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4.無自覚が及ぼす危険性

 至る所で血が流れていた。目の前で繰り広げられる惨劇はあまりに酷く現実味がない。

 実は矢野が来ると言った瞬間にちょっと嫌な予感がしていた。その予感が的中していたことは本日二つ目の部活見学でよくよく分かった。

「ごめん、ちょっと皆集中できないみたいだからまた後日来てくれる?」


「痛っ!」


 また部室から声が上がる。何度目だろうか。

 これで本日部活見学二つ目である。一つ目の吹奏楽部は、見学中に各自先輩方が楽器を落としたり音が合わなくなったりと集中できずに他の見学生に示しがつかないということで早々に追い出されてしまった。

 二つ目の手芸部では矢野と俺が入った後、ミシンで手を縫ったり縫い針が刺さったり痛々しい怪我の連鎖が始まった。


「お、お邪魔しました…」


 これ以上被害を大きくしてはまずいと俺は矢野を引っ張ってその場を離れた。

 原因ははっきりしていた。後ろをだるそうに歩いている矢野だ。

 文化部の大人しい先輩方は矢野が見ているだけでひどい緊張感を覚えるらしい。ちらちらと矢野を盗み見ていたところを見ると間違いないだろう。

 俺はそれなりに器用な方で楽しく手芸ができるに違いないと気軽に行ったのがいけなかった。申し訳なかった。…反省したところで俺は悪くない。

 それもこれも矢野が常軌を逸した美形ということが原因である。


「しかし、矢野君ってなんだか漫画に出てきそうな能力を持ってるな」


 なんだ、かっこよすぎて周りに悪影響を与えるって。そんな人間存在したんだな。イケメンって割りと考えものなんだな。


「俺のせいなのか?」


 無言で頷いておく。どう考えてもそうだろう。 

 文化棟の階段を下りていると、次に行こうとしている部にも迷惑を掛けるかもしれないと思い立った。


「…次、料理部行きたいんだけど。来ないでくれる? 矢野君」


「なんで」


 そんな凄まれたって、理由は明白じゃないか。もし火なんか使ってたら軽い怪我では済まない。さっきの手芸部だって軽い怪我ではないが、イケメンが原因で火事とか俺は嫌だ。


「自分が与える影響を考えてくれ」


 ふと考える仕草を見せる。やっぱりはっきり言うことは大事なんだな。同じ人間なんだから分かってくれるに違いない。


「なあ。俺さ、悪人面か」


 なに言ってんだこいつ。


「吹奏楽部でも手芸部でも目が合ったら顔を背けられるし、皆俺の顔色伺いながらビクビクしてた。顔が引きつってたし」

 そういえば昔から一部の女子は同じ反応をする、と矢野は言う。



「は?」


 だってそりゃあ。


「お前からはどう見えてる? 俺、怖がられるような悪人面か」


 まさか無自覚なのだろうか。イケメンって大概自分が人イケメンであることを自覚していてその権力を振りかざして生きているものだと思っていた。


「…あれだけ女の子から散々かっこいいとか言われてるのに?」



「姉貴二人いるから、分かってる。やつらは心で違うこと思ってても平気で嘘ついて陰口言うような生き物だ。隙を見せると頭からバリバリ食われるぞ」


「皆が皆ってわけじゃないだろ…」


 たぶん。一人っ子の俺としては女の子にまだまだ夢を見ていたいお年頃。優しくて柔らかくて可愛い生き物だと信じていたい。大半じゃないだろうが、そんな子だっているはずだ。


「いや、そういうもんだ。お前はなんか夢見てそうだがな」


 悪かったな夢見てて。


「それで、お前から見て俺はどう見える。正直に言え」


 どうったって。


「悪人面じゃないと思う…いっイケメンだと思う、その、客観的に見て」


 あくまで客観的に見て、だ。


「客観的に? お前は?」


 言いたくない。俺自身の意見としてこいつを誉めるような言葉は口にしたくなかった。なんだかめちゃくちゃ悔しい。


「イケメンだと…思う」


「じゃなんで、怖がられてるんだ?」


 くそっ!すごく言いたくない!かっこよすぎるから、なんて言いたくない。しかし、真っ黒な瞳はちょっと不安そうに揺らいでいて俺は抗えなかった。


「えっとー…顔もかっこいいし! スタイルもいいしあまりのパーフェクトぶりに近寄り難いんだと思う!」



「お前は?」



「俺? 近寄り難いかと思ってたけど。矢野君思ったよりも子どもっぽいからな! 親戚の五歳児相手にしてるみたいかな!」


 人の頭掴むし、思ったことをすぐ口に出すし。俺の顔が気持ち悪いとかな!



「…お前、ほんと目に感情出るよな」


 その声は感心したような響きを持っていた。そして、覗き込んでくる矢野と俺の距離が近い。


「お前は分かりやすくて。で、嘘つけなくていいよな」


 いやいやいやいや。よくないよくない。何がよくないってこの状況、よくない。近い近い!それにそんな分かりやすいとかお前だけだよ!

 気づけば階段の踊り場の端っこまで追い詰められていた。


「料理部は明日でいいよな?」


「でも、今日行きた」


「いいよな?」


「…ハイ」


 謎の威圧感に俺は為す術がなかった。

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