第1話 終わりの日、私が創った神(悪魔)が、祖国を焼いた
西暦2065年、秋。
アメリカ合衆国ネバダ州。広大な砂漠の地下深くに建造された極秘研究所の個室で、私は束の間の安らぎを得ていた。
デスクの上に投影された3Dホログラムの映像には、日本の東京、新宿区のタワーマンションに住む最愛の家族の姿があった。
今年で五十三歳になる一人娘のサチコと、二十歳になり立派な青年に成長した孫のユウキだ。
「おじいちゃん、こっちの大学の物理学専攻、首席でパスできそうだよ」
『ほう、流石は私の孫だな。だが油断はするなよ』
「分かってるって。おじいちゃんがアメリカでやってる研究に、いつか俺も絶対に追いついてみせるからね」
屈託なく笑うユウキと、背後でそれを微笑ましく見守るサチコ。
近年、日本は近海で莫大な原油やメタンハイドレート、レアメタルなどの発掘に成功し、資源の完全自給を実現。世界最大の資源輸出国としてかつてない繁栄を極めており、彼らの生活も豊かで、平和そのものだった。
だが――その平和は、前触れもなく終わりを告げた。
ホログラムの背景、新宿の窓外の空が、突如として異常な『青白い閃光』に包まれたのだ。
まるで太陽が直接地上に落ちてきたかのような、致死的な光量。
「え……?」
ユウキが窓の外へ顔を向け、微かに怪訝な表情を浮かべた。
彼が何か言葉を発しようと口を開きかけた、まさにその瞬間だった。
音すらも置き去りにする超絶的な爆圧と、数万度に達するプラズマの熱線。
悲鳴を上げる間も、痛みに顔を歪める時間すら、彼らには与えられなかった。
私の目の前で、ユウキとサチコの姿が、一瞬にして黒い炭の塊となり――次の瞬間にはチリとなって、圧倒的な光の奔流の中に完全に溶け落ちた。
『ピィーッ……通信エラー。対象のシグナルをロストしました』
無機質な電子音と共に、ホログラムの投影がふっと掻き消える。
「……は?」
私は、何もないデスクの上の虚空を見つめたまま、呆然と固まった。
何が起きた? 今、私の目の前で、サチコとユウキが……消えた?
直後、部屋の壁一面を覆う巨大な有機ELモニターに、緊急のニュース速報が映し出された。
『――繰り返します。本日未明、東京、大阪、名古屋をはじめとする日本の主要都市中心部に、所属不明の飛翔体が高高度から飛来。直後、壊滅的な爆発が発生しました』
無人ドローンによって空撮された映像には、火の海と化した東京の街並みが映し出されていた。高層ビル群は根元からへし折れ、巨大なクレーターが口を開けている。だが、キャスターは「放射線反応は一切検出されていない」と付け加えた。
それを聞いた瞬間、私の全身の血液が完全に凍りついた。
所属不明の飛翔体? 放射能汚染のない、圧倒的な破壊?
ふざけるな。そんなわけがない。
あれは『神の雷』だ。
大気圏外の衛星軌道上から、超質量のタングステン合金弾を投下し、特殊なプラズマ爆圧を掛け合わせて地上へ撃ち下ろす、純粋にして最狂の破壊兵器。
アメリカ軍が十数年かけて極秘裏に開発した、神を騙る悪魔の杖。
――そして、その基礎理論を構築し、着弾までの完璧な制御システムを創り上げたのは、他でもない。この私、神盾 宗一だった。
「なんでだ……どうして、アメリカは日本に落とした……ッ!?」
だが、私の疑問と絶望をあざ笑うかのように、ニュースはさらに致命的な続報を告げた。
『――速報です。現在、混乱を極める日本政府からの要請を待たずして、アメリカ、中国、ロシア、および統一ヨーロッパの四極からなる合同平和維持軍が、日本への無条件展開を開始しました。すでに各国の輸送機が日本の主要空港を制圧し、四極による分割的な治安維持活動が宣言されました』
モニターの映像が切り替わる。
まだ燃え盛る日本の空を、星条旗、五星紅旗、白青赤の三色旗、そして青地に星の円陣の旗を掲げた軍用機が、まるで示し合わせていたかのように編隊を組んで悠々と飛び交い始めていた。
「……そういうことか。貴様ら、結託していたのか……ッ!!」
私は血を吐くような声で叫んだ。
日本の主要都市が壊滅してわずか数十分。いくら大国の軍隊とはいえ、これほど迅速に、しかも四つの勢力が足並みを揃えて日本に展開できるわけがない。
資源大国として覇権を握り始めた日本を、彼ら『四大勢力』は苦々しく思っていた。
だからこそ、彼らは裏で手を結んだのだ。私がアメリカで創り上げたあの兵器を使い、一瞬で日本を無政府状態に陥れる。そして「治安維持」という見え透いた大義名分を掲げ、ハイエナのように日本に群がり、四分割して莫大な資源を啜り尽くすつもりなのだ。
私が殺したのだ。
軍から莫大な予算を引き出すための方便として、傲慢にも神の領域に足を踏み入れた私の罪が。
愛する家族を、何千万という同胞の命を、一瞬にして灰に変えたのだ。
さっきまで笑いかけていたユウキの顔が、閃光に飲まれて消滅したあの光景が、脳裏にこびりついて離れない。
「う、おおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!」
八十歳という老いた体から、獣のような咆哮が漏れた。
四大勢力を恨む? 当然だ。奴らは悪魔だ。
だが、その悪魔に最強の剣をすり合わせ、恭しく手渡したのは私なのだ。
「許されない……こんなこと、絶対に……」
重い足取りでデスクの引き出しを開け、護身用にと支給されていた拳銃を取り出す。
兵器の最重要機密であり、さらなる改良のアイデアが詰まった私の脳細胞ごと、ここで消し去る。それがせめてもの贖罪だ。
銃口を、自らのこめかみに押し当てた。
モニターからは、いまだに燃え盛る祖国の映像と、四つの旗を掲げた軍用機が流れ続けている。
「サチコ、ユウキ……結衣。すまない。馬鹿な私を許してくれ」
ためらいはなかった。
私は静かに目を閉じ、引き金を引いた。
――パンッ、という乾いた破裂音と共に、確かな衝撃が頭蓋を貫き、私の意識は永遠の暗闇へと沈んでいった。
* * *
「――っ!! はあっ、はあ、はあッ!!」
肺いっぱいに空気を吸い込み、私は大きく上体を起こした。
全身が異常なほどの汗にまみれている。心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、息が荒い。
「生きて……? いや、外したのか……?」
慌てて右のこめかみに手を当てる。だが、血は流れていない。痛みもない。
それどころか、長年のデスクワークで軋んでいた腰の痛みも、重く霞んでいた視界も、嘘のようにクリアになっていた。羽が生えたように身体が軽い。
私は呆然と周囲を見渡した。アメリカの最先端の地下研究所ではない。
色褪せた畳。六畳一間の狭い部屋。壁には複雑な物理法則の数式が乱れ書きされたホワイトボードがあり、開け放たれた窓の外からは、ガタンゴトンという電車の走行音が聞こえてきた。
「ここは……私が、日本大学のしがない研究員だった頃に住んでいた、阿佐ヶ谷のアパート……?」
あまりの事態に思考が追いつかない。
私はふらつく足で立ち上がり、洗面所へと向かった。鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、白髪交じりの皺枯れた老人ではなかった。
黒髪で、無精髭を生やし、目の下に薄くクマを作った青年。間違いなく、研究員時代の私自身の姿だった。
「どういう、ことだ……」
震える手で、枕元にあった分厚い二つ折りのガラケーを開く。
小さな液晶ディスプレイに表示されていたのは。
『2010年 4月15日(木) AM 6:30』
「2010年……。五十五年も、過去に戻ったというのか?」
死の間際に見た走馬灯か? それとも地獄の幻覚か?
だが、頬を強くつねると確かな痛みが走り、外からは隣の住人が朝食を作る焼き魚の匂いが漂ってくる。
どう見ても現実だ。あり得ないことだが、私は八十年分の記憶を持ったまま、二十五歳の自分に『逆行転生』したのだ。
2010年。日本が近海で資源を発見するずっと前。
そして当然、四大勢力が結託する理由すらなく、アメリカが『神の雷』の基本構想すら抱いていない時代。
鏡の中の自分を見つめる。
脳裏に焼き付いているのは、一瞬で消滅した家族の姿。炎に包まれた東京。
そして、日本の富を貪ろうと結託し、祖国の空を悠々と飛んでいた四大勢力の軍用機。
あの大国の連中は、いずれ牙を剥く。放っておけば、2065年に再び同じ悲劇が繰り返される。
ふつふつと、心の底から黒く、熱い炎が湧き上がってくるのを感じた。
「……やってやる」
私の頭の中には、五十五年先までの世界情勢、経済の動向、そして何より、未来のあらゆる科学技術の知識が詰まっている。
もちろん、『神の雷』の完全な設計図も。弱点も。改良点も。
今度は、アメリカの予算などあてにしない。
私が自らの手で巨万の富を築き上げ、圧倒的な科学力で独自の組織を作り上げる。
そして、四大勢力よりも早く、誰にも干渉されない力で『神の雷』を完成させる。
「四大勢力よ……今度は私が、お前たちに絶望を教えてやる」
鏡の中の青年は、狂気を孕んだ凄絶な笑みを浮かべていた。
歴史の裏側で暗躍する一人の天才科学者による、世界への壮大な復讐劇。
その最初の歯車が、今、静かに回り始めた。
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