谷底での一夜目 歌と話と満月
夕食を済ませ、転寝していたコウの耳に届いた歌声
何処かで聞いたことがあるような、懐かしい曲
導かれるように声の元を探すとそこにツバサがいた
「なんだ、まだ寝てなかったのか?」
「うん、まだ…少し上が恋しくてね」
「兵士とかに追われたっつーのに上が恋しいのか…まぁ気持ちは解らんでもないが」
「やっぱりコウも封印された時は外が恋しかったの?」
「そりゃもちろん。喩えるなら大草原を駆け回る馬がいきなり4畳半の部屋に閉じ込められた感じだ。
せっかくだし月でも見ながらお前が見た上のこと聞かせてくれないか?」
「……うん、多分コウが上にいた時と大分かわってるんじゃないかな。」
温かい飲み物を魔法瓶に入れて、ベランダから満月を見上げる。
背中合わせに座ってぽつぽつと思い出を話す。
僕は唐突に世界が狭くなってとても寂しかった。
でもコウの声が僕の心を軽くしてくれた、ただあいづちを打ってくれるだけなのに
楽しそうに笑って聞いてるからかな?もっと、聞いて欲しくなる
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急に静かになったと思ったらツバサが泣いていた。
胸が締め付けられるように痛んで俺も泣きそうになった。
だけどそれをこらえて笑い掛ける。
「急に泣く奴があるか…ったくしょうがない奴だなぁ」
「でも……だって……っ」
「元気出せ。もう少し体力付けてから上まで連れてってやるからよ」
「……ほんとに?コウはここから出る必要が無いのに」
「嘘ついてどうなる、ま、飯食って体力回復しないと行けねぇし1週間は待たせちまうけどな?
理由なんてのはお前が上に行きたいってだけで十分だ
お前が笑うならそれで俺は満足する」
「ん、約束だよ?」
「あぁ、約束だ。……冷えてきたしそろそろ中に戻ろう」
二人が小屋の中に戻ると、辺りを静寂が包み、月は優しく世界を照らし続けた。