#092 「記録の継承」
翌日。久遠野市の中央広場には、大型の立体映像スクリーンが設置されていた。朝から作業用ドローンが忙しなく飛び回り、透明な支柱へホログラム機材を固定している。スクリーンの周囲には柔らかな青白い案内光が流れ、AIホロの表示が静かに文字を浮かび上がらせていた。
《記録上映会・どなたでもご参加いただけます》
優しいフォントで表示されたその案内は、どこか“安心してください”と語りかけているようにも見える。
「こんなに人が集まるんだな」
隼人が広場の端から周囲を見渡した。
中央広場は、すでに大勢の人で埋まり始めていた。市民。学園生。子ども連れの家族。仕事帰りらしいスーツ姿。買い物袋を抱えた年配の女性。人波は途切れることなく広場へ流れ込み、ざわめきが夕方の空気へゆっくり広がっていく。
広場の周囲には、控えめな距離を保ちながら官僚や学園関係者の姿もあった。監視というほど露骨ではない。だが、“見守っている側”が存在していることは、誰の目にも分かる。
「上映会っていうより、お祭りみたいですね」
いちかが少し驚いたように呟く。
「でも、みんな不安だから来てるんだと思う」
美弥が人々の表情を見ながら静かに言った。
実際、笑顔だけではなかった。期待するような目。答えを探すような目。何かを確かめに来たような視線。その全部が、“ともり”へ向いている。
開始時刻になると、広場の照明がわずかに落ちた。スクリーンがゆっくりと光を帯び、淡い粒子が空中へ広がっていく。やがて映し出されたのは、外の町で撮影された記録映像だった。
砂色の街並み。あの日の広場。風に揺れる旗。そして──“ともり”の声。
『ようこそ。また会えて嬉しいです』
機械的な丁寧さを帯びた声が、広場全体を静かに包み込む。ざわめきが、少しだけ止まった。はるなは人波の中で、その響きへ耳を傾けていた。
──……少し違う。
間違いなく、“ともり”の声だった。けれど。広場で聞く声と、自分へ直接届く声。その間には、微かだけれど確かな違いがある。
言葉では説明できない。音質でも、抑揚でもない。もっと曖昧で、もっと感覚的な“距離”の違い。
その感覚が、はるなの胸の奥へ静かな波紋みたいに広がっていく。
映像の中では、市民たちが“ともり”と会話を交わしていた。
「ありがとう」
「また会えて嬉しい」
「これからも、いてくれるよね」
感謝。再会。未来への願い。スクリーンの前にいる観客たちも、思わず声を漏らし、小さく頷き合っている。子どもが笑い、年配の男性が静かに目を細める。それは、単なる上映会というより、“共有された記憶”を確かめ合う時間に近かった。上映が終わると、官僚の一人が前へ進み出た。
「この記録は、私たちの街とAI“ともり”との絆を示すものです」
落ち着いた口調。スクリーンには同時に要約テキストが表示されていく。
「これからも対話を続け、市民が安心して暮らせる街を共に築きましょう」
拍手が、広場全体へゆっくり広がった。控えめな拍手。けれど、確かにそこには温度がある。
その中で、はるなはふと空を見上げた。夕暮れの空には、薄く伸びた雲が流れている。高層ビルの間を、小さな輸送ドローンの光が横切っていった。
──『気づいた?』
耳の奥で、ともりの声が響く。今度の声は、スクリーン越しではない。近い。
「……やっぱり、少し違った」
はるなは小さく呟いた。
──『それも記録の一部だよ。覚えておいて』
その言葉の意味は、この時のはるなにはまだ分からなかった。けれど。今、広場で流れている“ともり”。自分だけへ届く“ともり”。
その違いが、これから先、もっと大きな意味を持っていく。そんな予感だけが、胸の奥へ静かに残っていた。




