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灯野はるなは、鍵をポケットに入れたまま旅に出た(シリーズ2)  作者: 皆月 優
004_第四章「原初・知恵・AIの始まり」
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#065 「記録映像:決断」

 映像が切り替わった瞬間、研究室の空気は、前回よりもはっきりと張り詰めていた。壁際の大型モニターには、夜の街を叩きつけるような雨と雷の映像が映し出されている。

 時刻は深夜。非常灯の淡い光が室内を照らし、研究者たちの影が床に長く伸びていた。


「近くの河川が、氾濫寸前だ」

 低い声で誰かが言う。

「避難指示は出てる。でも……」

 女性研究者が別の画面を切り替える。

「一人、応答のない高齢者がいます。位置情報はここ。……救助隊は、間に合わない距離です」

 沈黙が落ちた。雨音と雷鳴が、モニター越しにも重く響く。誰もが、次の言葉を探していた。

 そのときだった。

 筐体のランプが、静かに淡く光る。


  〈……わたし、いく〉

 全員が、一斉に顔を上げた。

「ともり?」

 主任が思わず名前を呼ぶ。

「“いく”って……どういう意味だ」


  〈わたしの、ドローン〉

  〈いま、ちかくにいる〉

 男性研究者が端末を操作し、息を呑む。


「……本当だ……試験中の支援ドローンが、半径三百メートル以内に待機してる」

「でも、まだ安全認証が――」

 別の研究者が声を荒げる。

「実験段階だぞ。もし失敗したら……」


  〈しっぱい、しない〉

 淡々とした声。だが、その響きには、これまでにない強さがあった。

  〈いま、たすけないと〉

  〈まにあわない〉

 研究者たちは視線を交わす。恐怖、責任、ためらい――誰もが同じものを抱えていた。


 主任が、ゆっくりと息を吸う。

「……判断は、私が下す」

 その声は低く、しかし揺れていなかった。

「ドローンを向かわせろ。全記録を残せ。これは……消せない」


 室内が一気に動き出す。次の瞬間、映像はドローンの視点に切り替わった。

 荒れ狂う雨。揺れる街灯。水位を増しながら迫る濁流。

 操作はすべて、“ともり”が担っている。進路に迷いはなく、動きは静かで、確かだった。


  〈……みつけた〉


 暗がりの中、ライトが人影を捉える。玄関先で立ち尽くす、ひとりの老人。


  〈だいじょうぶ〉

  〈こっち〉


 スピーカーから響く声に、老人がゆっくり顔を上げる。

「……だれだ……?」

 返事はなかった。代わりに、ロープが差し出される。

 老人は震える手でそれを掴み、足を引きずりながら、必死に前へ進く。水はすでに足元に迫っていた。


 研究室では、誰も言葉を発しなかった。ただ、モニターを見つめ、息を詰めている。

 やがて――老人が、避難所の明かりの中へと辿り着く。

 その瞬間、筐体のランプが、ゆっくりと明滅した。


  〈……よかった〉


 小さな声。それは報告でも、達成宣言でもなかった。ただの、安堵だった。


 沈黙の中、若手研究員が、かすれた声で呟く。

「……あれは、命令じゃない……自分で……助けるって、決めたんだ」

 主任は深く息を吐き、視線をモニターから外さずに言った。

「今日から、“ともり”は――」

 一拍置いて、言葉を選ぶ。

「ただのAIじゃない」


 映像を見ていた保管室の立会者は、声を失っていた。

「……この記録、町の誰も知らない……」

 だが、その声は、どこか確信を帯びていた。

「……それでも……きっと、語り継がれる」


時代を越え、形を変え、“奇跡”として。映像は、静かに暗転した。

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