誰かは知ってるあの日の事 実験体と出来損ないと透明なプロトタイプ
――こんなことしかできないなら、俺は心なんていらなかったぞ…?なぁ…頼むから俺を壊してくれよ、ヒイロ。
それは人形の核から生まれたとされる一人の九十九種のたった一つの願いだった。これから僕が語るのはちょっとした昔話。時はコウとツバサが出会う300年程前に遡る。
●監獄の主
ここは『神種族の研究者』達が集う場所、そして多くの九十九種ドラゴンと使い手が生み出された”研究所”だ。詳しくは興味がないから知らないが、結構な援助を受けている世界でも有名な研究所である。その巨大な施設の奥深くには特別な鍵を持った者だけが入れる特殊な部屋があった。空調から食事から高レベルで用意されており快適だ。しかし自由に出れない故に、皮肉を込めて『監獄』と呼ぶ者もいる。
――俺は『監獄』の主と呼ばれていた。俺より長く『監獄』にいる者もいたが、文句を言った瞬間に黙らせた。いつも不機嫌そうで話しかけられても返事もしない、気が乗らないときは見向きもしない俺は『監獄』の皆が恐れる九十九だ、…一つ訂正しよう、一人だけ恐れずに、というより何も考えずに話しかけてくる輩はいた。
「だーからリュウガ、そんな怖い顔したら皆怯えちゃうって。ほらスマイルスマーイル」
「…ほっとけ、わざわざ愛想ふりまくほど元気じゃねぇんだよ」
「まだこの間のことうじうじ悩んでるの?仕方ないなー」
呆れた顔で言うこいつは日色。俺と同じく九十九で、金龍らしい。らしい、というのはその変化した姿をまだ一度も見たことないからだ。でも疑うことはない、俺自身も人/人形の核/龍に姿を変えられるのだ。もっとも、ヒイロは人型を好み、俺は龍型を好むという違いはあるが。
ヒイロはいつも脳天気に笑い、実験も天使が満足するぎりぎりのラインでこなして帰ってくる。直接被害はないから気付かれていないが、ある意味俺以上に不気味な奴…なんだがまぁ、この『監獄』の中で唯一親友といってもいいくらい、心を許せる相手だったことは確かだ。こんな俺にもずっと構ってるんだから。
●主と失敗と実験の悪夢
今日も実験は続く。無駄なことを…俺に適合して死なないような奴なんて存在しないというのに。この間『多色』の適合者が来たときはもしかして、と希望を抱いたが『無』の俺とは相性が悪かったらしく――
目を背けたくなるような悲惨な最期が待っていた。
ある時はいろんな鉱石を混ぜたような塊を残して爆砕し、床一面に赤い華を咲かした。
またある時は利き腕が吹き飛び、次に両足が弾け、痛みにのたうちながら出血死した。
またある時は…………
いつからだろう、満足に眠ることもできなくなったのは。初めて断末魔の悲鳴を聞いた時だろうか、それとも断末魔に慣れてしまった日だろうか。夢を見るたびに出てくる、自分が殺してしまった適合者達。
ふと、足元で何かを踏んづけた。それは少女の死体。もはや驚く事もない、ただ悲しい。その死体はただの死体ではない、あまりにも無惨な死に方だった。もちろん、見覚えがあった。 それは、昨日自分が殺してしまった少女だったからだ。
「……この裏切者。道具のくせに使い手を殺すなんて」
不意にそんな声が聞こえる。 思わず声のした方を振り向くが、そこには誰もいない。
「君は結局、役立たずなのよ」
「テメェはただの殺人マシーンなんだよ」
「返してよ……私の大事な妹をっ!!」
「……最低のガラクタだ」
声だけが、ただ聞こえる。 見えない何かは俺を取り囲み、様々な言葉の暴力をしてくる。俺にできたのはただしゃがみ込んで耳を押さえるだけ。
「……違う、俺は」
「何が違うんだ?」
「…………ッ」
振り向けば、そこには自分が立っていた。
「これまでたくさん殺したじゃねェか。ただの人間にゃ過ぎた力だったとはいえ何を今更否定する。何か?まさか、全部実験を押し付けた奴らの所為だとか思ってる?お前自身が暴れて協力しなければよかったことなのに?こいつぁお笑いだ」
『そいつ』は、引き裂いたような笑みを浮かべた。
「…………ちが、う」
必死に否定しようとしても、それ以上言葉が出てこない。
「だぁかぁらぁ、なーにが違うっつーんだよ」
そんな彼を、『そいつ』はくだらないと笑う。
(違う、違うんだ。違う違う違う違う違う違う違う違う違うちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう、ちがう……ッ!!)
雨に打たれる子犬のように震えることしかできなかった。カツっと革靴の足音が背後から聞こえる。 振り向けば、そこには片目のない少女が立っていた。
「あ な た の せ い だ」
彼女は無表情で、淡々と告げた。次の瞬間絶叫しながら飛び起きたのは言うまでもない。
「うなされてたけど大丈夫?リュウちゃん」
「ヒイロ……じゃあ今のは夢か」
肩を押さえて再びベッドに倒される、無表情のままこちらの顔を覗き込むヒイロ。夢といった瞬間、歯を食いしばったように見えたが…。
「ここは夢よりもつらい現実だよ。早く目を覚まさないと強烈な一撃をもらうことになるよ」
「強烈なって、今度は何が起きるってんだよ」
「今度はこの前の多色よりも幅の広い……まさしく『虹』の適合者が研究所につれてこられたってさ、そのうちここに来るかもしれないよ」
また、面倒なことになりそうだ。天使どもは懲りるということを知らないのか?
●主と「あいつ」と人工の神様
数日後、ヒイロや研究者数名に引き連れられ件の適合者の実験を見に行った。なるほど、確かに虹の武具も平気で使いこなしているようだ。ただその時に感じたのは違和感、こいつをどこかで見たことがある?俺は心をざわつかせる悪寒に身震いした。そうか、「あいつ」にそっくりなんだ。でもありえない、「あいつ」がいるわけがない。気が付くと俺は拳を強化ガラスに叩き付けて叫んでいた。
「今すぐ実験をやめろ!!人工の神を生み出すつもりか!!」
「リュウちゃん、いきなりどうしたの?」
「あいつの姿は神そっくりなんだよ、今すぐにやめさせないと、あたり一帯滅ぼされるぞ!?」
「落ち着いて、あの子は違う。神の力なんて持ってない」
今にも暴れようとする俺を、自身の能力でもって軽々と押さえつけるヒイロ。力を入れようとしても力という概念そのものを掻き消されては動きようがない。
「あいつは、神は、俺の大事なもんを奪っていったんだ!!放せ、今ここであいつを討たねぇとまた奪われる!!」
「だから、落ち着けって言ってるでしょ!!」
「放せ、放せえええええええええええ!!」
なお暴れようとする俺に焦った隙をついて、満身の力を込めてヒイロを振り払う。俺の叫びに緊急事態と見たのか鎮圧用装備の天使達がわらわらと現れる。
――それがどうした
九十九種や神ならばともかく、ただの天使が俺を止められるものか!!
●主とあいつと名前
結局、俺が実験棟を半壊させるような大暴れをした為実験自体は中止、しばらくは適合者の様子を見て再開することとなったらしい。まぁ、他人の事よりもまずは自分の身を考えるべきか……もう何日食事をしていないだろう、今回の被害への罰として地下独房に詰め込まれ絶賛断食中だ。別に元々鉱物の身だからその気になればしばらくは持つ。だがどうせ俺が本体に戻るまで延々と放置されるのだろう、気の長いことだ。いずれはここで死ぬだろうが、悪くない、むしろここで死んだ方が自分の犠牲者を減らせるのだから。ふと闇の中の気配に気が付く。
「そこにいるのは誰だ?」
「君が、実験で暴れて監禁されてる九十九…?」
声をかければ小さく震える声が返ってきた。腹が減りすぎて感覚が鋭敏になっているのか足音の軽さで相手が小さい子供、実験体の誰かだとわかる。研究員は若くても成人してるからな。ただ、そんなことよりも気になったのは…微かに香る…
「…飯の匂い」
「え?あぁ、ご飯抜きになってるっていうからお腹すいてるかなって思って」
「…何が目的だ」
「この間のお礼かな?もう少しで暴走しそうだったから、止めてくれてありがとう」
目を凝らしてよく見るとそいつはこの間の実験体だった。あれはやはり暴走しかけてたのか、今は大人しいこいつも暴走すれば…いや、よそう。
「持ってきてくれた事には感謝するが俺はここで死んでもいいと思うんだ」
「じゃあこれいらないの?」
「…………」
目の前に置かれた飯に即答できない自分が恨めしい。
「何があったのか僕にはわからないけどさ、せっかく九十九になって自我を得たんだからもっと自分の為に動いてみたらいいんじゃない?」
「自分の、為に?」
「そ、自分がしたい事をしてみるとか。ひーちゃんからはいつも受動的だーって聞いたし。
元々道具だったからって今も唯々諾々と従う必要はないんだよ。君は君として生きていいじゃない」
「……そうだな、ならまずは」
「まずは?」
「目の前の飯を食おう」
実験体の少年は一瞬きょとんとして、腹を抱えて笑いだした。龍のままなのでわかりにくかっただろうが、俺も少しだけ笑えていた。俺は俺として生きていい、か……。
その後もちょくちょく差し入れと称して少年は俺の元へと足を運んだ。そんなある日、ヒイロを引き連れてきた少年に疑問をぶつける。
「そういえばお前、名前は?」
「リュウちゃん、今までおい、とかお前、ですましてたんだね」
呆れた、と呟いて開いてた本を閉じ、少年を俺の前へ押し出す。苦笑しながら自己紹介してあげてとか言わなくてもいいだろう。
「実験ランクSSS、アンノウン。って呼ばれてるね。ただの記号みたいなものだけど」
「じゃあ俺が名前つけてやるよ、お前の名前は『ツバサ』だ」
「リュウちゃん、それじゃ関連性が全然わかんないよ」
可笑しそうにヒイロが笑って、つられてツバサも笑う。あぁ、こいつは「あいつ」なんかじゃない。こんな優しく笑うやつが同じヤツなわけがないよな。
「初めてこいつを見た時実験中だったろ?あの時魔力の放出が綺麗な翼みたいだったんだよ、だから、ツバサ」
「ツバサ、か。うん、気に入ったよ。僕はツバサ!」
こうして少年は龍に名を与えられ、龍は少年に命を与えられた。これが後の世に与える影響を知る者は未だいない。金龍が困ったように小さく「しょうがないなぁ」と笑ったことに二人は気付くことはなかった。
●龍と翼と適合試験
「今度リュウガとの適合試験を受けようと思うんだ」
いつまでも本体に戻る気配のない俺に諦めたのか、ようやく『監獄』に戻された俺とヒイロのところにいきなりやってきてそんなことをいうツバサ。ヒイロと顔を見合わせてツバサの肩を掴んで揺さぶりながら問う。
「わかってるツバサ?その実験がダメだった場合のこと」
「知ってるよ、拒絶反応で死んじゃうんだよね?天使達から聞いたよ」
…こいつは分かってて受けて立つのか?訝しんで見やるとあいつはふいっと目をそらして空を眺め、言った。
「僕は『虹』の適合者なのは知ってるよね?でもどの九十九種も僕は上手く使えない、全てに適応できる代わりに深く繋がれないのが僕なんだ」
「はぁん、どっかで聞いたような話だことで」
「誰とも深く適合しすぎた反動で殺してしまうリュウガと、誰とも適合できるツバサ、か不思議な巡り合わせだね」
ヒイロは肩をすくめて金箔押しの本を開く。目を細めて何かを探しているのか忙しなく視線が移動する。
「元々幅広い適合を持ってたから期待させて…期待させた分だけ深く絶望させちゃったみたい」
「ま、天使どもはそうだろうな。だがよかったじゃねぇか、普通半端な適合なら拒絶が起きて死んじまうんだぜ?特にコウとクロガネは拒絶が強いって言ってたし」
「あの子達の拒絶はリュウちゃんの反動とは別の方向で凶悪だからねぇ」
「…実は今度、僕の部屋にいる適合者が君との適合実験に回されるようになるんだって。でも…他の子じゃ絶対無理だよね?」
「あぁ、普通の人間じゃ無理だな。っていうか自分は大丈夫みたいな言い方すんなよ……少しでも適合が不十分ならツバサが相手でも食い破るから覚悟しとけ」
「うん、絶対に負けないから」
こちらに向き直ったあいつの顔は少し疲れたような微笑みだった。一心に期待を受け、その分何倍もの失望、怨嗟を受けてきたのだろう。でもその眼は曇っていなかった、本気で適合できると疑わないその眼は今の俺には少しまぶしいもので……。
「はっ、せいぜいがんばりな。俺を使えるなんてそれこそ神様ぐらいだぜ」
「なら大丈夫だね、僕はここに連れてこられる前にいた村で「神器」って言われてたんだから」
「神の器ねぇ、そりゃごたいそうなことで」
迫る実験が成功しようと失敗しようと、もはや会うことはなくなる友に軽口をたたく。この空気はあと少ししかないものだ。だから今は惜しむように夜を語り明かした……。
ヒイロは一心不乱に何かを探して口数が少なかったが今更そんなことを気にする仲ではない。それに、こうなったヒイロはのめり込んで誰の言葉も耳に入らないことが多いのだ、反応するだけでも十分付き合いがいい場合だ。
ただぼそりと呟いた「神の器ならコウが適合しそうなものなのに」という言葉がやけに真剣に悩んでるように感じたのは気のせいだろうか。
そして適合試験は草木さえも静まり返った深夜にひっそりと行われ、『監獄の主』は表舞台から姿を消した。