第16話 超大国の焦燥と、忍び寄る影
時は少し進み、西暦2013年、初夏。
イージス・イノベーションズの設立から約二年が経過し、私の描いたロードマップは恐ろしいほどの速度で現実の歴史を塗り替えつつあった。
私が放った『次世代マルチタッチパネル』のアルゴリズムは世界のスマートフォンの標準規格となり、『全固体電池』の特許は世界の自動車産業の首根っこを完全に押さえていた。
APEX社をはじめとするメガテック企業は我が社に莫大なライセンス料を支払い続け、初期にマイニングしたビットコインも最初の価格高騰期を迎え、私の流動資産はビットコインの含み益を除いても数千億円の規模を優に突破した。
愛娘のサチコも生後八ヶ月を迎え、すくすくと育っている。
休日に結衣とサチコと共に過ごす時間は、私の冷え切った魂を温める唯一の光だった。
だが――私という『異常な特異点』の存在を、世界を支配するハイエナたちがいつまでも放っておくはずがなかった。
* * *
アメリカ合衆国、バージニア州ラングレー。
中央情報局(CIA)本部の地下深くにある極東作戦会議室は、重苦しい空気に包まれていた。
「……信じられん。たった二年の間に、極東のポッと出のベンチャー企業が、我が国のIT産業とエネルギー市場の根幹を掌握しつつあるだと?」
CIA極東担当の高官が、机に叩きつけられた報告書を見て顔を顰めた。
「事実です。イージス・イノベーションズの保有する特許群は、現在の科学技術の進歩から五年は逸脱しています。さらに彼らは最近、南太平洋の孤島を買収し、独自のロケットによる『民間宇宙開発』まで宣言しました」
分析官が冷や汗を拭いながら答える。
「ペンタゴン(国防総省)は、彼らのロケット技術がICBM(大陸間弾道ミサイル)に転用される可能性、および宇宙空間の覇権を奪われることを極度に警戒しています」
「日本のただの若造が、一人でこれほどの技術を生み出せるわけがない。背後に中国か、あるいはロシアの国家ぐるみの支援があるはずだ。……極秘裏に調べろ。イージスのメインサーバーから、技術データのすべてを抜き出せ」
高官の命令により、CIAは即座に動き出した。
* * *
数週間後。東京都内、某所の雑居ビル。
カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中で、三人の屈強な白人男性が、壁に貼られたイージス・イノベーションズの組織図と、神盾宗一の顔写真を睨みつけていた。
彼らは、CIAが極秘裏に日本へ送り込んだ非公認工作員のチームだった。
「クソッ、また弾かれた! イージス社のメインサーバーには、未知の暗号化プロトコルが使用されている。ペンタゴンの最新鋭のシステムを使っても、第一層のファイアウォールすら突破できないぞ!」
キーボードを叩いていたハッカーが、苛立ち紛れにヘッドホンを投げ捨てる。
「物理的な潜入も不可能だ。六本木の本社ビルは、まるで軍事要塞だ。清掃員に偽装しようとしたが、生体認証と異常なまでの監視網でエントランスすら抜けられなかった」
リーダー格の男が、忌々しそうに宗一の写真をナイフで突いた。
数週間に及ぶ諜報活動は、すべて完全に空振りに終わっていた。
神盾宗一という男の周囲には、目に見えない絶対的な『盾』が存在しているかのように、一切の隙がなかった。無理もない、彼らが相手にしているのは、2065年の未来の防諜システムと、元FSBの最高のエージェントであるヴィクトルが構築した防衛網なのだから。
「……仕方ない。プランCに移行する」
リーダーはナイフを引き抜き、宗一の隣に貼られていた二枚の隠し撮り写真――妻の結衣と、彼女に抱かれた赤ん坊のサチコの写真へ突き立てた。
「ターゲットの技術と資金は、国家予算に匹敵する。手ぶらで帰れば我々の首が飛ぶぞ。……あのガードの固い若造にも、唯一の『弱点』がある。愛する家族だ」
「拉致による脅迫、ですか」
「そうだ。今週末、ターゲットの妻は赤ん坊を連れて、代々木公園へ出かけるという情報を掴んだ。その道中を狙ってバンに押し込む。ターゲットの技術さえ手に入れば、あとは東京湾の底にでも沈めてしまえばいい」
彼らはプロの工作員として、微塵の良心の呵責もなく、冷酷な作戦を立案した。
超大国の威信を背負う彼らにとって、極東の女子供の命など、路傍の石以下の価値しかなかったのだから。
だが、彼らは致命的な勘違いをしていた。
自分たちが狙いを定めたその男が、家族を守るためなら世界を火の海にすることすら躊躇わない、『未来の悪魔』であるということに。
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