#042 「一度きりの炎」
夕暮れの街は、昼間よりも人通りが多かった。市庁舎前の広場には露店が並び、香ばしい匂いが漂っている。
表向きは穏やかだ。笑い声もあり、買い物袋を提げた人々の足取りも軽い。だが、その奥に、隼人は落ち着かなさを感じ取っていた。
「……視線が、昼間より増えてるな」
低く呟くと、要が小さく頷いた。
「警戒というより……監視に近い」
隼人も同じ印象だった。通りを歩くたび、何気ない視線が一瞬だけこちらに向き、すぐ逸らされる。意識していなければ気づかない程度の、それでいて確かな違和感。
背後から、急ぎ足の集団が通り過ぎた。腕章をつけた男たち。彼らは隼人たちを一瞥すると、何も言わずに先へ進んでいく。
——見張り役か。
広場の端で、突然ざわめきが起きた。
数人の若者が、声を荒らげて向かい合っている。一方は市場の店主らしき男、もう一方は明らかによそ者の風貌だった。
「また、“あの話”を持ち出す気か!」
「事実を隠して、何になる!」
その言葉に、周囲の空気が一気に張り詰めた。
隼人は反射的に、美弥といちかを背後へ下がらせる。想太が前に出ようとするのを、要が無言で制した。
火種になる——そう判断するのに、時間はいらなかった。
「何があったんだ?」
隼人が、近くにいた老人に声をかける。老人は一瞬だけ視線を巡らせ、周囲を確かめてから、小さな声で答えた。
「……昔の火事の話さ」
それだけで、十分だった。
「この街じゃな、口にするだけで揉め事になる。……みんな、触れたくないんだ」
——火災事件。
市長があえて深く語らなかった、あの言葉が脳裏をよぎる。
「十数年前……一度きりの炎で、多くが失われた」
老人は続ける。
「だが、何が原因だったのか、誰も知らない。いや……知っていても、言わないだけかもしれん」
それだけ言うと、老人は背を向け、群衆の中へ消えていった。残されたのは、まだくすぶるようなざわめきだった。
日が完全に落ちるころ、隼人たちは宿へ向かう道を急いだ。路地の奥で、ランプの火が揺れている。
本来なら温かさを感じるはずの光。だが、それはなぜか、胸の奥に重く沈んだ。
——一度きりの炎。
この街の人間は、その記憶を抱えたまま、今も息を潜めるように生きている。振り返ると、市庁舎の白い壁が、闇に溶けていくところだった。その影は、火の跡を隠すように、深く、長く伸びていた。




