今野ちゃんと初恋
「……すみませんっ……ちょっと脇通らせて下さい……すみません、横失礼しますっ……」
今野舞子、18歳、高校三年生。
……後輩に廊下を走ってはいけませんと諭した舌の根も乾かぬうちに、ただいま必死に廊下を全力疾走してます。
ご、ごめんなさい! 今だけだから! 今だけルールもマナーも無視させて下さい!
「……こう言う時、チビなのは助かるね」
普通の人なら通りにくい、人と人の間をさほど苦なく通り抜けられるのは、ありがたい。……こんなに身長が小さくてよかったと思ったのは初めてだよ。
普段運動不足なせいで、ちょっと走っただけで、息が荒くて苦しい。だけど、今はそんなことを気にしてる余裕はない。
「……あと、7分、ない……!」
腕時計が示す無常な数字に半泣きになりながら、ただただ必死に足を動かす。
早く、早く。瀬戸内君に、会わないと。
せっかく瀬戸内君が、短い休憩を使って、私に会いに来てくれてるんだから。
「人が……多くて時間が……そうだ、渡り廊下の方なら……きっとまだ……」
少し遠回りだけど、あっちの方は出店も少ないから、この人ごみの中を通るよりは、きっとまだましだ。
方向を修正して、渡り廊下へと向かう。
渡り廊下へと足を踏み出した瞬間、逆光の中走ってくる影に気が付いた。
「ーー今野!」
「……瀬戸……内……君……!」
この声は、このシルエットは、瀬戸内君で間違いない。
ーーよかった……会えた……!
そう思った瞬間、私は瀬戸内君の胸に飛び込んでいた。
「っ今野!?」
「……ご、ごめ……私、タイミング……悪……て……」
「だ、大丈夫か、今野!? 息できてるか!?」
うう……運動不足のつけで、息ぎれがしてうまく喋れない。
……寄りかかってごめんね、瀬戸内君。
「ごめ……時間……」
「……くそっ、あと5分かっ!……悪い今野。俺、行っても、大丈夫か? それとも一緒に保健室行くか?」
「大丈……夫」
……単純に運動不足なだけです。ごめんなさい、とすらうまく伝えられない自分が憎い。
ふらつきながらも何とか自分の足で立って、瀬戸内君から離れると、瀬戸内君は苦々しげな表情を浮かべていた。
「その……俺が焼いたたこ焼き、今野の後輩に預けたから、食ってくれ」
「……あ、うん……ありがとう」
「それじゃ……」
そのまま再び走ってサッカー部の出店へと向かいかけた瀬戸内君だったが、少し走ってから足を止めて振り返った。
「ーーそれと、今野の絵、見たよ。俺も、同じだから」
「え……」
「俺も今野と同じだったからっ!」
瀬戸内君はそれだけ叫ぶと、今度こそ走って行ってしまった。
「……お帰りなさい。舞子先輩。さっきヨカナーン残念王子が、たこ焼き差し入れ来ましたよ。すみません。タイミングが悪かったっすね」
「ううん、大丈夫。……さっきそこで、会ったから」
「え」
何故か唖然としている琴音ちゃんを放置して、私は未だふらつく足で、自分の絵のもとへ向かった。
一面黒で塗ったキャンパスの中に描かれているのは、闇の中で鮮やかに咲き誇る火の花と、逆光で微かに浮かび上がる、大好きな人の横顔。
「……そっか。同じか」
自然と、口元がほころんだ。
ーー絵につけたタイトルは「初恋」
一生忘れられない、一夏の初恋の思い出を、私は絵という形で残した。
「……てか、ヨカナーン残念王子が戻って来るのわかってたなら、なんで舞子先輩出店で待ってなかったんすか? 残念王子は休憩の制限時間あるかもしれないけど、私は舞子先輩に30分くらいなら全然構わないって言いましたよね」
「………あ」
「ーーねえ、何か片付けで、手伝うことある?」
「あ、じゃあ舞子は、ここの通路用の段ボール外してって、畳んでまとめてー。あとでゴミ置き場持ってくから」
「うん、わかった……てか、和美ちゃん、メイク落とさないの? 血糊で真っ赤だから、暗い中でいきなりみたら、とても怖いんだけど」
「舞子はお馬鹿さんね? ……そうやってびびる奴の反応が面白かったから、このままにしてるんじゃないの」
「……和美ちゃんのドエス」
楽しい一日はあっという間で。気が付けば後夜祭も終わり、片付けの時間が始まった。
美術部は、絵とか机とかを片付けて、軽く掃除するだけだから当初の予定通り後輩に任せて、日中あまり貢献しなかったクラスのお化け屋敷の片付けを手伝っている。
結構色々こだわって準備した分、片付けもかなり時間がかかりそうだ。
「舞子ー。そこはとりあえず後でいいから、ちょっと先にこれ、ゴミ置き場持ってってくれない? 邪魔だからさ」
「わかった……うわっ! と、智ちゃんもなんで、目玉飛び出しっぱなしなの!? さっき、そのつけ目玉外してたのに!!」
「いや、和美の話を聞いてから、よくよく考えてみたら、私まだ舞子びびらせてないこと思い出して。いや、予想通りいい反応してくれてよかったわ。満足満足」
「……なんで、私の友達ってドエスばっかりなの……」
人を弄って喜ぶ親友二人にため息を吐いて、智ちゃんから渡されたゴミを持ち上げる。
……うん。大きくて持ちづらいけど、中身発砲スチロールだから、二個くらいまとめていけそうだな。ちょっとバランス取りにくいけど重ねちゃえ。
持ったゴミが落ちないように気をつけながら、外のゴミ置き場へと向かう。
「……あ、月が出てる」




