高梨さんと佐藤君
「しかも……何、その格好……」
「見れば分かるだろう……メイド服だ」
「いや、だから、なんで!?」
こんなところで、高梨さんがメイド服を着て、ジャンボたこ焼きの宣伝看板を持っている意味が分からないのですが……!
戸惑う私に、何故か高梨さんは勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
「ふっ……今野よ。私がリア充禁止令などというばかばかしい慣習を律儀に守って、悟と過ごせる最後の文化祭を無駄にするとでも思ったか?」
いや……あんまり思ってなかったけど……大林君が全力で慣習守るだろうから、結果的に守ることになると思ってたよ。
「サッカー部の監視外での異性との接触を禁ずる? ……ふん、ならばサッカー部の懐に入ってしまえばいい」
「………と、いうことは?」
高梨さんは胸を張って、得意げにふふんと鼻を鳴らした。
「つまり私は、今日一日限定でサッカー部のマネージャーになることにしたわけだ!」
どーんっ! という効果音が聞こえた気がした。
……いやいやいや、そんなのってありなの!?
私はちゃんと瀬戸内君に会わないで我慢してたのに、高梨さんばかり、ずっこい。ずっこいよ……!
「……はっ。もしかして、大林君が元部長の権限濫用して、一日限定マネージャー制度を無理やり押し通……」
「違ぇ、違ぇからな、今野。俺は、ずっと反対してたからな。変な誤解はやめろ」
不本意な疑惑に反応したのか、出店の裏側でたこ焼きの具材を切ってた大林君が、険しい表情で飛び出してきた。
その表情は心なしか、げっそり疲れきってる。
「でも、メイド服まで着させて……」
「だから、それは俺の指示じゃねえ! 俺が沙紀のこんな格好、不特定多数に晒させたいわけねぇだろ」
……それもそうか。
高梨さん美人だから、変なファンつきそうだしな。普段は近寄りがたい雰囲気放ってるぶん、なおさら。
……じゃあ、一体誰が……。
「ーーはいはい、俺でーす。俺が提案しましたー」
「あなたは……女の子にモテたくてサッカー部入部したけど、モテてない佐藤君……!」
「え……ちょ、待って。俺、今野ちゃんに、そう覚えられてんの。ちょっと悲し過ぎね?」
だって、すごくインパクトあるイメージだったんだもん。仕方ないよ。
突然の佐藤君の登場に、大林君は眉間に皺を寄せた。
「……おい、焼き係。何、勝手に持ち場離れてんだよ。たこ焼きはどうした。たこ焼きは」
「後輩に一瞬、任せてきたから大丈夫ー。つかさ、俺やっぱりたこ焼き焼くの向いてねーわ。何度やっても、破れそうになるし。大林、持ち場変わってよ」
「お前、さっき瀬戸内と変わったばっかだろうが。……ったく、仕方ねぇな」
「お、悟。たこ焼き焼くのか? 悟は器用だから、きっと綺麗なたこ焼きできるな。頑張れよ」
「…………………」
「……律儀に慣習守って延々無視し続ける大林も大林だけど、それを一切気にせず話かけ続ける高梨ちゃんも高梨ちゃんだよな……」
「悟はそうやって、ぶれない所が格好いいんだ」
「はいはい。ごちそー様。ごちそー様」
……なんか、高梨さんと佐藤君仲良くなってる?
何というか、佐藤君って、すごくコミュ力高そうだしね。なんでモテないんだろ。
でもなんか、高梨さんと仲良くなるのに一年以上かかった身としては地味に敗北感が……。
て、今はそんなことを気にしてる場合じゃないや。
「佐藤君が、提案したって?」
「いや。高梨ちゃんが、何度断られても、健気にサッカー部の部室まで一日限定マネージャーさせてくれってアタックしに来てたから、かわいそうになっちゃって。高梨ちゃんが客寄せやってくれた方が売上伸びそうだし、いっかな~って」
「……本音は?」
「大林があれな以上、絶対イチャつき見せられる可能性ねーし、だったらこっちのが面白いかなーって。あと、高梨ちゃんのメイド服姿を純粋に見たかった。むさ苦しい男集団に一日いるわけだし、こんくらいの目の保養は必要っしょ」
……そういうとこだぞ、佐藤君。君が女の子にモテない理由は、そういうとこ。
「こんな服一つで、堂々と悟の傍にいられるなら、私はいくらでも着てやるぞ」
「ひゅ~ひゅ~! 高梨ちゃんったら、健気で男前~! ……でも、高梨ちゃんがあんまりノリノリで校内回ってくれたりしたら、また俺が大林に怒られるからやめてね~。高梨ちゃんが、変な奴に絡まれて危険な目に遭ったりしたら、俺、本当に大林からブッ殺されるから」
「そうだな……悟に心配させるのは本意ではない。宣伝して回るのは中庭だけにしておく」
……高梨さん、それで校内回ったんだ。すごい。
でも確かに、ちょっと心配かも。高梨さん、すごく天然っぽいから、大林君の名前出されたら知らない人にひょいひょい着いて行っちゃいそうだし。
「でもさ、あれか。高梨ちゃんに許してるなら、今野ちゃんは駄目ってのも不公平か。今野ちゃんも、サッカー部の一日限定マネージャーとして、宣伝メイドさん、やる? まだメイド服はあっけど」
「遠慮しときます……」
瀬戸内君とはいたいけど、あんな格好をして高梨さんの隣にいる勇気はありません。恥ずかしいし……それに、高梨さんみたいにスタイルよくないから、夏祭りの悲しみ再びな気もするし。
そもそも一緒にいれても、瀬戸内君から無視されちゃうんじゃ悲しいし。
というか、何でまだメイド服あるの……とかは聞いちゃ駄目なんだろうな。
「……それより、瀬戸内君は? テントにはいないみたいだけど」
「瀬戸内は……やっべ。もう10分切ってる。今野ちゃん、急いで戻った方がいいよ」
「え?」
腕時計を見ながら、佐藤君に告げられた言葉に頭の中が真っ白になった。
「一分遅れたごとに、部員全員に100円奢らなきゃなんない、時間厳守の15分休憩。それ、利用して瀬戸内、今野ちゃんに自分が焼いたたこ焼き届けに行ったみたいだから」
ーーそれ、早く言ってーーっ!!




