三、真紅の双刃を操る魔剣士
それから、俺は『領主クエスト』と呼ばれる任務をこなすようになった。
「えっと……この『領主クエスト』って、いったいどういう任務なんですか? 聞いたことなくて……」
受付嬢から渡された依頼書を確認すると、内容は通常の討伐依頼とほぼ同じだった。
ただ、一つだけ違う点が――
『同行者:アリシア』
えっ……アリシア!? アリシアお嬢様!?
「冒険者さん、『領主クエスト』は特別任務の一種で、領主様の依頼を直接こなすお仕事なんですよ。選ばれた冒険者にしか届かないんです。つまり、あなたの実力が認められたってことですね。」
実力が……認められた!? 俺が!? 本当に!?
努力が報われたのか、それとも“強くなった”証なのか――どちらにしても、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「ありがとうございます。では、行ってきます。」
「その意気ですよ! もっと肩の力を抜いて、人生を楽しむのも大事ですからね! がんばって!」
……肩の力を抜く、か。久しぶりに、誰かの前で素直に笑えた気がした。
――こういうのも、悪くない。
こんなに『甘い』自分になれるなんて、珍しい。
…
…
…
「回避! 無理に受けるな!」
「はいっ!」
「周囲に注意! 感知スキルを使って! 敵は一体じゃない、死角からも来るわよ!」
少女は軽く手を振るだけで、近づいた魔物を吹き飛ばした。
「はいっ!」
「ポジショニング!移動! 棒立ちにならない! 有利な位置を確保して!」
「はいっ!」
「武器の長さを活かして! 両手剣なら間合いで勝つの!」
「はいっ!」
「攻撃リズム! 自分の間隔を意識して、敵の反応を読むのよ!」
「はいっ!」
「回復魔法、継続発動! 持久戦になるわよ!」
「はいっ!」
「動きに無駄が多い! 止まるな! 加速スキル発動! ――ちょっと、考えなさい! 脳を使って! ……もう、まったく!」
少女――アリシアは、戦場に飛び込み、紅い刃を閃かせて一瞬で俺の危機を断ち切った。
「何度言わせるの? もっと意識して戦って! 力任せに突っ込むのもいいけど、考えて動かないと効率が悪いの! わかった?」
「わかりましたっ!」
「……よし。じゃあ、次に進みましょう。次の群れに当たる前に、自分で回復を。」
こうして――
俺は領主の娘、アリシアお嬢様とともに、並んで魔物討伐に挑む日々を送るようになったのだった。
前回のパーティー……あれから、いったいどれくらいの日が経っただろう。
俺のせいで、これまで一緒に組んだ冒険者は誰一人として二度目のパーティーを組んでくれなかった。
それから、冒険者の間でこんな噂が広まり始めた──俺は新人のくせに分をわきまえず、全く空気の読めない奴だとか。
あるいは戦闘狂だとか、『バーサーカー』なんてあだ名までつけられたり。中には、俺のことを本気で狂ってるって言う奴もいた。痛みを感じず、傷だらけの体でも平然と自分で治療して、まるで人間じゃないってな。
だが、必死に戦うことだけが、俺に残された“強くなるための手段”であり、“生きる方法”だった。
それなのに──領主令嬢だけは、そんな俺の噂をまったく気にしていないようだった。無謀ともいえる戦いぶりを見た後でさえ、彼女は変わらず『パーティー任務』を送ってきてくれたのだ。しかも、戦闘中も俺の戦い方を否定することなく、むしろその場で指導を与え、動きを観察しながら改善点を教えてくれる。戦いながらも冷静に指示を出すその姿は──まさにまさに『余裕を持ってこなしている』と言うべきだろう。
「了解!」
その底の知れない実力を目の当たりにして、俺はまた痛感する。自分がいかに浅はかで、どれほど狭い世界しか見ていなかったのかを。
“俺は強くなった”だなんて、なんて“甘い”な思い上がりだったんだ。
…
…
…
「体力ポーション、もう使い切ったのね?……じゃあ、今日の討伐はここまでにしましょう。」
「ご指導、感謝します!」
「……それとね、今日の稼ぎ。生活費を除いた分は全部、体力ポーションの補充に使いなさい。」
「遵命!!!」
「……」
俺たちのパーティは、協力と言えるものではない。正確に言うと、むしろ私に対する特訓そのものだ。
彼女は確かに厳しい。いや、あの強さを前にして“厳しい”なんて言葉では足りない。最初から“格上の魔物”を相手に戦えと言われた時点で、すでに地獄だった。
それでも──これ以上ない成長の機会だと思った俺は、むしろ幸運の女神に微笑まれた気分だった。
……たまに本気で厳しすぎるとは思うけど。いや、厳しいのはいいことだ。
厳しさこそ力を与える。耐え抜けば、きっと次の段階に行けるはずだ。
「……準備はできた? 帰りましょう。」
俺は当然のように、魔晶石の回収や素材の運搬といった雑務を担当していた。まさかお嬢様にそんなことをさせるわけにはいかない。
探索の途中も、帰り道も──お嬢様は任務に関する指示以外、ほとんど口を開かない。
無理もない。戦闘中、あれほど怒らせたのだ。失望されて当然だろう。むしろ、初日で見限られなかったこと自体が奇跡だ。
「……それじゃあ、また明日ね。」
「明白! 本日もご指導ありがとうございました!」
もちろん心の底から感謝している。ただ、この特訓の過酷さは常軌を逸していた。毎日大量の体力ポーションを買い込み、朝から戦い続け、倒れたら即ポーションを飲んで再開──まさに限界まで。
最初は三、四時間しかもたなかった。けれど、気づけば一ヶ月が経ち──『領主クエスト』は毎日ではなかったものの──今では八時間連続の戦闘がこなせるようになっていた。
「よく頑張ったわね、冒険者くん。自分でも分かるでしょ? もう、俺の指示がなくても動けてる。」
「い、いえ! まだまだです! それに、今まで何度も教えてもらってるのに、覚えないなんて失礼すぎますから!」
訓練が終わると、宿に戻って食事をかき込み、そのまま眠りに落ちる。次に目が覚めるのは、いつも朝。
「冒険者くん、今日は調子どう? ちゃんと眠れた?」
どうって……寝落ちるように眠って、起きたら戦い。それ以外に何がある。
「問題ないです! 毎晩ぐっすり、気づけば朝ですよ!」
「よし! じゃあ今日は難易度を上げましょう!」
「明白!!!」
──鬼だ。完全に“鬼教官”だ。
そして俺たちは、いよいよ『大迷宮』の中層へと挑み始めた。
『大迷宮』──どのように定義されているのかは分からないが、冒険者はギルドの指示に従って、さまざまな『場所』で探索や魔物討伐を行う。魔物が活発に出現するエリアは『迷宮』と呼ばれ、その中でも極めて広大なエリアは『大迷宮』と呼ばれる。
『大迷宮』はさらに浅層、中層、深層に分かれている──本来、俺には縁のないものだった。しかし、今はお嬢様がいるおかげで、浅層のボスを次々と倒し、さらには中層への進入資格も得ることができた。
浅層のボスとの戦いでは、お嬢様が…と言っても、ただ傍観していたわけではない…とにかく、また一つ一つ訓練を積んでいったということだ。
「せっかくだから、このまま中層の地図も作っておきましょうか。」
『地図作成』──探索した地域の地形やモンスターの出現場所を記録し、ギルドに報告することで追加報酬を得ることができる。ギルドはその地図情報を、関連する任務を受けた冒険者に配布することになる。『迷宮の変遷』については…それはまた別の話だ。
正直、地図を作るだけなら、アリシアお嬢様一人でやった方が遥かに早い。だからこれは──あくまで“ついで”なのだ。
本来、彼女の『領主クエスト』の目的は、俺を鍛えること。それなのに、彼女は毎日のように数時間、最近では八時間も俺の訓練に付き合ってくれる。
その合間には、「領主代理の文書仕事が多くて大変」なんて愚痴もこぼすけど──そこまでして、俺なんかを鍛えてくれる理由は何だろう。
何の縁もない、一介の冒険者のために、ここまで時間を割く必要なんてないはずなのに。
「アリシアさん、最近探索時間が増えてますけど、他のお仕事に支障はないんですか?」
「も、もちろん問題ないわよ……な、何のこと?」
「いえ、たまに文書仕事が多いって……」
「言うな。」
「えっ?」
「言うなって言ってるの!」
──文書仕事の話題を出した瞬間、彼女の目つきが変わった。いや、空気そのものが変わった。ま、間違いない。あれは殺気だ。
「う、うん! 了解!」
彼女がもし、自分のパーティーを強化したいだけなら、A級冒険者を雇えばいい。でも、そんな話は聞いたことがない。つまり──きっと、彼女なりの理由があるのだろう。
そして、この特訓のチャンスを逃すつもりはなかった。だから、彼女がこんな好意を示してくれた以上、遠慮せずにお受けすることにした。将来、この人生を変えてくれた恩師にしっかり恩返しをしようと思っている。
そんなわけで、気づけば2ヶ月が過ぎていた。ほぼ毎日、アリシアさんと迷宮探索…特訓をしていた。たまに思うこともあった。こんな美しい女性と一緒に過ごすことができるなんて、もしかして何か間違っているんじゃないか?人生の幸運をすべて使い切ったんじゃないか?
だけど、そんな甘い考えは一瞬で吹き飛ぶ。『鬼教官』という名前は決して適当につけられたものじゃない(心の中で)。彼女の前では、どんなに鈍くても、どんなに頭が悪くても、彼女を普通の女の子として見ることは絶対にできない!少なくとも、俺にはその余裕はなかった。
「ねぇ、冒険者くん。あなたの剣技、ちょっと独特ね。誰かに習ったの?」
「え?いや、別に。ただの町の《剣術訓練所》で学んだだけだよ。皆と同じ型のはずだけど……うん?“独特”って、どのあたりが?」
「うーん……あなた、両手剣使いでしょ?でも普通の両手剣って力任せの型が多いのに、あなたの動きはスピードや連撃を重視してるように見えたの。」
「そうかな?ああ、なるほど。多分、子どもの頃に父さんから教わった癖だな。たまに無意識で出ちゃうんだ。」
「お父様に?あなたのお父様って、どんな方なの?」
「ただの田舎の猟師だよ。だから動きがちょっと変なのかも。……直した方がいいかな?」
「ふふっ、いいえ。そのままで大丈夫。ただ気になっただけよ。あなたの動き、破綻はないし。今のままでいいと思うわ。」
……
……
……
「この二か月の訓練で、冒険者くんの前衛剣士としての実力は、すでにA級相当になったわ。もう一人前として通用する。今日からは、さらに深くのエリアを探索するわよ。」
A級水準? え、今、俺、褒められたのか?いやいや、まさか。俺、最初の冒険者ランク測定ではE級だったんだぞ!? 上がり幅おかしくない!?
でも――
それを言ったのは、あの真面目すぎるアリシアお嬢様だ。彼女が軽い言葉を使うことなんてありえない。この二か月一緒に過ごして、俺はよくわかった。彼女は誠実で、口にするなら本気しかない人だ。
……ということは、俺、ようやく彼女の「基準」に届いたってことか。
そう思うと胸が熱くなった。その日から、彼女は俺をさらに深くのエリアへ連れていくようになった。
ようやく、“共闘”と言える戦いが始まったんだ。
「……」
両手に剣を構えたお嬢様が、無言で中層の魔物群へ突撃する。瞬く間に、前列の魔物二体を一刀のもとに斬り伏せた。
側面から一体の魔物が跳びかかる――奇襲のつもりか? 甘い、お嬢様には死角なんて存在しない。
「はッ!! やあぁっ!!!」
俺の剣がその魔物を貫いた。
「……」
お嬢様は振り返りもせず、まるで当然のように前だけを見据えている。まったく意識していない――いや、俺がちゃんと処理してくれると“信じている”のだ。そしてそのまま、華麗に魔物群を切り裂きながら突き進む。
俺は彼女の背を守り、時に前に出て攻撃を受け止め、彼女はその隙に全力で叩き込む。
中層の魔物たちなんて、彼女にとってはただの草花だ。好きなように刈り取る。
……いや、たまには俺も一体くらいは倒すけどな。
「ふふっ、いい感じね!」
お嬢様が満足そうに笑った。
「ああ!」
もし以前の彼女の瞳が“死んでいた”のだとしたら、今は確かに“生きている”。
ようやく彼女と肩を並べて戦える。この二か月の「非人道的訓練」も無駄じゃなかった――何より、彼女の想いを無駄にしなくて済んだことが嬉しい。
それに……最近、アリシアお嬢様の口調が少し柔らかくなった気がする。前みたいな命令口調というか……教師みたいな言い方じゃなくなってきた。もっと自然で、対等な距離感に戻った感じだ。
そう、あの最初に出会った頃――あの可愛らしい農家の少女のような話し方だ。まあ、当時の俺の出来がひどすぎたんだから、怒られて当然だったけどな。
「ねぇ、アリシアさん。最近、なんだか優しくなった気がします。」
「……どういう意味? それ、あたしが前は怖かったってこと?」
「い、いえ!そんなことは全くありません!自分が無能すぎるのが悪いんです!冷たくされても叱られても当然です!」
「えっ?あたし、あなたに冷たくしたり叱ったりしたかしら?」
「いえっ! “たとえそうだったとしても”って意味です!」
「あら、“たとえ”ね? じゃあ試してみようかしら?」
「い、いやいや! もう十分です!!」
「十分? じゃあつまり、あたしは――」
「今のアリシアさんが一番です! 本当に! 今のアリシアさん、可愛すぎて……戻っちゃったらもったいないです!」
「えっ!? な、なに言ってるのあなたっ!?」
アリシアが目を丸くして、耳まで真っ赤に染まる。
まるで心臓を射抜かれたような表情だった。……え、怒った?いや、俺、正直に言っただけで――
「本心です! 一言も嘘はありません!」
「……(そんなの……わかってるわよ)」
アリシアは小さく視線を逸らし、何かを呟くと、どうやら不満そうに唇を軽くかみ締めたようだった。
――そして、特訓を終えた今、ようやく俺はこの“領主令嬢”という異質な存在を落ち着いて観察できるようになった。
彼女もまた、ようやく本気で戦う姿を見せてくれるようになり――俺は知ったのだ。アリシアの戦闘スタイル、それは――《魔剣士》。
「魔剣士」――それは、実戦魔法を操りながらも剣士としての修練を積んだ者だけが到達できる、近接戦闘と魔法を融合させた戦闘スタイルだ。近接の強みである反応速度と攻撃力を持ちながら、中・遠距離では魔法による牽制や制圧も可能。
さらに強化系スキルや治癒魔法まで使えるようになれば、もはや一人で小規模パーティに匹敵する──まさに「歩く迷宮ボス」と呼んでもいいだろう。
だが、近接戦と魔法を同時に修め、極めるというのは並大抵のことではない。正式に魔法を学ぶには、よほどの才能がない限り高額な学費が必要だし、そのうえで近接訓練にも時間と体力を割くとなれば、普通の人間には到底続かない。
──まあ、あの貴族令嬢は例外中の例外だろう。
まず近接能力だが、アリシアさんは明確に速度型の剣士だ。戦士系スキルのうち「力」「速度」「防御」の三系列すべてで上位スキルを修得している。さらに、戦闘中の彼女の周囲に、うっすらと赤いオーラのようなものが立ち上るのを見たことがある。あれはきっと、噂でしか聞いたことのない戦士系の奥義──『闘気纏身』に違いない。
武器も最初に組んだ頃とは違って、本気の時は二本のロングソードを同時に操り、目にも留まらぬ速さで繰り出す剣技は、まさに常識外れだ。
「どうかしたの? 冒険者くん?」
「いや……アリシアさん、最近は二本の剣を使うようになったなって思って。」
「うん、もともと双剣のほうが慣れてるの。こっちの方が効率いいしね♪」
「す、すごい……つまり片手だけでも両手剣並みの出力ってことですよね? 本当に驚異的な腕力です!」思わず口にしてしまった。
「ちょっと! 失礼ね、冒険者くん! 力じゃなくて“技術”よ、技術!」
頬を赤らめて、少しムッとした様子のアリシア…面白いなぁ…。いや、なんだかこの子はとても優秀なのに、少し子供っぽいところがある気がする…。それに、近接戦闘の能力を認めたくないみたいだな。どうしてだろう?戦闘の時はあんなに狂ったように戦っているのに、普段はやっぱり伯爵家の千金としての優雅なイメージを守りたいのか…?でもまあ、貴族であり、顧客でもあるから、彼女を怒らせるわけにはいかない。うーん…実際、戦闘時も全てがそうではないけれど…
「そ、そうですよね! お嬢様の双剣は、まるで童話に出てくる妖精が舞うように優雅で……貴族千金としての品格を少しも損なっていません!」俺は真剣な顔で言ってみた。
「ど、どこが妖精よ!? もう、からかわないでってばっ!」
アリシアの耳まで真っ赤になり、剣を振る手が少し震えて、何かを切りたいと思っているようだった……あ、やばい。本気で怒ってるかも? 褒めたつもりなのに、貴族語の機微って難しいな。
「……も、もうちょっと“敬意”ってものをね? 大事にしてくれてもいいと思うけど?」
「え、でも……冒険中は“普通の冒険者として扱って”って言ってたじゃないですか?」
「言ったけど! 言ったけどねっ!? ……ふん!」
――ああ、本当に怒らせちゃったみたいだ。
一方で魔法スキルの面では、お嬢様は基本的に無詠唱で実戦魔法を扱い、赤色の結晶から長槍を召喚して中・遠距離攻撃を行うほか、接近してくる敵への反撃にも使っている。
さらに彼女の使う双剣も召喚武器で、戦闘が終われば消えてしまうため、普段は手ぶらだ。つまり、戦っていないときのお嬢様はいつも両手が空いていて――しかも愛用の赤いドレス型魔法装備を身に纏っているものだから、『迷宮』探索というよりむしろ郊外の散歩に見えるほどだ。
……うん、やっぱり魔法って便利だな──魔法方面は、俺にはほとんど分からない。低級回復魔法の『ロウ・ヒール』くらいしか。
「ん? どうしたの、冒険者くん?」
「いや、ちょっと気になって。君の『無詠唱』って、どうやってるんだ? 無詠唱で魔法を使う人なんて、初めて見たんだ。」
「『無詠唱』? そんなに難しいものでもないわよ。うーん……あなた、『ロウ・ヒール』は使えるのよね? 使う時に呪文を唱える?」
「え? 『ロウ・ヒール』って言えば発動するけど……それも『無詠唱』なのか?」
「名前を呼ぶだけで発動できるなら、それはもう『詠唱省略』ね。じゃあ、どうしてあなたはそれができるの?」
「うーん……なんでだろう? 低級魔法だから? 簡単だからかな?」
「ふふん、半分正解ね。いいわ、ちょっと基本を教えてあげる。一般的に魔法使いが“魔法を習得した”って言うのは、その魔法術式の意味を完全に理解して、魔法を発動するための魔法式――つまり魔法陣を、脳内の演算領域に記憶している状態のことを言うの。」
アリシアはそう言いながら、空中に指で図形を描くように仕草をする。
うーん……なんだろう。目を輝かせて、ふわっと笑って……ちょっと可愛い。
「魔法式って、魔法文字のこと?」
「そうよ。魔法を発動するには、演算領域に対応する魔法式へ魔力を流し続けるだけでいいの。じゃあ、なぜ『詠唱』が必要なのか、分かる?」
「それは知ってる! “思い出すため”でしょ? 俺、習ったことあるよ。」
「正解。魔法使いは詠唱によって集中力を高め、使いたい魔法式を『回想』するの。じゃあ、『無詠唱』をするにはどうしたらいいと思う?」
またあの目だ。大きく見開いて、じっと俺を見つめてくる……まるで“答えてみなさい”って言ってるようだな。うーん……
「……脳の中で、使いたい魔法式を常に明確に思い描けるようになれば、詠唱に頼る必要はなくなる。」
「大正解っ! この生徒さんにはご褒美にスイーツを一つあげましょう! ふふ、戦士のくせに頭は悪くないじゃない? じゃあ、あなたの『ロウ・ヒール』』の『詠唱省略』は、どうしてできるのか、言ってみて?」
まただ。また身を屈めて、少し下から俺を見上げてくる……って、これ、どこかで見た構図だよな!?
この人、絶対“この角度の攻撃”が得意だろ!? やばい、耐えろ俺……考えるんだ……うーん……簡単だから? いや、違う……それよりも――
「君の説明を聞いて分かった。きっと俺、魔法が一種類しか使えないから、選ぶ必要がないんだ!」
アリシアは一瞬目を丸くしてから、まるで新発見でもしたように頷いた。
「わぁ! なるほど、そういうケースもあるのね! 魔法の才能がない人にも、それなりの利点があるのね!」
……おい、それ褒めてるようで馬鹿にしてないか?なんかこの感じ、湖畔で会ったときと同じだな……。
「分かった。じゃあ、君はどうやって『常に魔法式を思い描く』ことができるんだ?」
「さぁ? 訓練? 熟練? そんな感じじゃない? あたしは生まれつきできるだけ。ふふん♪」
「……つまり結論は、『天才』ってことか。」
うん、らしいっちゃらしいな。
「ははっ、“天才”ね? あたしそんなこと言ってないわよ〜。でも、あなたがそう思うなら、別に否定はしないけどね〜♪」
この人、歯まで見せてドヤ顔してる……。
「ほんと君って……あ、そういえば、あの魔法は――」
「え〜? この魔法の原理? 教えられないわよ、冒険者のスキルはプライバシーなんだから♪ でも、あなた魔法に興味あるのね? 他の魔法の知識なら教えてあげるわよ? どう?」
「いや、そういうわけじゃ……ん? 他のって?」
「たとえば元素魔法、召喚魔法、回復魔法、転移魔法とかね。学んでみたい?」
……この子、それ全部使えるってこと? 専業魔法使いでも難しいのに?
天才か、貴族の英才教育の賜物か……。
「どうしたの? 今度、あたしの家で研究を見せてあげようか?」
「え、でも俺、魔法文字読めないし……」
「見るだけでも楽しいわよ? たとえばね、XX魔法とかOO魔法とか〜」
……その後もしばらく話題は尽きなかった。
結論としては、この領主令嬢はトマト好きで戦闘狂なうえに、魔法マニアでもあったということだ。




