙という新たな戦場でイージス社に対抗する力を完全に喪失し、自ら泥沼へと沈んでいったのである。
* * *
「――以上が、先ほど終了したアメリカ上院公聴会の全容です」
地球の裏側。東京、六本木ヒルズ。
イージス・イノベーションズ本社の社長室で、橘玲奈が手元のタブレットを操作しながら、極めて冷ややかな笑みを浮かべて報告を締めくくった。
壁面の巨大モニターには、ヴァルハラの諜報網『神の目』を通じて傍受された、議事堂での将軍たちの惨めな姿が映し出されている。
「見事なほどの転落劇ですね。彼らの宇宙軍は完全に無力化され、アメリカは再び『地球上の覇権』に固執せざるを得なくなりました。宇宙空間での我々に対する物理的・軍事的な干渉は、これで完全に絶たれました」
「当然の帰結だ。自らの限界を知らず、神の領域に足を踏み入れた傲慢な老人たちが迎えるべき、ふさわしい末路だよ」
私は最高級のレザーチェアに深く腰掛け、淹れたてのエスプレッソの香りを楽しみながら、無慈悲に吐き捨てた。
「ロシアと中国の反応は?」
「アメリカの大失態を傍受した彼らも、完全に萎縮しています」
玲奈が別のモニターに切り替え、中露の通信トラフィックの解析データを表示する。
「アメリカでさえ未完成の兵器を暴走させて自爆した事実が、彼らに『宇宙での兵器開発は不可能だ』という強烈なトラウマを植え付けました。両国とも、宇宙開発に割り当てていた軍事予算を大幅に削減し、サイバー防衛や国内の治安維持へとリソースを回し始めています。……これで四大勢力は、表立っても裏でも、宇宙において我々に対抗する手段をすべて放棄しました」
「完璧だ」
私はゆっくりと頷いた。
これで、イージス社の展開する次世代通信衛星網『イージス・リンク』は、誰にも脅かされることのない人類唯一の絶対的インフラとして完成した。
世界のデータ、通信、情報。そのすべてが私の手のひらの上で踊っている。極東の民間企業が、国家の枠組みを遥かに超越し、地球全体の真の支配者として君臨したのだ。
だが、私にとって、それはあくまで『過程』に過ぎない。
私が暗号化通信のスイッチを入れると、モニターの分割画面に、南太平洋の要塞ニヴルヘイムで指揮を執るDr.クリス・ウォーカーと、ヴィクトル・イワノフの姿が映し出された。
『ヒャッハー!! ボス、おめでとうさん! 地上も宇宙も、完全に俺たちのモンになったぜ!』
クリスは相変わらず血走った目で、狂喜の笑い声を上げている。
「クリス。アメリカの喜劇は終わった。……『本命』の最終ステータスを報告しろ」
私の静かな、しかし絶対的な威圧感を込めた声に、クリスは居住まいを正し、真剣な表情でタブレットを操作した。
『――軌道上の『神の雷』。タングステン合金弾のステルス装填プロセス、第百二十番フレームの最終ジョイントの接合を、たった今完了しました』
モニターの映像が、宇宙空間の暗黒へと切り替わる。
地球の青い輪郭を背景に、強靭な超電導チタン合金で覆われた、全長数百メートルに及ぶ巨大な十字型の兵器。
プラズマジェネレーターの鼓動は完全に安定し、電磁加速砲の砲身には、大気圏を突破して地上のすべてを消し飛ばすための超質量の槍(タングステン弾)が、ズラリと装填されている。
光学迷彩によって各国のレーダーからは完全に不可視となっているその悪魔の兵器は、音もなく、死の気配を纏いながら軌道を周回していた。
『プラズマジェネレーター、電磁加速砲、光学迷彩、すべてオールグリーン。……そして』
クリスがキーボードを叩くと、画面の端に三つの生体シグナル(バイタルデータ)が表示された。
私、妻の結衣、そして娘のサチコ。
ナノマシンを通じて送られてくる私たち家族三人の心拍と脳波が、軌道上の神の雷のメインフレームと、コンマゼロ秒の遅延もなく完全に同期している。
『絶対報復システム(デッドマンズ・スイッチ)、完全にオンラインです。……ボスやご家族のバイタルに異常(心肺停止)が生じた瞬間、安全装置は全解除され、四十八時間のカウントダウンの後に、四大勢力の首都へ向けて裁きの雷が撃ち下ろされます。……兵器システムとして、これ以上の完成度はありません』
「……よくやった、クリス。お前は、最高の芸術品を創り上げた」
私は、モニターに映るその威容と、自らの命と直結したシステムの光を見つめ、深く息を吐き出した。
これで、終わったのだ。
私がどれほど地上の防壁を固めようとも、拭い去れなかった『歴史の修正力』への恐怖。
前世で、空から降ってきた青白い閃光によって家族を一瞬で奪われた、あの凄惨な絶望の記憶。
そのすべてのトラウマを、私自身が宇宙に創り上げた『絶対的な抑止力』によって、完全にねじ伏せた。
「ヴィクトル。『神の目』の監視網は?」
『地球上の四大勢力の軍事ネットワーク、要人通信、すべてを常時監視・掌握しています。彼らがご家族に牙を剥く兆候があれば、計画段階で完全にすり潰す準備は整っています。……我々シャドウは、いかなる時もご家族の盾となります』
火傷の痕を残す狼が、深々と頭を下げる。
「よし。玲奈、クリス、ヴィクトル。……お前たちのおかげで、私はついに『神の座』を手に入れた」
私は立ち上がり、三人の忠実な部下たちに向けて、極低温の笑みを浮かべた。
「地球上の経済と情報は我々の支配下にある。そして宇宙には、世界を終わらせるトリガーが私の命と結びついて鎮座している。……四大勢力は、自らが目に見えない巨大な人質にされていることすら気づかず、私の用意した水槽の中で平和に生きていくことになるのだ」
「ええ、ボス。……すべては、あなたの描いたシナリオ通りに」
玲奈が、畏敬の念を込めて深く一礼した。
* * *
その日の夜。
私は仕事を終え、都内のタワーマンションへと帰宅した。
リビングでは、中学生になったサチコが、ダイニングテーブルで数学のドリルと格闘していた。
「あ、パパ。おかえり」
反抗期の彼女は、私を一瞥するだけで、すぐにノートへと視線を戻した。
「ただいま、サチ。……どうした、難しい顔をして」
「別に。二次方程式がちょっと面倒なだけ」
「どれ、パパが見てやろう。物理学の権威の直伝だぞ」
「いいよ、自分でできるもん! パパは手を洗ってきてよ」
つれない態度の娘の横顔を見つめながら、私は思わず頬を緩ませた。
キッチンからは、結衣が夕食のハンバーグを煮込む温かい匂いが漂ってくる。
「宗一くん、おかえりなさい。今日はお仕事、早く終わったのね」
「ああ。ずっと抱えていた『大きなプロジェクト』が、今日、無事に完了したんだ」
「へえ、お疲れ様。じゃあ今日は、ちょっといいワインでも開けようか」
結衣が優しく微笑みかけてくる。
彼女たちの血中には、私が飲ませたナノマシンが静かに溶け込んでいる。
それは彼女たちを病魔から守る万能薬であり、同時に、彼女たちの命が奪われた瞬間に世界を終わらせる『神の鎖』だ。
この最高に愛らしく、何気ない日常。
彼女たちは自分が世界の爆破スイッチになっていることなど微塵も知らずに、明日着ていく服や、今夜の夕食のメニューに一喜一憂している。
それでいい。
それが、私が彼女たちに与えることのできる、最高の平和なのだから。
私は洗面所で手を洗いながら、鏡に映る自分の顔を見つめた。
表の世界では、世界経済を牽引する天才起業家であり、良き父親。
裏の世界では、狂人たちを束ね、大国の喉首に宇宙から悪魔の兵器を突きつける、冷酷なる絶対的支配者。
「……前世の私よ。これで満足か」
私は鏡の中の自分に、静かに問いかけた。
祖国を焼き、家族を奪った理不尽な世界は、今や完全に私の手の中に落ちた。
誰も私の領域を侵すことはできない。歴史の分岐点は完全に私によってねじ曲げられ、四大勢力は牙を抜かれた哀れな獣として、私が許可した範囲でのみ生きることを許されている。
これが、極東の悪魔が導き出した、完璧で、絶対的な『復讐の完成形』だった。
だが。
歴史という名の残酷な神は、まだ私を許してはいないのかもしれない。
私がどれほど強固な檻で世界を縛り付けようとも、人間の奥底に眠る『闘争本能』と『狂気』は、決して死え絶えることはないのだから。
「来るなら来い。いつでも相手になってやる」
私は鏡の中の自分に向けて、極低温の殺意を帯びた笑みを浮かべた。
絶対報復システム(神の雷)の完成。それは、終わりではない。私の愛する家族を守り抜くための、永遠に続く監視と支配の始まりなのだ。
極東の島国を包み込む平和な夜の帳の向こう側。
宇宙の暗黒空間では、不可視の悪魔が静かに、そして確実に、地球の命運を睨み下ろしていたのだった。
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