華麗なるルカの敗北
『23番、君は不合格だ』
その言葉を受けて、貴族として生まれ、恵まれた環境で、これまで何一つとして不自由のない生活を送ってきたルカは、絶句した。中等部の卒業が迫る春の日、国一番の高等教育を受けられる学園に入学することは決定事項のはずだった。形だけのペーパーテスト、実技試験…どちらも突破するのは楽勝。その前提が、根底から覆されたのである。
掌から、くしゃくしゃになった受験票が風に吹かれて飛んでいった。衆人環視の中、顔から火が出るほどの羞恥と、怒りが込み上げた。
(なぜだ?俺はこれまで何となく…それなりに上手くやってきたはず。思えばなんでも上手くいった、手抜きしようが、適当だろうが。それで上手くやってきたのに、どうして肝心な場面でこんな理不尽な目に遭うんだ?)
ルカは、背後に執事然として影のように控える男を睨んだ。すべての元凶となった男を。そう、この男が悪いのだ。ルカの思考は、すぐに過去の記憶をなぞり始めた。
――――――
鬱蒼とした大森林により南方の安全を確保されたヴァレンティナ王国は、かつて、周辺諸国による度重なる侵攻をすべて退け、大陸の盟主としての地位を確立した大国である。今では他国の勃興により以前ほど優位な立場にはないが、依然として一定の影響力を保持している。
王都アウレリアは、政治的にも文化的にもその中心であり、救国の英雄ノアの銅像が各所に点在する風光明媚な地である。
バルベリーニ家は、王都に邸宅を構える子爵として、その忠義で知られている。跡継ぎは、中等部から海外に留学している優秀な兄と、取り立てて目立つ点のないルカの二人である。
中等部三年の秋、立派な邸宅の自室でルカは頭を抱えていた。
(なぜだ?なぜ能力が発現しない?俺は無能力者なんかとは、あんなカスどもとは違うはずだ)
基本的に、この世界で暮らす人間には、時期は異なるが何かしらの異能が発現する。ごく稀に異世界から人間が迷い込むこともあるが、そういった存在はむしろより特別な能力を持っていることが多い。つまり、無能力者というのは通常、あり得ないことなのだ。
能力のメリットは計り知れない。戦闘系の能力なら軍人や辺境の領主、読心や予知などの特殊能力なら外交官や宗教指導者さえ目指せるのだ。裏を返せば、能力がないことは、圧倒的な不利を意味するのだ。
(もう何かしら能力を授かっても良い年齢だ。というより、この年になっても無能というのはかなりマズい。入試も迫っている。能力なしでは碌なところには行けないだろう。その時は親に泣きつくか?)
『自力では試験を突破できそうもありません。どうか、お力添えをお願いしたく…』
父の前で膝を屈し頭を下げる自分の姿が脳裏を過った。
(あり得ない!ただでさえ兄よりも劣るというのに、これ以上醜態を晒すわけにはいかない。とにかく、早く天啓を得なければ。使えるようになるはずなんだ、人が歩く時いちいち右足を出すだの左足を浮かすだのと意識しなくていいように。突然、当然のように)
両親に期待されていないのは分かっている。既に大陸内でトップクラスの評価を受けるレベルの論文を複数発表している兄と比較すると、学業も、武術もあまりに凡庸。中途半端な要領の良さゆえか、何一つ極めていないままだ。
苛立ちに任せて馬車に乗り込み邸宅を出たルカは、気分転換に博物館に向かうことにした。
車窓の外を眺めていると、物乞いの男が、通行人のポケットから溢れたコインを浮かせ、コソコソと懐に仕舞い込んでいた。ルカの額に青筋が浮かんだ。
(クッ、能力がないという一点において、みすぼらしい乞食にも劣るというのか、この俺が)
そして、その隣を、ランニングに勤しむ学生が滝のような汗を流し、荒い息を切らして通り過ぎた。ルカは思わずひとりごちた。
「くだらん努力をして大変だなぁ貧乏人は。だいたい苦しいだけじゃないか走っても。辛いならやめれば良いだろうに。必死に走れば貴族になれるとでも?」
博物館に着き、従者を引き連れ遺物を見て回る。数分で立ち去っていく観覧客達をせせら笑う。
(やはりここは落ち着く。審美眼のない人間には、しょせん物の良さが分からんのだ。そう、俺は違う。俺はこんな凡夫どもとは違う)
博物館の中央には、救国の勇者ノアの遺物が展示されている。特に目を引くのは刀である。長き時を経てなお、紅の刀身は、夕陽をそのまま閉じ込めたかのような美しい輝きを湛えていた。
中央から目を離して振り返ると、周囲には円を描くようにぐるりと関係人物の展示も行われていた。
ルカはとある人物の展示を前にして足を止めた。
案内板に記された名は、ファントム。勇者が単独で倒した、最初の敵。ガラスケースの中には、主を失った衣装がマネキンに着せられている。右頬に、真っ赤なハートマークが刻まれた黒い仮面。マジシャンのようなシルクハットに、尖った靴。黒いタキシードに、白い手袋、そしてマント。
(かの名高き勇者サマがはじめて倒した敵が一山いくらの犯罪者とはな。ククッ、だが悪くない。惨めな敗者のリアルな展示を安全圏から眺める、これに勝る愉悦はない)
しかし、上機嫌のルカの視界に、不快なノイズが混ざり込む。館内を慌ただしく動く黒ずくめの男たちだ。重そうな荷物を落とし、観覧客に叱責されている。その洗練とは程遠い様に、思わず眉を顰める。
(作業員か?こういう仕事は開館前に済ませておくのが常識だろうに。何だあの荷物は)
浮かんだ疑問はすぐに些事として片付けられる。
(それにしても、労働者は大変だな。俺は剣と本以外で、食器より重いものなど持ったことはないぞ)
ルカが興味をなくして背を向けた瞬間、けたたましい物音と絹を引き裂くような悲鳴が上がり、ルカの背後で、従者達が血を吹き出し、糸の切れた人形のように倒れた。
ルカは振り返った。
「は?」




