34話 騎士団長と御用商人が現れた!
「そのルザムって人は、どういう人なの?」
「職場が異なるのであまり話したことはありませんが、部下の騎士団員からは慕われていて、今まで領内でトラブルを起こしたこともないはずです」
そうナタリーに応えるケイティ。彼女の言葉を信じるなら、確かにノーマンのようなことにはならないだろう。しかし、それなら何故気をつけなければならないのだろうか?
「ただ、彼はアルベルト様に対しては特に険悪で。私やライオット、そしてノーマンよりも」
「そんなに? 二人の間に何かあったの?」
「それは――」
ルナリアを気にする様子を見せ答えるのを躊躇うケイティ。しかし、彼女も知っておくべきだと考え直したらしい。
「実は、クラハドール様は最初ルザムをカタリナ様の婿にするつもりでした。しかし、王国から『次代のオルフェ伯爵を家臣の中から選ぶことはまかりならぬ』と命が下り……」
親戚で男爵家の三男という言いなりに出来そうな立場のアルベルトが、仕方なく選ばれた。ルザムからすれば、仕える騎士の立場から伯爵家当主という大出世のチャンスを奪われた形になる。しかも、生まれという自身ではどうにもならない理由で。
「それは、しこりが残っても仕方ないわね」
「知りませんでした。お母様とルザムがそんな関係だったなんて……」
「関係と言っても、カタリナ様とルザムは交際していた訳ではありませんでしたから。それに、お嬢様に態々話すことでもないと」
驚くルナリアに、ケイティが申し訳なさそうに目を伏せる。彼女もカタリナの急死、そして何よりノーマンの一件がなければ一生話すつもりはなかっただろう。
「話してくれてありがとう、ケイティ」
「お役に立てて光栄です。失礼いたします」
一礼してケイティが下がると、ナタリーは天井……アルベルトがいる三階の部屋の方を心配そうな眼差しで見上げた。
「アトリは大丈夫かしら?」
「旦那様についている二人は腕利きです。レオディーナお嬢様の防御魔法もあるので、心配いりませんよ」
そう保証するサイラスに、「そうよね。大丈夫よね」と言いながら視線をテーブルに戻すナタリー。カップに注がれた紅茶の香りが、心を落ち着かせてくれる。
「お義姉さまから見てルザムさんってどんな人なの?」
一方、レオディーナはルナリアにルザムについて尋ねていた。
「実は、私もルザムとあまり話したことはありません。伯爵領の平和を守るため、普段から熱心に勤めてくれているので」
騎士にとって主君とその家族の警護は重要な役目だが、その主君と令嬢は屋敷からほぼ出ない。しかも、必要最低限未満の人数で業務を回していたオルフェ伯爵家では、騎士団も例外ではなかった。
そのためルザムは普段から忙しく領内を飛び回っており、ルナリアと顔を合わせる機会は少なかったのだ
「ただ、大らかで頼りがいのある立派な騎士だと聞いています。お母様も頼りにしていて、私にも丁寧に接してくれました。
だから大丈夫……だと思いたいのですが」
そう話すルナリアに、「そうですね」と頷きつつもレオディーナにはルザムについて気になることがあった。
(でも、キノコ栽培場の近くの森の奥の魔力の偏在地に行った時、トーラスさんがちゃんとやっているのか怪しんでいた)
森の奥に足を踏み入れた途端ウォーキングツリーとプレートバグ、無害とはいえ二匹の魔物と遭遇した。騎士団が定期的に見回り、魔物を適切に間引いていればそんなことは起こらないはずだ。
(ただ人手不足で手が回らなかっただけなら、パパが人を増やせば解決だけど……)
「何事もなく上手くいくといいですね」
「ディーナ、ルナリアさんも気を付けて。一人にならないようにね」
そのケイティが退室した後、そう娘達に注意を促す。
「うん、防御魔法は欠かさず、外に出るときはサイラスさんから離れないようにするわ」
「私もですか?」
「そうよ、ケイティはああ言っていたけど、昨日のようなことが起きないとも限らないもの」
「そう、ですね。気を付けます」
ルザムはそんな人ではないと反射的に思ったルナリアだが、ノーマンもつい先日まで「そんな人」ではなかったはずだった。それを思い出し、素直にナタリーの言葉に頷く。
そのお陰でその日、彼女達は何事もなく過ごすことが出来た。
「ご挨拶の機会を頂き光栄です、ナタリー様。レオディーナ様」
その翌日のお茶の時間、二人はルザム・オルドレー騎士団長と食堂で対面していた。
この日、アルベルトは各町の代官を集めて行う会議の打ち合わせを行うため、朝から屋敷を留守にしていた。
一方二人はルナリアの授業が終わり、部屋で一息ついていた。するとメイドが、『料理長が食堂にお茶とお菓子を用意しております』と呼びに来たのだ。
そして従僕兼護衛のサイラスを供に三人で向かうと、当然来ているだろうと思い込んでいたルナリアの姿はなく、代わりに四十代前後で背が高く固太りの男を先頭に数人の男達が待っていた。
「初めまして、オルドレー騎士団長。アルベルト様やルナリア様からお噂を聞いておりますわ」
強張った笑みで応じる二人の心は一つ、『図られた!』だった。背後で控えるサイラスも内心油断したと苦い思いをしていた。
「ははは、良い噂だといいのですが」
朗らかに笑うルザムは、太り気味であるのを除けばルナリアが評した通り大らかで頼りがいがある騎士に見えた。顎に生やした髭も整えられていて、威厳を感じさせる。背後に控えた部下らしい男達も、一人を除いて姿勢よく整列していた。
「もちろんですわ。伯爵家の為、領地領民を守るため、日夜奔走してくれていると。騎士の鑑ですわね」
しかし、ナタリーとレオディーナの彼に対する警戒心は高まるばかりだった。こんな騙し討ちのような方法で――アルベルトと護衛の傭兵二人の留守を狙ったのなら、まさに騙し討ちだ――顔合わせをされて、気を許せるはずがない。
(お義姉さま、悪いけどあたしにはこの人が立派な騎士には見えないかな。さっきからママの胸ばっか見てる)
何より、ルザムの視線はナタリーの豊かな胸元にべったりと張り付いていた。スラムのチンピラ並みにあからさまに。……なお、彼女が着ているのは胸の谷間を強調した露出度の高いドレスではなく、いつもと同じワンピースである。
「騎士団を預かるものとして、当然のことです」
そうルザムは誇らしげに答えた。自分の視線がどこを向いているか、二人に見抜かれていることに気づきもしない。しかし、不意に顔を曇らせた。
「ですが、アルベルト様の信頼は得られていないようで。私の不徳とはいえ忸怩たるものがあります」
主君の護衛は騎士の重要な任務だ。しかし、アルベルトはそれを傭兵に任せている。今朝も騎士ではなく傭兵達を連れて行ったことからも、彼がルザム達を信頼していないことは明らかだ。この状況が続いては、ルザムの騎士団長としての面子が立たない。
そう訴えるルザムの表情からは、アルベルトと険悪な関係だったとは思えない。
「それに、アルベルト様から使用人や文官だけでなく、騎士団も増員させる方針だと昨日直接告げられました。第二騎士団を創設し、役割を分担させると」
「まあ、それなら騎士団の皆様の負担も減りますわね。町や村で暮らす方々も安心でしょう」
「ええ、増員は喜ばしいことなのです。しかし、失礼ながらアルベルト様は自ら剣を手にして兵を率いた経験のない方。たしかな人材を選ぶことが出来るのか不安があります。
何より、どこの馬の骨か分からぬ者を歴史あるオルフェ伯爵家に仕える騎士団の紋章を掲げさせるわけにはまいりません」
笑顔を大きくするナタリーに、焦りを滲ませた顔でそう訴えるルザム。
(それって、自分の息がかかっていない団員が増えるのが嫌ってこと?)
ナタリーは自分の胸に何度も視線を落とすルザムの口にしない本音を、そう分析していた。
「なにとぞ、ナタリー様とレオディーナ様からアルベルト様に取りなしていただけないかと」
(あ、ここであたしの名前も出すんだ)
それまで子供が口を出せる話題ではなかったので、大人しく静観していたレオディーナは内心身構えた。
(多分、あたし達がお義姉さまに当てがわれるはずだった部屋の方をパパにねだったのを、誰かから聞いたんだ。それであたし達ならパパの意見を変えられるって思ったのね)
レオディーナの推測を肯定するように、やっとナタリーの胸元から視線を剥がしたルザムは自身の背後にいる男達の一人を手で指す。
「お二人に私の義兄を紹介いたします」
「お初にお目にかかります。ルルモンド商会で副商会長を務めております、ブルゴ・ルルモンドと申します」
なんとルザムはオルフェ伯爵家の御用商人、ルルモンド商会長の副会長の妹と結婚していた。領主の家臣と御用商人の血縁者との婚姻自体は何ら問題ではない。しかし――。
(この人、パウルさんの商売敵とベッタリじゃない。そりゃあパパから距離を置かれるよ)
パウル率いるピッタリア商会とがっちり手を組んでいるアルベルトからすれば、ルザムは過去の遺恨を除いても信頼に値しない人物だった。
「本日はナタリー様とレオディーナ様に商会長を務める父から贈り物を預かって参りました」
そう言いながら、ブルゴとルザムの部下達は携えていた鞄を開いて中身を二人に見せる。
「まあ」
そこに納められていたのは、大粒の宝石があしらわれた宝飾品だった。髪飾り、イヤリング、ペンダント、ブローチ、指輪……どれも貴族の夫人や令嬢がその身を飾るのに相応しい品だ。
宝飾店で買い求めれば、何万グリンかかるかレオディーナには想像もつかない。
「どうぞ、お納めください」
つまり、賄賂だ。ただ、この程度なら王国法、そしてこの世界の倫理観には触れない。王侯貴族やその関係者に商人や職人が品物を献上することも、王侯貴族がその見返りに有形無形を問わず便宜を図ることも、珍しくない。
求めている便宜が犯罪のもみ消し等なら問題だが、この場合はアルベルトの方針転換やルザムとの関係改善。公になっても誰も問題視はしないだろう。
レオディーナとナタリーは小さく頷き合うと、ブルゴとルザムに笑顔で答えた。
「お気持ちは嬉しいけど、受け取れないわ」
「な、何故でしょう? レオディーナ様が気に入る品がないのなら、すぐに別の物をご用意します」
「そういう訳ではありません。確認ですが、ルナリア様には?」
「ルナリア様、ですか?」
何故レオディーナの口からルナリアの名が出るのか分からない。そう言いたげなブルゴ、そしてルザムにレオディーナは重ねて尋ねた。
「ルナリア様には贈り物をしたの?」
「いえ、まずはレオディーナ様とナタリー様にとっておきの品をご覧いただきたかったので」
「ナタリー様とレオディーナ様をお迎えになられたアルベルト様の門出を祝う、私と義兄の心からの贈り物でございます」
それが良いことだと信じて疑っていないブルゴとルザムに、レオディーナは確信した。
(この人達、やっぱりお義姉様の味方じゃない。それに、この人達と仲良くしてもマイナスしかない)
この場は早く切り上げたほうがいい。
「なら、やっぱり受け取れないわ。だって、あたしがお義姉さまより派手な装飾品を身に着けて人前に出たら、常識のない子だって思われちゃうもの」
歳の近い姉妹の身に着けている物に格差があれば、しかも庶子の方があからさまに上なら、そう評価される。
「それに新参者の私達がこんなに派手な物を身に着けたら、悪い意味で目立ってしまうわ」
社交界にはいくつもの慣習がある。ナタリーとレオディーナの立場でも社交界に出るなら、それに習っておくのが無難だ。
例えば、初めて社交界に出る者は清楚で初々しい装いであることが推奨される。しかし、ブルゴが献上しようとした装飾品は、煌びやかで高価そうではあったが清楚とはお世辞にも言えない品ばかり。悪く言えば、成金趣味だ。
「い、いえ、そんなことは――」
ブルゴの愛想笑いが、焦りや苛立ちで歪んだ。レオディーナとナタリーが遠回しに「お前には常識がない」と言っているのに気がついたのだろう。
それは貴族の御用商人として、当然弁えているべきものであるため、言い訳も口に出来ないでいる。
「なので、せっかくだけれど遠慮させていただくわ。行きましょう、ディーナ」
「うん、ママ」
そしてブルゴが狼狽えている隙に、席を立つ。
「お、お待ちくださいっ!」
それに焦ったのはブルゴよりルザムだった。このままでは、今まで仕えていた主君の忘れ形見を蔑ろにし、愛人とその娘に鞍替えしようとしたことが広まってしまう。それも、袖にされた彼女達の口から。
「ピッタリア商会にドレスや装飾品を準備させるつもりなら、止めた方がいい! あの商会には違法な人身売買に手を染めている疑いがある!」
焦りに焦ったルザムは、まだ切るつもりのなかったカードを出して挽回を計った。
(え? パウルさんが人身売買? マジで?)
思わず足を止めたレオディーナとナタリーは、思わず彼に雇われているサイラスに視線を向ける。しかし、その彼も驚き半分疑わしさ半分といった様子だった。
「そう、人身売買だ! ピッタリア商会のパウルは王都のスラムから敵国出身の娼婦や孤児を攫っている!
娼婦は自身の愛人にし、魔法の素質がある孤児の内容姿に優れている方は政略結婚に使うため、他の貴族に売り込み、優れない方は奴隷のようにこき使っている!」
「父が王都で手に入れた確かな筋からの情報です! 間違いありません!」
二人が立ち止まったのを見て、脈ありと思ったのだろう。ブルゴもルザムを援護にかかった。
「そうです。汚らわしい出自の者とはいえ、許される事ではありません」
「そのようなことに手を染めるピッタリア商会と取引していては、お二人の立場に関わります。ですがご安心ください、我がルルモンド商会がお二人とアルベルト様をお支えします」
しかし、焦って冷静さを失った状態で切ったカードはだいたい裏目に出るものだ。
「その娼婦と孤児って、私とディーナのことだと思うわ」
「「はっ?」」
感情が削ぎ落された平坦なナタリーの声に、ルザムとブルゴの動きが止まった。
「娼婦の方はもしかしたら他の人かもしれないけれど、孤児の方は確実にディーナね」
「そうね、魔法の素質がある孤児なんてそういないと思うし。まあ、あたしは孤児じゃないけど」
「政略結婚って言うのは、どこから出たのかしら?」
「家庭教師の先生達から勉強を教わっていたのを、邪推したんじゃない? バンクレット先生は貴族令嬢を何人も教えてきたって言ってたし」
「貴族に売込みって言うのは、ラング子爵から依頼を受けたのが変な風に伝わったのかしら?」
「だと思う。あたしはそれより、なんであたしが二人いることになっているのかが気になるわ」
「多分、ワンピースやドレス姿のディーナと、作業着を着て建築現場で働いているディーナを、別人だと誤解したんじゃないかしら」
「なるほどー」
動きを止めたままのルザムとブルゴの前で、会話を続けるナタリーとレオディーナ。
「あ、あの、何か、行き違いがあったようで……」
呆けた様子から一転して顔を引きつらせたブルゴが、言い訳を口にする。
「ごめんなさいね。容姿に優れないあたしには、あなたの贈り物は似合わないと思うの」
「ディーナ、行きましょう。面白いお話をありがとう、お父様にもよろしく伝えてくださいね」
しかし、取り付く島は彼ら自身の口による禍で沈没してしまっていた。
今度こそ席を立って食堂を出ていくナタリーとレオディーナを、呆然とした様子で見送るしかないルザム達。
(断片的に手に入れた情報を推測で纏めたものを、焦るあまり口に出して大失敗したってことか?
奥様とお嬢があの宝飾品に飛びつかなかったのが、よほど意外だったんだろうな)
サイラスはそう内心で分析しながら、彼らが妙な気を起こさないよう警戒しつつ彼女達に続いた。
ちなみに、結局食堂に料理長が用意したお菓子が出てくることはなかった。
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