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今野ちゃんと夏目漱石

 十五夜まではまだ一ヶ月あるけど、それでも9月の満月も十分綺麗だ。

 少し肌寒くなってきた夜の空気も合わさって、なんだか完全に秋のムードだ。

 ……この高校で過ごす時間も、もう半年切っちゃったのか。

 冬が過ぎて、春がくればもう私達三年生は卒業だ。そう思うと、一人感傷的な気分になってしまう。

 ……まあ、その前に地獄の受験が待ってるわけだけど。


「………うん?」


 不意に、手に持ってたゴミが軽くなった。

 バランス崩して一個落っことしちゃったかな?

 そう思って手元のゴミを見上げていったら、昼間ぶりの瀬戸内君とばっちり目があった。


「……いくら軽いからって、二個は持ち過ぎだろう。遠くから見たら今野が見えなくて、袋が動いてるのかと思った」


「あ、お疲れ様。瀬戸内君。ゴミ捨て、手伝ってくれるの?」


「俺が二個持ってってもいいくらいだけど……せっかくだから、一緒にいいか?」


「うん。もちろん。ありがとう。……あれ、でも瀬戸内君、サッカー部の方は大丈夫?」 


「大まかな片付けは終わったから、後は後輩に任せてきた。……アホな慣習に関しては、後夜祭終わったんだから、もういい加減いいだろ。終わりだ、終わり」


 じゃあ、今からは堂々と瀬戸内君といれるんだ。やった。テンション上がって来たぞ。

 とりあえず二人でゴミ置き場向かいながら、文化祭のこと話そっと。


「メールでも送ったけど、昼間はたこ焼きの差入、ありがとう。外側さくさくで、中はとろっとしてて、すっごく美味しかった。大き過ぎて、一口じゃ食べれなかったけど」


「今野が気に入ってくれたなら、よかった。あれ、やたらでかいから、綺麗にひっくり返すにはテクニックがいるんだよな……。部員の奴らから、俺と大林ばかり、やたら焼き係押し付けられて。たこ焼きの焼き過ぎで、腕が腱鞘炎なるかと思った」


「二人とも、器用そうだもんね。じゃあ、あんまり他のお店は回れなかった?」


「いや、三年の俺らばかり上手くても来年困るだろうから、途中一時間くらい全部後輩に任せて、同期だけで文化祭回ったりはしたな。……帰って来た時、後輩達が半泣き状態でちょっと悪い気がしたけど」


「いやいやいや、三年生ばっかりに頼ってたら、サッカーもたこ焼きも上達しないからね。スパルタなくらいで、いいと思うよ。……でも、そっかあ。あちこち回ったなら、ニアミスくらいしても良さそうなのに、タイミングが悪かったね」


 私の言葉に、瀬戸内君はばつが悪そうに顔を歪めた。


「……その……今日は、本当にごめんな。今野」


「え? なんで瀬戸内君が謝るの?」


「だって……俺がサッカー部の変な伝統に縛られたせいで、一緒に文化祭回れなかったから……」


 最初から、大丈夫って言ってるのになあ。……瀬戸内君、落ち込んじゃった。

 しまったなあ。私、よけいなこと言っちゃったかも。


「大丈夫だよ。気にしないで。友達とか、後輩とかと回って、十分楽しかったし。美術部のシフトもあったしね」


「……でも……」


 あー……なんか、瀬戸内君の頭にぺしゃんってなってるわんこの耳が見える気がする。

 きっと尻尾があったら、だらんと垂れてるんだろうなあ。想像するとすごくかわいい……じゃない。何とかして、瀬戸内君を元気づけないと。


「気にしないでって。それにまだ、文化祭は終わってないよ」


「……え?」


「全部片付け終わって、帰るまでが文化祭です。まだまだ非日常の時間は残ってます。……私、こんな遅くまで学校残ったの、この文化祭がはじめてかも。夜の学校ってなんかどきどきしない?」


 ……なあんて言ってるけど、本当は瀬戸内君が隣にいるだけで、私はどんなシチュエーションでも、どきどきするんだけどね。

 ふと思いついて、私はゴミを抱えてない方の手で、空に浮かぶ満月を指さした。


「それにさ。瀬戸内君。……【月が、綺麗ですよ】」


 夏目漱石的な気持ちを、たっぷり込めて笑いかける。


「………今野。今、その台詞は反則だろ」


 月明かりの下でも分かるくらい、頬を赤らめた瀬戸内君にしてやったりな気持ちになりながら、手に持っていたゴミの袋を、ようやくたどり着いたゴミ置き場に置く。

 どうやら、瀬戸内君は落ち込みから回復したようだ。


「えへへ……瀬戸内君に教えてもらってから、使ってみたかったの」


「そんな風に俺をからかって……満月のせいで、俺が狼男になっても知らないからな」


 瀬戸内君が、狼に? ……いや、どう考えても、瀬戸内君は草食動物の分類です。


「からかってなんかないよ。だって本当の気持ちだもん」


「……なら、なおさら。そう言う台詞は、学校以外で言って下さい」


「なんで、学校以外で?」


「それはその………」


「その?」


「………………」


「………………」


「………………………」


「………………………瀬戸内君?」


「だから…………困る、だろ?」


「うん?」


 困るってば、何が?

 意味が分からず、キョトンとする私から、瀬戸内君は顔を背けた。


「そう言うかわいいこと言われたら………学校でも、キスしたくなって………困る、だろ………」


 いや、瀬戸内君。あなた、ファーストキス、学校だったよね。



 ーーなんて、当然、突っ込めるわけも、なく。


「そ、そうだね……困るね………」


 ただ、そう言ってうつむくことが精一杯だった。

 ……や、やっぱり、不意打ちなのと、意識してするのとは……ねぇ?



 ………今、私もすごく瀬戸内君にキスしたくなったのは、恥ずかしいから内緒にしとこう。



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