第14話 凍てつくシベリアの狼
西暦2012年、冬。
ユーラシア大陸の極東、マイナス三十度を下回るシベリアの雪原。
「はぁ……はぁ……ッ」
吹き荒れる猛吹雪の中、血濡れた軍服を着た大柄な男が、雪に足を取られながらよろめき歩いていた。
彼の顔の左半分には、かつての爆発で受けた痛々しい火傷の痕がケロイド状に残っている。
ヴィクトル・イワノフ。
ロシア連邦保安庁(FSB)に所属する凄腕のエージェントであり、これまで祖国のために数え切れないほどの暗殺や破壊工作を完璧に遂行してきた男だ。
だが今日、彼は上層部の醜い派閥争いのスケープゴートにされた。
極秘任務の最中、味方であるはずの後方支援部隊から突然の銃撃を受けたのだ。腹部に受けた二発の銃弾が急激に命を削り、流れた血が瞬時に凍りついていく。体温は恐ろしい速度で奪われていた。
「……ここまで、か」
ヴィクトルは限界を迎え、雪原に倒れ込んだ。
白濁していく視界の中で、自らを平然と使い捨てにした祖国への、どす黒い憎悪だけが冷たく燃え上がっていた。
せめて、あのモスクワでふんぞり返っている豚のような将軍どもの首を、一つでも掻き切ってから死にたかった。国家という化け物に尽くした結果が、この孤独な死だというのか。
意識が薄れ、永遠の眠りに落ちようとした、その時。
――バタバタバタバタッ!!
猛烈な吹雪を切り裂いて、所属不明の漆黒の軍用ヘリコプターが、ヴィクトルの眼前に舞い降りた。
ヘリから飛び出してきたのは、最新鋭のナイトビジョンと重武装に身を固めた、民間軍事会社(PMC)の傭兵たちだ。彼らは周囲を素早く警戒しながら、倒れているヴィクトルの元へ駆け寄り、即効性の止血剤と強心剤を打ち込んだ。
「こちらアルファ。ターゲットを確保した。バイタルは低下しているが、まだ生きている」
傭兵の一人が無線のマイクに向かって告げると、彼は防水ケースに入ったタブレット端末を取り出し、ヴィクトルの目の前にかざした。
画面には、オーダーメイドのスーツを着た、極東のアジア人の青年が映っていた。
『迎えが遅れてすまなかったな、ヴィクトル・イワノフ』
「お前……は……」
『君の命を買い取った者だ』
タブレット越しの青年は、冷徹な支配者の瞳でヴィクトルを見下ろしていた。
「……なぜ……俺がここにいると、分かった……。ロシア軍の、極秘任務の……はずだぞ……」
『私に予測できない事象など、この世には存在しない。君がいつ、どこで祖国に裏切られ、どうやってシベリアに捨てられるか。私はすべてを知っていた』
息も絶え絶えのヴィクトルは、その言葉の意味を完全に理解しきれなかったが、青年から放たれる絶対的な覇気だけは本物だと直感した。
『君の抱く憎悪は、私が一番よく理解している。国家というものは、我々個人の命や家族など、盤上の使い捨ての駒としか思っていない』
「…………」
『私は神盾宗一。表の世界ではイージス・イノベーションズのCEOだが……裏では、国家の理不尽な暴力を粉砕するための秘密結社『ヴァルハラ』の総帥を務めている』
宗一は、ヴィクトルの瞳の奥に宿る復讐の炎を見透かすように、静かに、だが力強く告げた。
『このまま雪に埋もれて犬死にするか。それとも――私と共にヴァルハラに加わり、四大勢力という巨大な獣の喉首を内側から食い破るか。選べ、ヴィクトル』
それは、悪魔からの契約だった。
ヴィクトルは痛みをこらえ、血の混じった唾を雪に吐き出すと、火傷の痕が残る顔に獰猛な笑みを浮かべた。
「……狂ってるな、あんた。だが、悪くない。俺の命、好きに使え……ボス」
『契約成立だ。ヴァルハラの軍事・諜報部門はお前に任せる。急いで彼を回収しろ。最高の医療チームを待機させてある』
画面越しの宗一の命令により、ヴィクトルの巨体はヘリへと収容され、吹雪の中へと消えていった。
* * *
六本木の社長室。
私はタブレット端末の電源を落とし、深くソファに身を預けた。
狂気の天才、Dr. クリス・ウォーカー。
冷徹なる狼、ヴィクトル・イワノフ。
「これで、裏の軍団の双璧が揃った」
私は窓の外、ネオンが瞬く東京の夜景を見下ろした。
さあ、四大勢力のハイエナども。いつでも来るがいい。私の家族に牙を剥くのなら、お前たちのその鼻っ柱を、未来の絶望でへし折ってやる。
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