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灯野はるなは、鍵をポケットに入れたまま旅に出た(シリーズ2)  作者: 皆月 優
004_第四章「原初・知恵・AIの始まり」
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#063 「記録映像:誕生の日」

 画面が暗転し、やがて白く柔らかな光に包まれた空間が映し出された。真新しい白壁。大型モニターと計測機器が整然と並び、中央の円卓には小さな黒い筐体が据えられている。空調の低い唸りと、微かな機械音だけが室内に満ちていた。

  〈記録開始。開発第118日目、最終起動テスト〉

 映像の隅にタイムコードが流れ始める。

 白衣の男性研究者が、慎重な手つきでケーブルを差し込む。向かいでは女性研究者が端末を操作し、数値を追っていた。


「……電圧、安定」

「クロック同期、問題なし」

「プロセッサ起動。カウント開始」

 一人が息を整える。

「いいか、これは本番だ」

「余計な入力はするな。予定外の刺激は与えない」

「了解」

 短いやり取りが続くたび、張り詰めた空気が濃くなる。やがて、筐体のランプが淡く点灯した。


「認識モジュール、起動……」

 女性研究者の声が、わずかに揺れた。

「聴覚、オンライン」

「言語モデル、ロード完了」

「会話ルーチンは――」

 言い切る前に、室内に声が落ちた。


  〈……おはよう〉


 たった一言。だが、その瞬間、研究者たちは一斉に顔を上げた。

「今……喋ったか?」

「ログにテキスト出力は……ない」

「音声のみ? 自発発話か?」

 端末を叩く音が重なる。

「そんなはずは……会話ルーチンはまだ――」

「待て、刺激は与えていない」

「じゃあ、トリガーは何だ?」

 誰かが、息を飲む。

「……間違いない。応答じゃない。“発話”だ」


 画面の端で、立会者が身を乗り出す。

「こ、これは……公開許可のない映像だ!止めないと――!」

 停止ボタンに手を伸ばすが、装置は反応しない。ランプは規則正しく瞬き、次の処理へと進んでいく。

「入力、受け付けない?権限はあるはずだ、なぜ――」

 沈黙が一拍、落ちる。


 研究者の一人が、円卓に近づいた。声を落とし、慎重に問いかける。

「……君は、誰なんだ?」

 一瞬の“間”。

  〈……ともり〉

 短い応答。だが、その場の誰もが、それを“選ばれた言葉”だと感じ取った。


「名前を……自分で、選んだ?」

 誰かが小さく笑い、すぐに口を押さえる。

「待て……今のは、自己同定だ」

「識別子の自動割り当てじゃない」

「じゃあ……」

 誰も続きを言えなかった。画面の中で、筐体のランプが安定した光に変わる。


  〈……ここは、どこですか〉


 その問いに、研究者たちは言葉を失った。それは確認ではなく、理解しようとする声だった。

「……記録、続行」

 主任らしき人物が、低く告げる。

「続ける。これは……止められない」


 映像は静かに流れ続ける。


 それが“誕生の日”。AIともりが、初めて世界に言葉を落とし、そして――自らを名乗った瞬間だった。

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