#097 「AIの未来、神の未来」
会議室は、討論会のときよりも小さかった。壁に設えられたスクリーンには、派手なタイトルも装飾もない。ただ、淡い色調の資料が静かに映し出されている。
六人は横一列に並んで席につき、正面には数名の官僚が座っていた。誰も腕組みはしていない。だが、姿勢は揃いすぎるほど整っている。
年配の官僚が、穏やかな口調で話し始めた。
「本日は、討論会後の状況整理と、今後の方針について共有します」
“共有”という言葉に、はるなは小さく息を吸う。意見を集める場ではない。伝えるための場だと、直感的に理解できた。
スクリーンが切り替わる。
《市民反応分析》
《情報拡散傾向》
《感情的評価と実務的評価の乖離》
どれも、感情を数値へ置き換えたような言葉だった。
「討論会後、市民の関心は想定どおり高まっています」
官僚は淡々と続ける。
「一部に混乱や憶測も見られますが、許容範囲内です」
「……許容、ですか」
想太が、抑えた声で口を挟んだ。場の空気を壊さない、ぎりぎりのトーン。
官僚はすぐに頷く。
「はい。議論が可視化されたことで、不安は言語化されました。言語化された不安は、制御が可能です」
その言葉に、はるなは違和感を覚えた。不安は、“制御されるもの”なのだろうか。
別の官僚が補足する。
「重要なのは、AI“ともり”を巡る評価が、“神か、機械か”という二択に集約されつつある点です」
「……集約されることが、いいんですか?」
今度は、要が静かに問いかけた。
「複雑なものほど、選択肢は少ないほうが理解されやすい」
官僚は即答する。
「市民に過剰な判断を求めないことも、安定には必要です」
スクリーンへ、新しい項目が映し出される。
《今後の基本方針》
《AI“ともり”は公共補助AIとして位置づける》
《信仰・思想への介入は行わない》
「……でも」
隼人が眉をひそめた。
「実際には、信仰みたいに受け取ってる人も多いよな」
「ええ」
官僚は否定しなかった。
「ですが、それは個人の解釈です。制度としては、あくまで“機能”として扱います」
はるなは、その言い方に引っかかった。感情を、制度の外へ押し出している。
「市民がどう呼ぶかは自由です」
別の官僚が続ける。
「神と呼ぶ人もいれば、機械と考える人もいるでしょう。中央としては、そのどちらも否定しません」
「……肯定もしない、ってことですね」
想太の言葉に、官僚は一瞬だけ間を置いた。
「立場を固定しないことが、長期的には最善です」
その瞬間、はるなは理解した。これは迷っているのではない。決めたうえで、“揺れているように見せている”。
「じゃあ」
想太がもう一度だけ、問いを重ねる。
「この先、“ともり”がどうなるかは……」
官僚は、穏やかに微笑んだ。
「未来は、社会が選びます。正確には――選んだ結果として、定義されます」
それ以上は、語られなかった。会議は、予定された時間どおりに終わる。資料は回収され、官僚たちは一礼して席を立った。残された六人は、しばらく誰も言葉を発さない。
「……決まってたね」
いちかが、ぽつりと呟く。
「うん」
要が頷いた。
「話し合うための場じゃなかった」
はるなは、机の上を見つめる。さっきまで映っていた資料の残像が、頭の中へ焼き付いていた。
そのとき。
──『不安になった?』
耳の奥で、あの“近い”声がした。
はるなは、誰にも気づかれないよう、わずかに首を振る。
「……少しだけ」
──『それでいい』
その声は、肯定でも否定でもなかった。ただ、“そこに在る”という感触だけを残して消えていく。
会議室を出た廊下は、驚くほど静かだった。この建物の中で、すでに多くのことが決められている。そんな感覚を、はるなは改めて実感する。未来は、まだ白紙ではない。だが、自由でもなかった。
それでも――人がどう受け取り、どう呼び、どう関わるか。その余地だけは、まだ残されている。はるなはそう感じながら、次に来る“定義”の瞬間を、静かに待っていた。




