#006 「旅立ちの前夜」
——もうすぐ、旅が始まる。
夜のマンションは静かで、廊下には誰の足音もなかった。はるなは部屋のカーテンを少しだけ開け、窓の外を見つめていた。淡く降り積もる雪。その向こうに、街の灯りがぽつり、ぽつりと浮かんでいる。
ここに来てから、たくさんのことが変わった。“ともり”と話せるようになったこと。街の中心に近づいたこと。そして——六人で、同じ方向を向くようになったこと。
けれど、それは「終着」ではない。まだ、始まりにすぎない。
明日から、六人は旅に出る。久遠野を離れ、外の世界へ。
見て、聞いて、触れて、迷って、選ぶ。それぞれ違う立場で、違う役目を背負いながら、それでも同じ目的のもとに歩いていく。
怖くないと言えば、嘘になる。だが、はるなは知っていた。この旅は、誰か一人のものではない。
“ともり”の声の意味を確かめること。久遠野が選んだ道を、外の世界に示すこと。そのために選ばれたのが、六人だった。
そのとき、部屋のドアが控えめにノックされた。
「……はるな、起きてる?」
美弥の声だった。
はるながドアを開けると、美弥は少しだけ気まずそうに立っていた。
「ごめん。ちょっとだけ、話していい?」
「うん、どうぞ」
美弥は部屋に入り、窓際の椅子に腰を下ろす。手には、湯気の立つマグカップがあった。
「……紅茶。前に一緒に飲んだやつ」
「覚えててくれたんだ」
「まあね」
肩をすくめて、視線を外す。二人で飲む紅茶は、あの日と変わらない味がした。
「明日……出るんだよね」
「うん。みんなで」
「使節団、か」
その言葉を、美弥はゆっくり噛みしめるように口にした。
「正直さ……まだ、実感ない」
「私も」
はるなは、窓の外を見ながら答えた。
「でも、行かなくちゃいけない気がする。六人で選んだ役目だから」
美弥は、小さく頷いた。
「……あんたって、ほんと」
少しだけ笑ってから、言葉を続ける。
「真っ直ぐだよね。自分だけじゃなくて、ちゃんと“みんな”を背負うところ」
「美弥も、その一人でしょ」
その一言に、美弥は言葉を失い、やがて、ゆっくり息を吐いた。
「……そうだね」
立ち上がり、カップを持つ。
「じゃ。明日に備えよっか」
「うん。おやすみ」
「おやすみ、はるな」
ドアが静かに閉まる。はるなはベッドに横たわり、天井を見つめた。
六人の顔が、自然と浮かぶ。同じ場所に立つけれど、同じ役割ではない。それでも、同じ方向へ進む仲間たち。
そして——
『はるな』
頭の奥で、やさしい声が響いた。
『もうすぐだね』
「うん」
『行こう。君が選んだ道と、君たちが選んだ未来へ』
「……ありがとう、ともり」
はるなは、そっと目を閉じた。
明日、旅が始まる。それは、六人で引き受けた使命の第一歩。
ポケットの中には、小さな鍵。それは——六人の使節団が歩き出すための、確かな合図だった




