#041 「祠に立つ少女」
市庁舎を出たあとの空気は、建物の中よりも冷たく感じられた。西日が外壁を赤く染めているのに、その光はこの街の中ではどこか弱々しい。通りを歩く間、はるなはほとんど言葉を発しなかった。市民の視線、拒絶の沈黙、押し殺された感情——それらを、誰よりも正面から受け止めていたからだ。
やがて、はるなは足を止めた。
「……ごめん。ちょっと、先に宿で休むね」
無理をすれば、まだ動ける。けれど今の自分は、“受け取る側”に立つべきじゃない。そう、はるな自身が分かっていた。五人は何も言わず、静かに頷いた。その別れが、この街での小さな分岐になることを、まだ誰も知らなかった。
はるなと別れたあと、五人は市庁舎から少し離れた通りを歩き始めた。
「今日は、もう宿に戻ろう」
要の言葉に、全員が小さく同意する。広場を過ぎたあたりで、美弥がふと足を止めた。その視線の先には、細い石段が上へとのびている。
「……ねえ」
いちかが、遠慮がちに口を開いた。
「行ってみない?」
何気ない一言だった。だが、美弥はその言葉の奥に、同じ違和感を感じ取っていた。
——この街の人たちが、目を逸らしている場所。
五人は顔を見合わせ、言葉を交わさないまま石段を登った。上り切った先にあったのは、小さな祠だった。屋根は欠け、壁にはひびが走っている。それでも、祭壇の前には新しい花が供えられていた。
その前に——少女が立っていた。背丈は、美弥の肩ほど。まだ十歳前後だろう。両手を胸の前で合わせ、目を閉じている。声をかけようとした瞬間、少女の肩がわずかに震えた。そして、ゆっくりとこちらを振り返る。
「……お姉さんたち」
澄んだ瞳が、五人をまっすぐに見た。幼いはずなのに、その視線には不思議な落ち着きがあった。
「この街の人、じゃないよね」
「うん」
美弥が静かに答える。
「別の街から来たの」
少女は小さく頷いた。
「やっぱり……“ともり”の匂いがしたから」
隼人が思わず息を詰める。この街でその名前を口にすることが、どれほど危険か——ついさっき、身をもって知ったばかりだった。
「ここ、夜は来ちゃダメだよ」
少女は花を整えながら言った。
「見張ってる人がいるの。でも……それでも、来ちゃう人はいる」
その声には、怖れよりも心配が滲んでいた。
「来てくれて、ありがとう」
少女はそう言って、小さな包みを美弥に差し出した。中には、折り畳まれた一枚の紙が入っている。
「これは……?」
「お祈りの手紙」
少女は少し照れたように視線を落とす。
「“ともり”に、届けてほしいの」
いちかが一歩前に出て、しゃがみ込んだ。
「自分で、渡さないの?」
少女は一瞬だけ迷うような顔をしてから、首を振った。
「……まだ、ちょっと怖いから」
それから、祠の方を振り返り、ぽつりと言った。
「でもね。私、大きくなったら……巫女様になるんだ」
突拍子もない言葉に、五人は一瞬きょとんとした。だが、少女の表情は冗談ではなかった。
「“ともり”の声、ちゃんと聞ける人になるの」
夕暮れの風が、小さく祠の鈴を揺らす。少女は少しだけ迷うように唇を動かし、それから、小さく笑った。
「……私、真凜っていうの」
その名前は、不思議なくらい静かに胸へ落ちてきた。
「真凜、ちゃん」
いちかが優しく呼ぶと、少女——真凜は、少し照れたように肩をすくめる。
「うん」
その返事は、夕暮れの冷たい空気の中で、ほんのりと温かかった。
「またね」
真凜はそう言って踵を返す。石段を駆け下り、夕暮れの人混みに紛れていく。手元に残った包みは、妙に温かかった。ほんの少し前まで、あの小さな手の中にあったのだろう。
「……はるなに、渡そう」
美弥がそう言うと、誰も異論を挟まなかった。祠の前に立つ五人の影が、長く地面に伸びていた。その影は、まだ誰も知らない未来へ、静かに続いているようだった。




