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神の雷(トール・ハンマー)〜家族を奪われた天才物理学者の逆行転生。未来の知識で四大勢力に復讐する〜  作者: 天音天成
第3章:宇宙の覇権奪取

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第47話 驕れる超大国と、起動前夜の狂騒

 アメリカ合衆国カリフォルニア州、ヴァンデンバーグ宇宙軍基地。

 極秘のコントロールセンターは、先ほどの『ゼウス・プロトタイプ』の軌道投入成功の熱狂から一転し、重苦しく、そしてひどくピリピリとした緊張感に包まれていた。


「――各部システム、スリープモードからの移行完了。太陽電池パドル(ソーラーアレイ)の展開確認、電力供給は正常に推移しています」


オペレーターの報告が響く中、星条旗を背にした宇宙軍の強硬派将軍は、満足げに太い腕を組み、メインスクリーンを見上げていた。

 高度四百キロメートルの低軌道上を周回する巨大な金属の塊。アメリカの威信と、何十億ドルという莫大な血税を注ぎ込んだ次世代型衛星軌道兵器、ゼウス。

 それが今、極東のイージス・イノベーションズの通信衛星網のさらに上空で、アメリカ軍のコマンドを静かに待っているのだ。


「素晴らしい。ペンタゴンの地下でこの中継を見ている議会の連中も、今頃は安堵の息を吐いていることだろう。……さあ、アルバート博士。ジェネレーターの起動準備に入れ」

 将軍は、隣に立つゼウス計画の主任研究員へ向けて、傲慢な命令を下した。


だが、アルバート・スタンフォード博士の顔色は、死人のように青ざめていた。

 彼はコンソールに噛み付くようにして、機体から送られてくる膨大なテレメトリーデータを血走った目で凝視し、震える手で何度もタブレットの計算結果を弾き直している。


「しょ、将軍……やはり、ジェネレーターの起動テストは、最低でも七十二時間……いや、一週間は延期すべきです!」

 アルバートは振り返り、すがるような視線を将軍へ向けた。


「何を馬鹿なことを言っている。機体は完全に正常に稼働しているではないか」

「正常に見えるだけです! 機体が宇宙空間の極低温と、太陽からの強烈な放射線ソーラーフレアに晒されている影響で、第二磁場コイルの超電導回路に、極めて微細な……本当にコンマ数パーセントのノイズが生じています!」

 アルバートは額から滝のような冷や汗を流しながら、必死に訴えかけた。


「地上でのシミュレーションで頻発していた『原因不明の磁場崩壊』……あのエラーの兆候と、データ波形が酷似しているのです! この状態でプラズマを点火させれば、磁場が熱量を完全に封じ込められず、機体が内側から――」

「ええい、くどいぞ博士!!」


将軍は葉巻を灰皿に叩きつけ、軍人特有の威圧感で科学者の言葉を完全に圧殺した。


「先ほどからノイズだのエラーだと喚いているが、メインシステムは『オールグリーン』のサインを出しているだろうが! 君のただの神経過敏だ! それに、今は議会の重鎮たちが固唾を飲んでこの中継を見守っているのだぞ。ここで『やっぱり怖いから一週間待ちます』などと言えば、アメリカ宇宙軍は臆病者の集まりだと世界中から嘲笑されることになる!」

「し、しかし……科学の真理として、不確定要素を残したままのテストは……!」


「いいか、アルバート。出力を最低限の『一パーセント』に絞り、数秒間プラズマを発生させてすぐにシャットダウンする。それだけでいいのだ」

 将軍は、冷酷に、そして絶対的な政治的圧力をもって宣告した。

「数秒間、宇宙の真空下でプラズマ兵器を稼働させたという『実績』。それさえあれば、来月の議会でゼウス計画の予算凍結は免れる。……君の科学者としての名誉も、このプロジェクトの存続も、すべては今、この瞬間の決断にかかっているのだ」


アルバートは奥歯を強く噛み締め、絶望的な面持ちで押し黙るしかなかった。

 彼の科学者としての本能は、この打ち上げと起動テストが致命的な破滅を招くと、警鐘を鳴らし続けている。

 だが、国家権力という巨大な濁流の前では、そして「予算を打ち切られれば一生研究ができなくなる」という恐怖の前では、彼の個人的な懸念など、ただのちっぽけな小石に過ぎなかった。


「……わかりました。ジェネレーターの予熱シークエンスへ移行します」

 アルバートは、震える手で承認コードをキーボードに打ち込んだ。


彼らは知る由もなかった。

 彼らを苦しめているその『微細なノイズ』が、宇宙の過酷な環境によるものではなく、イージス社のサイバーチームが仕込んだパラサイト・ウイルスによる『意図的なデータ改ざん』であるということに。

 そして、自分たちの頭脳とアメリカの国家予算が、極東の悪魔の掌の上で、見事なまでに弄ばれているという事実に。


* * *


「――ボス。アルバート博士が、政治的圧力に屈しました。アメリカ軍、ゼウス・プロトタイプのジェネレーター予熱シークエンスへ移行。……いよいよ、自滅の引き金に指をかけました」


地球の裏側。東京、六本木ヒルズ。

 イージス本社の地下に広がるサイバー・コントロールルームで、橘玲奈が冷ややかな、だが確かな嘲笑を帯びた声で報告した。

 彼女の背後にある壁一面の巨大モニターには、ヴァルハラの諜報網『神のオーディンズ・アイ』を通じて傍受された、ヴァンデンバーグ基地の緊迫する司令室の映像と、宇宙空間に浮かぶゼウスの姿が、複数のアングルから鮮明に映し出されている。


「哀れなものだな。アルバートの奴、科学者としての直感で破滅の匂いを嗅ぎ取っていながら、権力に抗う勇気を持てなかったか」

 私は特注のレザーチェアに深く腰掛けたまま、冷めたコーヒーを口に運び、極低温の笑みをこぼした。


「ええ。将軍たちの傲慢さが、彼らの目を完全に曇らせています」

 玲奈が別のモニターをスワイプし、アメリカのシステム内部で密かに活動を続けているウイルスの稼働状況を表示する。


「我がサイバーチームが仕込んだパラサイト・ウイルスは、彼らの磁場制御アルゴリズムの基幹部分に、小数点第五位以下の計算誤差を意図的に混入させています。彼らのメインシステムは『正常』と誤認していますが、実際にプラズマに点火した瞬間、その誤差はコンマ数秒で指数関数的に増幅し、磁場を完全に崩壊させます」

「出力は一パーセントの予定らしいが?」

「一パーセントでも、宇宙空間で磁場の枷を失ったプラズマの熱量は、数万度に達します。ゼウスの脆弱な装甲では、一瞬で内部から溶け落ちるでしょう」


私が暗号化通信のスイッチを入れると、モニターの分割画面に、南太平洋の要塞ニヴルヘイムで指揮を執るDr.クリス・ウォーカーの顔が映し出された。


『ヒャッハー!! いよいよショーの始まりだぜ、ボス!』

 クリスはモニターの向こうで、ポップコーンのバケツを抱えながら、血走った目で大興奮していた。

『あのアメリカの連中、本気でプラズマを制御できると信じてやがる! 俺の計算じゃ、点火から三秒で磁場が崩壊して熱暴走メルトダウンが始まり、十秒後には機体の内側からドロドロに溶け出すぜ!』


「ああ。クリスの言う通り、あの設計では宇宙の過酷な環境に耐えることすらできない。放射線の干渉を計算に入れず、地上での甘い理論値だけを信じた結果がこれだ」

 私はモニターに映るゼウス・プロトタイプの巨大な姿を見つめながら、静かに告げた。


「ボス。アメリカ軍のシステムへの干渉は、引き続き『傍観』のままでよろしいですね?」

 サイバーチームのチーフが、念のために確認を求めてくる。


「当然だ。私たちが手を下す必要は一切ない」

 私はレザーチェアから立ち上がり、コントロールデスクへと歩み寄った。


「彼らが自らの意志で『点火』ボタンを押し、そして宇宙空間で自分たちの技術不足によって『自爆』したという事実こそが、最も重要だ。アメリカ議会は、何十億ドルもかけたプロジェクトが自爆するという失態を絶対に許さない。ゼウス計画は永久に凍結され、彼らの宇宙軍は完全に求心力を失うだろう」


私は、窓ガラスに映る自分の冷酷な顔を見つめながら、残酷な宣告を下した。


「彼らに、自らの限界と絶望を骨の髄まで思い知らせてやる。宇宙そらは、彼らのような傲慢な化石どもが足を踏み入れていい場所ではないということをな」


* * *


『――ジェネレーター予熱完了。第一から第三磁場コイル、通電開始』


ヴァンデンバーグ基地のコントロールセンターに、オペレーターの張り詰めた声が響き渡る。

 アルバート博士は、もはや祈るように両手を組み合わせ、コンソールの前でガタガタと震えていた。

 対照的に、強硬派の将軍は、勝利の美酒をすでに味わっているかのような満面の笑みを浮かべ、メインスクリーンを見上げている。


『プラズマ点火まで、あと十秒』


カウントダウンが始まった。

 コントロールセンターは、息を呑むような静寂に包まれた。ペンタゴンの地下でこの映像を見守っているであろうアメリカの最高権力者たちも、同じように固唾を飲んでいるはずだ。


『9、8、7、6……』


地球の裏側、六本木のサイバー・コントロールルームでは、私と玲奈、そしてクリスが、特等席からその光景を冷酷に見下ろしている。


『5、4、3、2、1……』


歴史の分岐点。

 超大国アメリカが、自らの驕りによって、自滅への引きトリガーに指をかけた瞬間。


『――点火イグニッション


オペレーターのコールと共に。

 モニターの中で、十字型をしたゼウス・プロトタイプの中央部、円筒形のジェネレーターコアの内部に、青白いプラズマの光が、ポッと灯った。

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