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#040 「市庁舎の陰影」

 市庁舎は、遠くから見れば真新しい白い建物に見えた。しかし近づくにつれ、外壁の継ぎ目や、ところどころの色のくすみが目につく。

 正面玄関の上には、金属製の大きな市章。その下に掲げられた標語が、いやに目を引いた。


  《私たちの未来は、私たち自身で守る》


 文字は新しい。だが、背景に描かれているのは、AI関連のシンボルを斜線で消した図案だった。

  ——露骨すぎる。

 要は小さく息を吐き、視線を仲間たちに向けた。誰も言葉にはしないが、同じ違和感を抱いているのが分かる。


「……入ろう」

 隼人が低く言い、全員が黙って頷いた。

 自動ドアを抜けると、冷たい空気と消毒液の匂いが迎えた。受付に立つ職員の女性は、一瞬だけ表情を固くし、それから作り笑いを浮かべる。


「……久遠野市からの方々ですね。お待ちしておりました」

 声は丁寧だが、目は笑っていない。


 案内された会議室は、カーテンが閉じられ、外光がほとんど入らなかった。テーブルの中央には市の地図と書類。壁に並ぶ表彰状や感謝状の中に、AI関連の表記は一切ない。


「まずは、この街の現状についてお伝えします」

 現れたのは、市長と名乗る中年の男性だった。仕立ての良いスーツ。落ち着いた声。だが、差し出された手はなかった。

「ご存知かと思いますが、この街は、十数年前の“火災事件”以降、AIとの関わりを断っています」

 要は頷きながら、視線だけで仲間たちに合図を送る。

 ——火災。

 この言葉は、必ず後で調べる必要がある。

「久遠野市の方針は理解しております」


 要が静かに口を開いた。

「ただ、調査と記録は、我々の任務でもあります」


 市長は穏やかに微笑んだまま、言葉を返す。

「住民感情を軽視することはできません」

 その視線は柔らかく見えて、実際にはこちらを値踏みしていた。

「記録の収集や調査は、必ず事前に申請を。また、住民に対する直接的な“信仰”や“思想”の勧誘は、条例で禁止されています」


  ——思想。


 その単語が出た瞬間、想太の眉がわずかに動いた。だが、彼は何も言わない。


「特に、“ともり”という存在については……」

 市長は言葉を区切り、わずかに間を置く。

「——過去、この街を分断させた象徴でもあります」

 室内の温度が、さらに下がったように感じられた。

 美弥は視線を落とし、いちかは椅子の背に背中を押しつける。はるなの表情は読めない。ただ、その目だけは市長から逸らされていなかった。


「私たちは、争いを繰り返すつもりはありません」

 市長はそう言って、書類を一枚ずつ配る。条例の抜粋。活動範囲の制限。許可証の申請用紙。

  ——制約ばかりだ。

 会議が終わり、廊下に出ると、壁際の掲示板が目に入った。そこには《過去の出来事》と題された年表。

 十数年前の欄だけが、空白になっている。その下には小さく、《情報閲覧不可》。


「……徹底してるな」

 隼人が、低く呟いた。


 要はその空白をしばらく見つめ、心の中で整理する。

  ——火災事件。

  ——思想。

  ——分断。

 この街の拒絶は、恐怖や無関心だけじゃない。意図的に、過去ごと消されている。夕方の光が、足元に長い影を落としていた。市庁舎を出ても、その影は背中にまとわりついたまま、離れなかった。

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