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13.しかたない

 初の調理日を明後日に控えた木曜日。俺達一年は放課後、食材の買い出しに来ていた。割り振られた人数分の食材を持ち寄って皆で作るのを楽しみしているのだが、大きな問題があった。

 一言で、選ぶと言っても決して簡単なことじゃない。新鮮さだったり形だったり。選ぶ基準なんかさっぱり分からないこちらは素人なのだ。その道の達人であるはずの母親にも出掛ける前に助けを求めたが、そんなの適当よーとそれこそ適当に返された。

 つまり、己の力を信じて選ぶしかない。


「なーあー、そんなに迷うことないんじゃねぇの」


 後ろからにゅっと伸びてきた矢野の手が目の前のじゃがいもの袋を取る。


「っバカ! 今、厳選してるんだ」


 そう言って俺のスーパーのかごに投げ込まれたじゃがいもを取ってまじまじと眺める。しかし、どれがいいんだかさっぱり分からない。メークインと男爵いもの違いは先日先輩に教わった。今回はメークインにしようと決めた際にデカデカとプリントにメモを取ったし、皆に呆れられるほど確認を取ったから間違いはない。とすれば、より適したメークインを選ぶのが俺の使命である。

 かごには矢野担当の食材、人参が既に入っている。かご持ちたくないと矢野が勝手に入れたものだ。確かにかごと矢野は不釣り合いだが持っているところをちょっと見たかった。


「どれでも一緒だろ」


「そんなわけない! より良いものがあるはずだ」


「それがどれか分からないんだったら、どれでも一緒だろ」


 矢野は飽きたのかふらふらと違う棚に歩いていく。じゃがいもを選び始めてだいぶ時間が過ぎていた。それそろ奥様方の視線も痛い。真顔でじゃがいもを見比べる男子高校生の絵面は嫌でも目を引くだろう。

 料理部最初の調理は、カレーだ。新入生歓迎会も兼ねてるからね、と言った先輩の言葉に気合いも入るというものだ。たった二人の一年の為に歓迎会とは。

 女子の共同戦線はまだ継続中なのか、女子が料理部入部に押し掛けることはなかった。しかし、先輩達は五人も辞めた。他の女子達からのやっかみを恐れたのか、矢野が来たのをきっかけに辞めたのかはわからない。部長は、元々そんなに部活に来てた人達じゃなかったから、なんて慰めはしてくれたけどなんだか申し訳ない。

 その辺も引っくるめて、俺にとって歓迎会は大変重要なものになるはずだ。失敗は許されなかった。


「うーん…」


 悩みに悩んだ結果、結局矢野が引っ付かんだじゃがいも袋をカゴに入れる。矢野が選んだなら、まあ大丈夫だろうとなんの根拠もない確信からだ。

 ほっと息をついて、どこかに行ってしまった矢野を探しにその場から離れた。そう広くもないスーパーの中で棚の間を覗きながら見つけるのは、実に簡単だった。奴はただそこにいるだけで存在感と腹立たしいことにイケメンオーラが漂っている。

 幼い男の子と一緒に駄菓子コーナーででかい背中を丸めてしゃがみ、真剣な顔で吟味していればなおのこと見つけやすかった。


「おい、これうまいか」


「まぁまぁ。ぼくはねー、こっちが好き」


「へぇ」


「これ、おいしいよ!」


「あ? これか?」


 不思議に盛り上がっている。無愛想なのに子供には好かれるタイプらしい。


「矢野君」


「お、和田」


「なにしてんの」


「あ? こいつの話聞きながら、駄菓子選んでるとこ」


 こいつ、と隣にいた幼児をアゴで指す。男の子は幼稚園であった出来事を舌をもつれさせながら必死で喋っている。その約七割は聞き取れないが瞳を輝かせながら話す姿は可愛いし、微笑ましい。


「でねーでねー」


「うんうん」


 聞き役に徹した矢野と俺は時折頷いたり、相槌を打ったりしながら近くにいたらしい母親が迎えに来るまで一時を楽しんだ。

 昔から怖がらせてしまう性質ではあった俺だが人並みに子供は好きだ。矢野が間に入っていたお陰でそう怖がられることもなかったが、普段は遠くから様子見をされることが多い。本気を出せば、社交的な矢野は俺の思い描く理想に近い。非常に不本意ではあるが。

 そんなやつが。

 どしゃどしゃと駄菓子を俺の持つかごに入れながら、なにやら満足そうに息をついた。


「ちょ…なんだこれ」


「駄菓子」


「いや、見れば分かる。俺はこの量の話をしてる」


 明らかに多い。うま○棒だけでも十本は入っている。二千円分はあるんじゃないかという量の駄菓子でかごが埋め尽くされた。う○い棒は確かに美味いがな!


「どうせ俺が買うんだし」


「だめ! おやつは五百円まで!」


 いくら自分で買うと言っても結局は高校生。バイトもしていないし、金の出所は親だ。無駄遣いはよろしくない。不服そうにしながらも大人しくかごの駄菓子を減らすために首を捻っているところは、無駄に素直だと思う。


「どうしても食べたいのだけ」


 俺はこいつの母親か。


「…母ちゃん、俺これ食いたい」


 矢野もそう思ったのかニヤリと、これまた腹立たしくも周りのお母様方が振り返るほど男前に笑って駄菓子を指差している。嫌みなほどかっこいい。


「…仕方ないなー」


 そう言うと見たことない顔が目の前にあった。それまでの男前はどこへやら顔全体の筋肉をゆるませて幼稚園児みたいな表情だ。


「いいな、それ」


 矢野が言った言葉は俺の心で呟いたものと一緒だった。

 いいな、その顔。その顔が見れるならなんでもしてしまうかもしれない。そう思った。

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