#005 「夜の会話」
窓の外で、風が雪を転がしていた。夜の寮は静かで、廊下を歩く足音さえ聞こえない。
美弥は、共用ラウンジの隅にある閲覧端末を、ぼんやりと見つめていた。画面には、さきほど保存したばかりの映像が再生されている。
《中央部任命式・抜粋記録》
そのタイトルの下、六人のうちのひとり——想太が立っていた。
「……やってみます」
短く、けれど迷いのない声。美弥は一度再生を止め、少しだけ巻き戻す。
次に映ったのは、隣に立つはるなの横顔だった。
まっすぐ前を見つめる瞳。ほんのわずかに震えていた手。
——ずるい。
胸の奥に、そんな感情が浮かぶ。どうして、いつもあの子なんだろう。どうして、あんなふうに立てるんだろう。
想太の視線が、はるなに向いている。それは恋とか、そういう単純なものじゃない。ただ、「信頼している」という目だった。
……それでも。
はるなが見つめる視線が、自分以外にも向けられていることが、少しだけ、胸に刺さった。
美弥は、ずっと前からはるなを見てきた。隣で、後ろで、時々は半歩前で。
“中心”にいるその背中を、誇らしく思う気持ちと、遠く感じてしまう寂しさを、同時に抱えてきた。
はるなが「ともり」と語り、はるなが「鍵」を持ち、はるなが、誰かに向けて笑う。
——好きだ。
その事実は、もう誤魔化せなかった。
この世界の中心には、はるなと、“ともり”がいる。
その輪の中に、自分はちゃんと立てているのだろうか。
少しだけ、怖くなる。
けれど、美弥は目を伏せた。
……いい。それでも、そばにいられるなら。
誰よりも近くで、はるなを見ていられるなら。
美弥は端末から視線を外し、窓の外を見た。夜空に、雪が静かに舞っている。
「……ねえ、はるな」
声には出さなかった。名前は、胸の奥にしまったまま。
自室に戻ると、美弥は深く息を吐いた。
ベッドの上には、いつの間にか集まっていた“はるな”の記録が並んでいる。
授業中の横顔。笑った瞬間のスナップ。「たまたま映ってただけ」と言い訳しながら保存した切り抜き。
ひとつひとつ確認するたび、胸の奥が、少しずつ緩んでいく。
「……かわいい」
声は、とても小さかった。
頬が熱くなり、美弥は思わず枕に顔をうずめる。
ごろり、と寝返りを打つ。抱きしめたクッションには、制服を着た人型シルエットのカバー。
——想太に嫉妬している場合じゃない。
好きなのは、はるなだ。それだけは、はっきりしている。端末にそっとロックをかける。画面に残ったフォルダ名が、淡く光った。
《はるな_記録_2215》
美弥は、小さく息を吐く。
「……おやすみ、はるな」
灯りを落とすと、夜の静けさが、優しく部屋を包んだ。




