第十話「婚約者」
【あらすじ】
冒険者アレアと、相棒のレイ。記憶を失った令嬢メモリーを伯爵邸へ送り届けた夜、二人の前に、喪服の青年が現れる。ハヴェル子爵家のナタン ―― メモリーの、婚約者だという。
明るすぎる声と、剣だこの無い白い手。嫌だ、と言うほどではない。けれど、何かが引っかかる。息の詰まる屋敷から庭へ出た二人は、礼を言いに駆けてきた弟レヴと、少しずつ打ち解けていく。
そこへ、もう一つの足音が近づいてくる ――
扉の前に立っていたのは、喪服の青年だ。
肩にかからない明るい金の髪は乱れなく整えられていて、ろうそくの灯りを、やわらかく返している。甘く整った顔立ちの中で淡い青の瞳だけが動き、目尻を下げたまま、応接室をゆっくりと見渡した。細身の体に、黒がよく合っている。
ほどけかけていた部屋の空気が、扉の前の一人のせいで、また張りつめていく。
肘掛け椅子のアダルが、座ったまま低く口を開いた。
「……ナタン殿。何故、ここに居る」
問いというより、咎める声である。その低さにアレアの肩までこわばり、暖炉の火は燃えているのに、首筋がひやりとした。
ナタンは胸に手を当てて、目尻を下げる。扉の前は遠く、ナタンのその手は、胸の黒に白く重なっているとしか見えない。
「これは失礼を、伯爵様。ですが、私はメモリーの婚約者です。無事な姿を、この目で確かめずに帰れましょうか」
声は、この部屋の誰よりも明るかった。
ソファの三人を見もしないで、ナタンは部屋へ進む。開いた扉を、脇に立つサマンサが、伸ばしかけていた手で音も立てずに閉じた。テーブル越しにソファと向かい合う所まで来ると、ナタンは一同へ向き直る。
「申し遅れました。ハヴェル子爵家のナタン・ハヴェルと申します。メモリー・ミフガン嬢の、婚約者です」
二度目の「婚約者」に、アレアは隣をうかがった。メモリーは、重ねた両手を膝に置いて名乗るナタンを見ていて、その顔は、何ひとつ動かない。
そこへ、ひそめた声が耳もとへ落ちてきた。ソファの横に居たはずのイクネスが、いつの間にか背もたれのうしろに来ている。
「……ハヴェル子爵家のご令息だ。ご領地をお持ちでない、名誉貴族のお家柄でな」
それだけ告げて、声は離れていった。
(領地の無い貴族なんて、いるのか……)
名乗りが済んでも、誰の口も開かない。暖炉で薪の鳴る音だけが、応接室に残っている。
その静けさは、ナタンの声で終わった。
「ああ、メモリー! 街の噂で攫われたと聞いてから、生きた心地がしなかった。大がかりな捜索も終わって、今日の葬儀に並んだときには、もう二度と会えないものと……」
言いながらテーブルの縁まで駆け寄ったナタンは、回り込みもせずに上体を傾け、ソファのメモリーへ手を伸ばす。大げさな声だけが浮いていて、アレアには、どこか嘘くさく聞こえた。
メモリーは困った顔で、近づく手から身を引く。
「あ、あの……」
葬儀の一言で、ハンナが目を伏せた。場の空気が、そこで凍りつく。
イクネスが、ソファの脇から声を荒げた。
「ナタン様! 奥方様の前で、口が過ぎますぞ!」
叱る声が凍った空気を割っても、アダルは動かず、ナタンを見据えたきり黙っている。それが目に入ったとたん、頭より先に体が動いて、メモリーの手を取ったアレアは腰を上げていた。
その手を自分の背へ引き寄せると、メモリーも引かれて立ち、アレアは、テーブルを挟んだ腕一本ぶんの近さでナタンと向き合う。この相手が嫌だ、とまでは思わない。
隣で立ったレイが半歩うしろへ回り、何も言わずにアレアの背に付くのが、目の端に入った。
伸ばしていた手を、ナタンは掌をこちらに開いて引いた。目尻の笑みは崩さず、脇のイクネスのほうは見もしない。
「おっと、これは失礼。嬉しさのあまり、つい」
この近さだと、その手がよく見える。白く、爪まで磨かれていて、剣だこの一つも無い。
ナタンの目が、メモリーを引き寄せているアレアで止まった。
「……ところで、君は?」
握った手は離さずに、アレアは答える。
「友人だ」
うなずいて、ナタンは目尻を下げた。
「そうか。メモリーを、ここまで連れてきてくれたのだね。礼を言うよ」
礼の言葉が終わらないうちに、ナタンは笑みを変えずに声だけを低くした。
「だが ―― 彼女は、私の婚約者だ。その手を、離してもらえるかな」
穏やかな声とは裏腹に、部屋は重くなっていく。アレアは、繋いだ手を離さない。誰も動かないその重さを、アダルの声が破った。
「ナタン殿。……娘は、まだ戻ったばかりだ。今夜は控えてもらおう」
向き直ったナタンが、アダルへ一礼した。
「……これは、失礼を。伯爵様」
礼を解いて、ナタンは一歩、テーブルから退く。その横顔を見るうちに、アレアの眉が寄って、口の端が落ちる。それを隠す気は、もう起きなかった。
目の端で、ソファの横のイクネスが、黙ってナタンの背中を睨み据えている。
睨みの残る間を置いてから、アダルが締めくくる。
「……今夜の話は、ここまでだ。アレア殿、レイ殿。しばらく当家に留まるがよい。部屋を用意させる」
半歩うしろで、レイが腰を折った。
「感謝いたします、伯爵閣下」
その声が終わるのも待たずに、ナタンはアダルへまた一礼して、ほかの誰より早く部屋を出た。遠ざかる背中から、イクネスの目は離れない。これで帰るのだろうと、アレアは思った。
肘掛け椅子を立ったハンナが、メモリーのほうへ歩み寄る。アレアは、握っていた手を離した。ハンナの手が、メモリーの肩に、触れるだけの軽さで乗る。
「メモリー……今夜は、ゆっくり休んでくださいね」
丁寧に、メモリーは頭を下げた。
「ありがとうございます……」
言葉も、頭の下げ方も、整っている。それでも、ハンナを見るその目は、見知らぬ客に向けるものと変わらなかった。ハンナの唇が、わずかに動く。
「……」
声にはならない。肩から手を離して、メモリーの目を見つめ直してから、寂しげな横顔を見せて、ハンナは部屋を出ていく。
アレアには、閉まっていく扉を見送ることしかできなかった。胸の奥が、きゅっと縮む。必ず取り戻す、とさっき自分で言った言葉が、戻ってくる。それを、言いはしない。
閉じる音が止んでも、応接室は息のつける場所に戻らない。
前へ来たサマンサが会釈し、二人はそのあとに続いて応接室を出た。閉まりかける扉の隙間に、残ったアダルとメモリー、それにイクネスとが、最後に見えた。
案内された客間は、造りだけなら応接室と変わらない。天蓋の付いた寝台が二つ、間を空けて置かれ、暖炉にはもう火が入っている。深い赤のカーテンの下から、赤と紺の模様を織った厚い絨毯が、部屋の端まで敷かれていた。
レイは片方の寝台の端に座ると、大剣を背から外して膝に横たえ、布で刃を拭き始める。どこへ泊まっても、することが同じだった。
アレアのほうは、どこに触れても壊してしまいそうな気がして、動けずにいる。座るくらいなら、と手前の寝台に尻を乗せたが、沈んでいく柔らかさに耐えかねて、腰を上げた。窓辺へ寄って、カーテンを指で少し開ける。外には、暗い庭が広がっている。
窓の外へ目を向けて、アレアは言う。
「……だめだ。どうも落ち着かねえ」
振り返って、アレアは手入れの続くレイに声をかけた。
「なあ、レイ。ちょっと外の空気、吸いに行かないか?」
布を持つ手が止まり、レイが顔を上げる。
「……ったく。少しだけだぞ」
大剣を寝台の足もとへ立てておいて、レイが先に出る。
客間を抜け、二人は伯爵邸の庭へ降りた。
夜気が、頬に少し冷たい。風は止み、頭の上には星だけが出ていて、照らしているのは、屋敷の窓から漏れる灯りしかない。その光の届く所では、館の壁が蜂蜜の色に浮かび、縦に長い、先の尖った格子窓と、壁を這い上がる白いバラが見える。
石を組んだアーチの入口から、大きな平石を敷いた小道が、噴水をかすめて庭の奥まで続いている。円い水盤の上に二段の台座が立ち、子どもの石像から、四方へ水が流れ落ちていた。飾りのためだけに水を流す家があるのだと、アレアはここで知った。小道の両側は低く刈った生け垣で区切られ、円すいや球の形に整えた木と、大きな植木鉢が並ぶ。花壇には黄色いバラがまだ咲いていて、白い花と、紫の穂のような花が、その間にまじっている。いちばん外には石の欄干が巡り、人の像と壺の飾りの向こうで、森と丘の影が黒くつながっていた。
噴水の縁の石に、アレアは腰かけた。屋敷が横手に来る向きで、レイは座らずに、脇に立っている。夜気と水の音で、ようやく息がつけた。それでも、どこを向いても窓の灯りか刈り揃えた木ばかりで、屋敷の手の中から出た気はしない。
ためこんでいた言葉が、アレアの口を突いて出る。
「なんなんだよ、あいつ。メモリーが困ってんの、見て分かんないのかよ」
肩の横で、レイが声を抑える。
「声を落とせ。ここは伯爵様の屋敷だぞ」
声は落としたものの、アレアは言いつのる。
「だってさー。あの笑い方、なーんか嫌な感じがするんだよなー」
レイは、すぐには答えない。
「……否定はしない」
二人のあいだを、噴水の音だけが埋めている。
小さな足音が、屋敷のほうから石の小道を駆けてくる。
窓の灯りの下へ入ってきたのは、櫛目の通った亜麻色の髪を横で分けた少年だった。喪服ではなく、若草色の上着に、金のボタンが並んで光っている。噴水のそばまで来て止まると、少年はまっすぐにこちらを見る。
見覚えがある、とアレアは腰を浮かせかける。
「あれ……君、確か」
少年は、背筋をぴんと伸ばす。
「レヴ・ミフガンです。メモリー姉様の、弟です」
名が出た所で、思い当たる。応接室へ通される前、戸口で姉を振り返っていた子だ。横で、レイが立ち方を改める。
二人を順に見て、レヴが言う。
「母様から聞きました。姉様を、ここまで連れて帰ってくれたのは、お二人だって」
肩越しに、レヴが屋敷の窓を振り返る。
「窓から、お二人が見えたんです。どうしても、お礼が言いたくて」
それから、レヴは腰を折って、つむじが見えるほど頭を下げた。
「ありがとうございました!」
伯爵家の子に頭を下げられると、アレアは照れてしまって、慌てて声をかけた。
「いいって、いいって。顔上げてくれよ」
顔を上げたレヴの目が、横からの灯りに若草色を映す。メモリーと、同じ色だ。
名乗り返す番だと、アレアは親指で自分を指した。
「俺はアレア。アレアでいいぜ。で、こっちがレイ」
レイが、隣で改まって一礼する。
「レイ・シュタインと申します、レヴ様」
二つの名前を、レヴは口の中で確かめる。
「アレアと……レイさん」
言ってから、レヴは少し顎を上げる。
「僕のことも、レヴって呼んでください」
アレアは、歯を見せて笑った。
「おう。よろしくな、レヴ!」
名乗ったときには固かったレヴの肩が、名前を呼び合うあいだに楽になっていく。屋敷に入ってから、場がこうしてゆるむのは初めてだ。
よろしくな、のあとで、レヴは何か言いたそうに口を開け、いったん閉じた。しかし、息を一つ吸って、切り出す。
「あの……冒険者って、魔物と戦うんですよね? 姉様と一緒のときも、戦ったんですか?」
待っていたとばかりに、アレアは膝を叩いた。
「戦ったぜー。森の奥でさ、でっかい人食い草……マンイーターってのが出てきて、メモリーが蔓に捕まっちまってさー」
レヴの頬から、色が落ちる。
「姉様が!?」
アレアは両腕を広げて、風を起こす真似をした。
「大丈夫、大丈夫。俺がこう、風の魔法でぶわーっと吹き飛ばして、ズバッと!」
腕を振り回し、最後は見えない剣を振り下ろす。レヴの目が、灯りを受けて輝いた。
「すごい……! すごいです、アレア!」
調子に乗って、アレアは横のレイを顎でしゃくる。
「その前にもさ、レイが魔物の群れを一撃で、森ご――」
レイの低い声が、脇から落ちた。
「アレア」
舌が、そこで止まる。アレアは頭をかいた。
「……あ、すまん。一気に話し過ぎたな」
それでも、レヴの声は弾みを失わない。
「レイさんも、強いんですね! 僕、もっとお二人の冒険のお話、聞きたいです!」
いつのまにか、レヴの声は噴水の音を越えていた。アレアは、笑って首を傾ける。
「なんだ? レヴも冒険者になりたいのか?」
間を空けて、レヴは首を振った。
「……僕、父様みたいな騎士になりたいんです。父様みたいに、強くて、立派な騎士に」
レイの声が、少し落ちた。
「そうですか……騎士に……」
そちらを見ると、レイは、目をわずかに下げている。アレアは、引っかかりながらも突かずにおいた。
レヴが、つぶやくように続ける。
「僕も……アレアみたいに強くなれるかなぁ……」
そのつぶやきで、アレアの視線はレヴへ戻った。
「へえ、騎士かー。いいじゃん、レヴならなれるんじゃないか?」
噴水の縁へ、レヴが乗り出してくる。
「本当ですか!?」
うなずき返す前に、レヴの後ろで足音がした。さっき駆けてきた軽いものとは違う、急がない靴の音が、小道の石を一枚ずつ鳴らして近づいてくる。
振り向いたレヴの肩の先、窓の灯りの届く所まで歩いてきたのは、見覚えのある喪服だった。黒は夜の庭に溶けていて、光を拾って浮いているのは、指の金と、腰の剣の飾りだけだ。
目の前で、レヴの横顔から笑いが引いていく。
(げっ……まだ居たのかよ)
アレアは、腰かけていた縁から立った。横のレイは、足も向きも変えないで、近づくナタンを目だけで追う。
声の止んだ庭に、水盤へ落ちる水の音が戻ってくる。
三歩ほどの間を残して、ナタンは足を止めた。腰の鞘には、傷が一つも付いていない。その目尻が、また下がる。
「これはこれは……こんなところで、ずいぶんと楽しそうだね」
返事を待ちもせずに、ナタンの視線が、アレアと、隣のレイとを順に撫でていく。頭から足もとまで、ゆっくり眺め下ろしてくる。
「ああ、誰かと思えば。……例の冒険者か」
それから、ナタンは顎を上げてレヴへ笑いかける。
「レヴ殿、そんな下賤な冒険者と一緒に居ると品を下げますよ」
答えの代わりに、レヴがアレアの後ろへ回り込む。背中で、ケープの裾が引かれた。小さな手が握っているのだと、重みで分かる。
それを、レヴの前で言われた。アレアの頭に、血が上る。
「下賤な冒険者でわるかったな」
笑いの形を、ナタンの目尻がやめた。
「……なんだと?」
口は、アレアも止めない。
「お前みたいな奴でも貴族になれるんだな」
剣だこの無い、あの白い手が柄を握った。
「無礼な奴だ! ここで切り捨てるぞ」
怒鳴るのと一緒に、刃が一息に抜ける。鞘の口が、乾いた音を立てた。構えも何も無い、腕の力だけの抜き方だ。それでも刃には鞘と同じで傷が無く、さっきまでレヴの顔に当たっていた灯りが、こんどは刃の上を白く滑っている。
抜いた勢いで踏み込んできて、切っ先はアレアの喉へ向いた。拳ひとつ手前に止まって、小さく揺らいでいる。
目は刃先から離れないのに、アレアの腕は横へ出ていた。腰の細剣ではなく、後ろのレヴを覆うほうへ。足は、引かない。息を、止めていた。
気にもしていなかった夜の冷えが、伸ばした腕の肌に差してくる。脇から、レイが一歩だけ前に出た。張り上げもしない声が、その冷えの中をまっすぐに通る。
「お待ちください、ナタン様」
刃のそばを抜けて、レイが半身を二人のあいだへ差し入れる。
「俺達は正式に伯爵閣下から依頼を受けた客人です」
半身のレイの肩の横で、アレアはナタンを睨み返す。
「……」
舌を打って、ナタンは刃を鞘へ戻しながら、踏み込んだぶんだけ下がる。
刃が鞘の底まで落ちる、硬い音がした。止めていた息を、やっと吐けた。
そこへ、ナタンが言い捨てる。
「……たかが冒険者風情が」
横のレイを、アレアはすり抜けかけていた。
「は!?」
レイは顔を動かさない。横から来るのは、声だけだ。
「アレア、やめとけ」
それでも勢いは殺せず、アレアの足はもう一歩 出かける。レイの腕が、胸の前へ伸びてふさいだ。アレアも、レヴを覆っていた片腕を下ろす。背中の裾は、まだ重い。
ふさがれたアレアへ、ナタンは目を戻す。
「依頼とやらを済ませたら、さっさとこの屋敷から出ていくことだ」
一度 区切って、ナタンの声が沈む。
「それと ―― メモリーには、近づくな」
それきり、ナタンは背を向けた。小道を戻っていき、数歩 行った所で、足は止めないで、屋敷の上のほうへ目を上げた。窓の灯りが、その顔を照らす。横から見える口の端が、片側へ引き上がった。
下がった目尻の、あの笑みとは別のものだ。醜かった。
庭へ出てすぐ口にした嫌な感じが、ここで形を持つ。ナタンが見上げた先に在るのは、並んだ窓だけだ。
ナタンはもう振り向かなかった。石を踏む音が、アーチをくぐって屋敷に呑まれていく。
庭には、水の落ちる音が残った。音は元のままなのに、庭は元に戻らない。レイは、腕を下ろしたあとも二人の前を離れずにいる。
それで、張り続けていた肩が下りた。下りたぶん、布一枚を隔てたアレアの背へ、伝わってくるものがある。
裾を握った小さな手が、震えていた。
胸の中では、ナタンへの腹立ちがまだくすぶっている。だが、背中の震えが、そんなものを押しのけた。言い返す言葉が消える。
前では、レイがナタンの居た所に正面を残して、顔だけをアーチへ振っている。一度 その背中を見たあとで、握られた裾を引かないように、アレアは体だけを回した。レヴの前に、膝を折ってしゃがむ。
目の高さが、同じになる。同じ窓の灯りが、今は二つの顔の上にある。冷えた空気の中で、小さな手は、まだ裾を離さない。
向かい合った若草色の目は、濡れていた。涙になる、その手前だ。できるだけやわらかく、アレアは話す。
「……もう大丈夫だ、レヴ。あいつ、行ったぞ」
唇を結んだレヴの頭が、小さく縦に揺れる。
「……」
次に、レヴはうつむいた。鼻の頭にしわが寄って、口が、への字に曲がっている。嫌いなものを嫌いと言う、子供の顔だった。レヴの声が、遅れて出てくる。
「僕、あの人嫌いです。だって……」
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