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ディスフル帝国皇帝、ダカン・ロカは、過去見た事もないような、苦虫を噛み潰してさらに飲み込んでしまったような、そんな顔で、皇帝席から俺達を見つめている。
俺達というのは、俺とノーマ、二人だけだ。
他の皆、まずマイドは、
「僕はここナリサに残って諜報活動を続けないといけませんから」
と、真剣な顔つきで言った。
これだけ素性がバレておいていまさら何の諜報活動だ。
アルページュとティムローは、
「私達は村に戻ってやらないといけない事が沢山あるの。だからここから直接帰ろうと思うのよ。ごめんなさい」
「ああ、そうですね。そうしないと村の奴らに怒られてしまう」
と、残念そうな顔つきで言った。
そう思ってるんならまず水着を着替えろ。
ヒシャは、
「シャーマ国の魔法使い達に、少し指導をして帰りたいと思っているんです。もちろん国王に頼まれたんですよ」
と、もっともらしい顔で言った。
じゃあその両手に持った魚介串はなんだ。
そして紗由理は、
「会社を長いこと留守にしてるからな。朽木が心配だ。ティムローに送って貰うから大丈夫!」
と、ニコニコ顔で言った。
せめて表情くらい作れ!てか、肩に担いだ釣竿を降ろせ。
気持ちは分かる。よおく分かる。
『お好きなだけ滞在して下さい!』
と、大会後シャーマ三世が俺達にしてくれた接待は、とてつもなくアツいものだった。
国営の最高級ホテルのロイヤルスイートを一人一部屋。ルームサービスは使い放題。どう手を回したのか、レストランでもビーチの屋台でも、料金を請求される事はない。それどころが、注文した以上のサービス品がどしどし運ばれてくる。アルページュは一日三回水着を取り替えるというはちゃめちゃを繰り返していたが、そのたびに街一番の高級ブティックへ立ち寄っていた。
帰りたくない、のはよおく分かるよ。
そんな俺達に届いたタムル。
『皇帝がお怒りです。速やかなるご帰還と、ご報告をお願い致します』
というエルブジからのタムル…
「俺だって、ノーマの水着、もっと見たかったのに…」
「何か言ったか?イオリ?」
「いえ、とんでもございません」
皇帝は、俺が手渡したマイドからの報告書に目を通しながら、全身の空気を全て吐き出すかのような深く、大きなため息をついた。
「大体あれほど派手な行動は縮めと言っておいたのになんだ。国家的イベントに堂々と乗り込んで、相手に喧嘩を売るとは言語道断だ。下手をしたら全員捕まって処刑されてたかもしれんのだぞ。しかもまだまだ慎重な対応が求められる発酵技術まで使って料理をしおって。あろう事かそれを一般市民に振る舞っただと。何を考えているんだ。ヒシャ様まで乗り込んで、大規模な魔法まで使って。さらには現地の漁業組合まで巻き込んで過去最大級の漁まで敢行したとあるが、信じられん。下手をすれば、いやしなくても国家間の問題となり、戦争が起こっていたかもしれないんだぞ!」
マイドめ、いらん事までチクリやがって…
「ダカン様申し訳ございません。私が捕まってしまったばっかりに…」
ノーマが深々と頭を下げた。
それを見て、皇帝は鼻から小さく息を吹いて、落ち着いた顔を浮かべた。
「いや、それは不用意に他国へ赴かせた私の責任だ。すまなかった。だかな…」
皇帝から、肩の力が抜けた。
「無事だったら無事で、すぐに報告せんかバカ者…」
優しい顔が、ノーマの涙を誘った。
「本当に無事で良かった…」
「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」
ノーマと共に頭を下げた俺の耳に、入り口の方から乾いた拍手の音が届いてきた。
「いやーさすがイオリ君。国家間の争いを料理で解決するとは見事だ。なんならシャーマ国との友好関係さえ築けそうな勢いじゃないか。美味いものは世界を繋ぐとは君の弁だったかな?本当に素晴らしい!」
拍手の音がさらに高らかに鳴り、声の主、ターブルはわざとらしい笑顔と共に、皇帝室にずかずかと入って来た。




