33話 お義姉様のお勉強と婚約者からの手紙
ルナリアの仕事の削減と勉強の再開が決まった後、レオディーナとナタリーは彼女の部屋で明日からの授業の準備に取り掛かった。
まずはルナリアの知識がどれくらいか確かめる必要がある。
「ルナリア様、数学では私が教えられることはもうありません」
「ええっ!?」
「だってルナリア様、私より頭がいいから」
まず、ルナリアは数学においてはレオディーナより圧倒的に優れていた。
十歳で書類仕事をしていると聞いた時からそんな予感はしていたが、ルナリアは頭が良く難しい計算もすぐに解くことが出来た。
レオディーナのように前世の知識で補助されているわけでもなくそうなのだから、天才というしかない。
「そうなのですか? でも、お母様も私と同じくらいの頃にはこれくらいできたとライオットが……」
しかし、本人にその自覚はないようだった。同じ年頃の子との交流が乏しく、比較した経験がないためだろう。
「それならきっと、カタリナ様も頭が良かったのだと思います」
ライオット達も彼女をそれほど褒めていなかったようだ。カタリナの娘ならこれぐらい当然、とでも思っているのかもしれない。
「ディーナでそれなら私が教えるのはもっと無理ね。寧ろ、ルナリア様から教わることになりそう」
「でも、問題は数学以外の科目ですからよろしくお願いします」
いくらルナリアが勉強が出来ても、全く教えられてこなかった言語や歴史の知識は身に付けようがない。
「そうね。私達が使っている教科書を持ってきたから、暫くはそれで勉強しましょう。礼儀作法は――」
「ダンスのパートナーはあたしがするわ。ママは正しいかどうか見ていて」
それにルナリアにはマナーもあまり身に付いていない。彼女の言動は丁寧だが、それは周囲にカタリナ以外にライオット達使用人しかいなかったので、その影響を受けたからだ。
(使用人とか官吏なら、このままで問題なさそうだけど。多分、正妻さん達が考えていた次期伯爵夫人ってそんな感じだったんだろうな)
今のルナリアのマナーは、貴族令嬢や貴婦人としては粗が目立つ。社交ダンスを踊らないお茶会に出席させるのも不安になるほどだ。
「大丈夫です、スラム育ちの私が二年も経たずそれなりに成れたのですから」
しかし、本当に基本だけだが形にはなっている。あとは本人のやる気次第だろう。
「はい、頑張ります! でも、一つお願いしてもいいですか?」
「なんですか? あ、足なら何度踏んでも構いませんよ。弱い防御魔法をかけますから」
「いえ、そうではなく……二人のことをディーナとナタリーさんと呼んでも構いませんか?」
そう言って頬を赤らめるルナリアに、レオディーナとナタリーは目を瞬かせた。
「私は構いませんが、いいよね、ママ?」
「ええ、もちろん」
「じゃ、じゃあっ、私も『ルナリア様』ではなく他の呼び方をしてくださいっ」
「えっ? でもそれは……」
ルナリアからレオディーナ達に親しげに呼びかけるのは構わない。しかし、その逆はライオット達伯爵家の使用人を刺激することになるのでは?
そう思って躊躇う二人に、ルナリアは焦った様子で言葉を重ねた。
「普段から親しく話していた方が、お父様の前でも上手く話せると思いますっ!」
「それもそう……かしら? じゃあ、私は『ルナリアさん』ね。ディーナはアトリの前と同じなら――」
「『お義姉さま』ですが、いいのですか?」
「はい、迷惑でなければ」
「では改めてよろしくお願いします、お義姉さま。……なんだか照れてしまいますね」
「はい、よろしくお願いします」
その日の勉強は、基本的なダンスのステップと建国史のさわりの部分の復習。そして魔法の確認を行った。
そして魔法についてだが、ルナリアは本当に魔力の制御を教え込まれただけで魔力量すら計っていなかった。
「カタリナ様って、もしかしなくても魔法が嫌いでした?」
「好きではなかったと思います。それにお母様は魔力が少なく、お父様は全く使えないので、その娘の私の魔力量も少ないと思われたのかも」
魔力量は両親、特に母親側の影響を受ける。魔力を持たない者が多い平民の家庭では、生まれた子の魔力量を計らないまま育てることが珍しくない。
しかし、ルナリアは貴族令嬢だ。バンクレット、そしてレオディーナのように隔世遺伝する例もある。物心ついたら魔力量を計るのはほぼ必須だ。それをしなかったことから、亡きカタリナの魔法に対する感情が推し量れる。
「でも、制御法を習ったのなら魔力自体はありますよね? 自覚したことは?」
「……分かりません」
「じゃあ、ディーナの魔力をルナリアさんに流してみたらどうかしら? それで感覚を掴めるかもしれないわ」
自身の経験からそう提案するナタリーに、レオディーナは「そうね」と頷いた。
「お義姉さまの魔力量が分からないのが不安だけど、少しずつ調整しながら流せば大丈夫だと思うわ」
「調整?」
「うん、二人の魔力量に差があると苦しいみたい」
以前、螺旋訓練法の習得に苦戦しているギルバートに感覚を伝えるために自身の魔力を流した時のことを思い出して、そう説明するレオディーナ。
「だから、お義姉さまの魔力量が多かった場合ママだと危ないかもしれないから、あたしがやるわ」
「ふぅん、そうなの」
しかし、ピンとこなかったのか不思議そうな面持ちで曖昧に頷くナタリー。
「大丈夫でしょうか?」
「うん、魔力の量と制御力には自信があります。お義姉さまの魔力がどれくらいでも、調整しますから任せてください」
一方魔力を流される側のルナリアは緊張した様子だったが、レオディーナに求められるままに手を差し出した。その白く細い手を握り、魔力を徐々に流していく。
「お義姉さまの魔力の制御って、なんだか封印って感じね」
呼び方を変えたことで無意識に態度も親しくなっているレオディーナは、手を繋いで具合を確かめながらルナリアの魔力をそう評した。
「そ、そうなんですか?」
「はい。カチコチって感じで」
くすぐられていような顔つきで聞き返すルナリアに、レオディーナは彼女の魔力の感触を伝えた。
「魔力を流しても、お義姉さまの魔力が全く返ってこないんです」
「それは、もしかして私には魔力が無いからでは?」
「いえ、お義姉さまの魔力に触れている感触はあります。ありますけど、あたしの魔力しか戻ってこないから『カチコチ』なんです」
カタリナは生前、ルナリアに魔力の制御という名目で自身の奥深くに押し込める方法を教え込んでいた。
たいして役に立たない魔法よりも、もっと大切なこと――将来領地運営をするために必要な知識や経験――を積むために時間を使うべきだ。
そう彼女なりに娘の為を考えての教育だったが、仇になっていた。
「お義姉さまの方はどうですか? あたしの魔力が流れているのが分かりますか?」
「何かに、くすぐられている……撫でられている感じです。でも、自分の魔力というのは分からないです」
「う~ん、じゃあ少し魔力の量を増やしてみますね」
水滴が滴る程度に緩めた水道の蛇口を、半回転ほど捻るイメージでレオディーナは流す魔力を増やした。
「大丈夫ですか?」
「っ……ちょっと、ピリピリしますけど、大丈夫です。でも、やっぱり私自身の魔力は……」
「そうですね。やっぱりお義姉さまの魔力はあたしまで流れてこないです。
今日は、ここまでにしましょうか」
これ以上流す魔力量を増やすなら、誰かの監督下のほうがいい。そう判断したレオディーナは、ルナリアに流す魔力をゆっくり止めた。
「ふぅ。あとはバンクレット先生が来てからにしましょう。すごい先生ですから、きっとお義姉さまにも魔法を教えてくれますよ」
「魔法の先生……楽しみだわ」
白い頬を赤くしたルナリアの胸は、昨夜はあれほど不安だったのが自分でも信じられないほど、期待に高鳴っていた。
その日の夕食の席で、アルベルトからノーマンの処分が伝えられた。
「ノーマンには、暫くの間、庭師の仕事に専念してもらうことになった」
幾つもの職務を抱えていたせいで超過勤務が常態化していたノーマンは、カタリナの死によって受けたショックで限界を迎え錯乱した。
そのため、本職の庭師に専念させることにしたのだという。
(あの人、庭師だったの?)
人手不足だから庭師に執事を兼務させる。あまりにも常識外れな人事だが、それならノーマンの執事として信じられない言動の数々も納得できる。
(ノーマンは執事で兼務していたのは庭師の仕事の方だったはずだけど……。きっと、お父様はそう言うことにしてノーマンの処分を軽くしてくれたのね)
そして、アルベルトが「自分のために以前からカタリナに意見していた」と誘導されているルナリアは、そう思い込んだ。
「寛大な処置をありがとうございます、お父様」
頭の良いルナリアだが、それ以上に彼女は貴族令嬢としても箱入り娘だった。
生まれてからずっとこの屋敷の敷地から出たことがなく、領地領民のことも書類越しにしか知らない。周辺の領主やその令息令嬢との交流もなく、会話を交わすのはカタリナや屋敷に勤めるライオット達だけという環境。例外は婚約者のカルナスのみ。
世の中に悪い人が存在することは知識として知っているが、それは彼女にとって物語の怖いお化けと同様に現実感のないものだった。
母親が亡くなった途端、愛人と隠し子を連れてきて自室を奪おうとした父親のことも、一度見直しただけで疑わず信じるほどだ。
「それと、これから我が家は使用人や家臣の数を増やすことにした。ルナリア、お前の業務を減らし勉強の時間を確保するため。そしてノーマンのように心を病む者が出ないよう、一人一人の仕事の量を適正に割り振るために。そのつもりでいるように」
このアルベルトの決定も、ルナリアは言葉通りに受け取った。ライオット達の存在感や影響力を落とす狙いがあるとは夢にも思わない。
(お父様、私だけじゃなく皆のことも考えて……っ!)
「ありがとうございます、お父様」
そう素直に感動し、感謝する程だった。
(う~ん、パパが相変わらず何か企んでる。でも、別に悪いことじゃないんだよね)
一方レオディーナはアルベルトが何を考えているのか、すぐには理解できなかった。馬車の中で聞いた話からも、父と伯爵家に仕える人々との関係は険悪としか思えない。そんな父が彼らのことを思いやるなんて、違和感しかない。
(でも、人を増やすのは良いことよね。ここって人が少なすぎるし)
ノーマンのことはさて置くとしても、人手不足が常態化している伯爵家で人を増やすのは良いことだ。一人一人が担う仕事量が減り、様々なことがいきわたるようになる。
(あ、そうか。パパは自分の息がかかった人を増やしたいんだ。でも、それってあたし達にとっても、そしてお義姉さまにとってもいいことだよね)
ノーマンのようにレオディーナ達に敵意を持つ人物の影響力が落ち、こちらに好意的な使用人が増えれば単純に安全性が高まる。それに、この伯爵家を継ぐルナリアにとっても環境改善はプラスになる。
止める必要は全くない。レオディーナはナタリーと頷き合うと、安心して夕食を再開したのだった。
なお、アルベルト本人はルナリアがあまりに素直に感謝するものだから逆に不安を覚えていた。
(あまりに上手く事が進み過ぎている。ルナリアは本当に私の話を信じたのか?)
しかし、ルナリアの胸の内を確かめるわけにはいかない。後ろめたいことをしているのは彼の方なのだから。ついでに言えば、その時間も彼には無い。
カタリナは既に亡く、ルナリアの業務は極力減らし、ノーマンも明日から庭師に専念させる。彼女達が行っていた業務のいくつかはライオットが行っているが、アルベルトの肩にも重くのしかかっている。
人を増やすのは、アルベルト自身の為でもあったのだった。
翌日、レオディーナ達と礼儀作法の勉強をするルナリアの元に嬉しい知らせが届いた。
「カルナス様からのお手紙が届いたの」
「お義姉さまの婚約者ですよね」
「そうなの。ウェンディア伯爵領は遠方にあってお母様の葬儀には間に合わなかったけれど、お悔やみと励ましの言葉を頂いたわ」
没交渉になっている周辺の領主達には、ライオットは葬儀の報せを出していなかった。しかし、ルナリアの婚約者には流石に報せるための手紙を出していたようだ。
「それで、近々ここに来てくださるの。ウェンディア伯爵領との距離からすると、十日はかからないと思うけれど」
「良かったですね、お義姉さま」
今は持ち直しているが、母親が亡くなってまだ一か月経っていないルナリアにとって、婚約者の存在は心強いだろう。
「ありがとう。それで……カルナス様に関してディーナとナタリーさんに相談したいことがあるのです」
「そうね、やっぱり私とディーナもご挨拶しないと失礼よね」
「うん、カルナス様のご家族も気にするでしょうし」
タイミング的にまだナタリーとレオディーナの存在をカルナス達は知らないはず。だが、義父になるアルベルトが突然連れて来た愛人と、彼女の間に出来たルナリアの異母妹の存在を知れば気にならないはずがない。
変に疑われないためにも挨拶をしておいたほうがいい。
(ドアマット系ヒロイン物みたいにはならないだろうし)
婚約者の姉ではなく、その義妹もしくは異母妹に心を奪われる。そんなことが現実にそうあるはずがない。カルナスとルナリアの仲が良いなら、猶更だ。
(そもそも、王国法ではあたしと結婚したら伯爵家次男のカルナス様は平民になるしかないし。……パパによると七割以上の確率で成功するお家乗っ取りの方法があるらしいけど。
ママ、断ってくれて本当にありがとう)
昨夜、部屋でナタリーからアルベルトと話したことを聞いていたレオディーナは、改めて母に感謝した。
「はい、是非紹介させてください。でも、それだけではなくて……カルナス様の心を繋ぎ止めるにはどうすればいいのか、分からなくて」
てっきり挨拶するだけだと思っていた二人は、ルナリアの口から放たれた言葉に驚いて顔を見合わせた。
「どうしたの? カルナス様との間に何かあったの?」
「あ、違うんですっ! 何もないんですっ! ただ……お母様の遺言に、婚約者だからと油断せずに、カルナス様の心を繋ぎ止めなさいと」
仲直りする方法を相談されたのかと思った二人だったが、ルナリアが相談したかったのは仲を深める方法だった。
「どうすればいいのか、私では分からなくて」
昨夜、安心して不安が軽くなったルナリアは改めて母の遺書を読み返し、彼女の遺言について改めて考えた。
社交の勉強は始めた。しかし、カルナスを大事にするとは、婚約者だからと油断せず彼の心を繋ぎ止めるにはどうすればいいのか、それが彼女にはわからなかった。
(今以上にどうすれば、何をすればいいの?)
ルナリアは、十分カルナスとは仲を深めたつもりだった。年に二度ほど訪ねてくる彼と交流し、文通を重ねた。それ以外に彼の『心を繋ぎ止める』には具体的に何をすればいいのだろう?
母親が最期の直前までカルナスを嫌っていて、他の貴族令嬢との交流がなく恋愛を題材にした小説や劇に親しみがないルナリアには、それが分からなかった。
カルナス本人やその従者からも、何か要望を伝えられたこともない。
カルナスとの婚約を結んでくれたアルベルトにも、今は多忙で相談するのは気が引ける。
そして家族同然のライオット達使用人は、亡き主人同様カルナスを嫌っているらしいのをルナリアも感じ取っていた。
そのため相談する相手に選んだのが、異母妹のディーナと父の愛人のナタリーだった。出会ってまだ三日目であるため、ルナリアにとって彼女達は初めてできた友人のような存在だったのだ。
「心を繋ぎ止める方法……う~ん、愛嬌の振りまき方なら分かるけど」
しかし、レオディーナは恋愛経験に乏しかった。前世も含めていいならあるが、(一昔以上前の)現代日本の恋愛観をルナリアに語っても意味はあまりないだろう。……結局結婚には至っていないし。
「愛嬌の振りまき方というと?」
「こんな感じです」
口元に握った両手を寄せ、上目遣いでルナリアを見つめるポーズをとるレオディーナ。そのまま流れるように、母直伝の他のポーズも披露する。
「可愛い……で、でも私が同じことをしても似合わないと思います」
「そんなことないわ。ルナリア様も可愛らしいもの。でもポーズだけ教わっても慣れるまで時間がかかるから」
赤くなるルナリアにも可愛いといいつつも、ポーズから話題を遠ざけようとするナタリー。
「他は、ちょっと思い当たらないわ」
そう言うレオディーナの脳裏にはギルバートの顔が過る。
(もうすぐ坊ちゃん達が自領に行って半年か。適当な時に手紙を出さないと。って、それは後! 『レオ』と坊ちゃんはそう言う関係じゃないし)
しかし、すぐに考えを切り替えて母を見上げる。
「ママ、何か思いつく?」
「そうねぇ……」
そしてナタリーも普通の意味での恋愛経験は乏しかった。彼女は約二年前までスラムの娼婦だったのだ。アルベルトとの出会いも店で、彼と親しくなるために意識して何かしたことはない。ベッドがスタートラインだったのだから。詩的に表現するなら運命的に出会い、情熱的に夜を幾度も過ごし、再会を誓い合って別れた。それだけである。
その後の生活では同じ娼婦たちを参考にして、それなりのテクニックを身に付けたが……。
(お客さんをつなぎ止めるための工夫をルナリア様に話すわけにはいかないわよね)
まさか娼婦の手練手管を、幼い伯爵令嬢に教えるわけにはいかない。しかし、せっかく相談してくれたのだから力になりたい。そう思って頭を捻っていると、ふと閃いた。
「そうだわ。カルナス様にダンスの練習を手伝ってもらったらどうかしら?」
それはルナリアが習い始めたばかりの社交ダンスの練習相手を、カルナスに頼むというものだって。
「カルナス様とダンスを……それは、素敵」
婚約者と見つめ合いながら踊っている自分の姿を思い浮かべ、思わずうっとりとするルナリア。
「でも、まだカルナス様と踊れるような状態では……昨日もディーナの足を何度も踏んでしまいましたし」
「何回かだけですよ、お義姉さま」
「気にすることないわ。それに、目標がある方が上達も早いもの」
「目標……カルナス様と素敵なダンスを……ありがとうございます。私、カルナス様にお願いしてみます」
父の愛人と隠し子の助言を受けたルナリアは、婚約者にダンスの練習相手を頼むことを決意したのだった。
しかし、多忙で関わっている時間はないだろうと思い込んでいたアルベルトの方も行動を起こしていた。
「ルナリア、カルナス君が近々お前に会いに来ることは聞いているな? カタリナの遺品からサイズの合うものを選んで、彼とのお茶会ではそれを着ていきなさい」
「え、ドレスをですか? でもいいのでしょうか?」
これまでルナリアは、カルナスの前でも普段と同じ格好……手直しの跡が目につくワンピースを着ていた。彼女にとってそれが当たり前だった。
「もちろんだ。カルナス君のことを大切にするようにと言い残した、カタリナも喜ぶだろう」
しかし、たまにしか会えない婚約者の前で令嬢が着飾るのは当たり前のことだ。当たり前すぎて、レオディーナもナタリーもルナリアが着る服まで考えが及ばなかったほどだ。
「問題はカルナス君が来るまでに手直しが間に合うかだな。間に合わなかった場合に備えて、町でドレスを買っておくべきか」
こういう時にドレスを手直しするのは普段から取引のある職人か、侍女やメイドだ。しかし、オルフェ伯爵家には職人の当てがない。そして、アルベルトはケイティ達を技術的にも信用していなかった。ルナリアが着ている服の修繕をしていたのは彼女達だから。
それを抜きにしても、人手不足の状態で仕事を増やすのだから間に合わない確率が高い。
「しかし、ここの領都に良い店があるとは思えない。流石に売ってはいると思うが」
着古したワンピースより、平民向けでも新品のドレスの方がずっとマシだ。けれど……。
「じゃあ、あたしが手直しするわ」
そう悩んでいる父に、レオディーナはそう提案した。
「ディーナがドレスを? 構わないのか?」
「うん、『修理』の魔法でほつれや色あせなんかは戻せると思う」
「じゃあ、ルナリアさんが許してくれるなら一緒に手直ししましょう。裁縫の授業にもなるし」
そしてスラムで暮らしていた時から習っていたレオディーナに、約二年前から学んでいるナタリーは少しのアレンジぐらいなら出来るようになっていた。
「もちろんお願いしますっ!」
カルナスを迎える際に着ていくため、手直しするドレスを選び終えた頃に侍女長のケイティが昼食をワゴンに載せて運んできた。
オルフェ伯爵家では、先代伯爵のクラハドール以後、昼食は仕事中でも食べられるサンドイッチなどの軽食。それを各自の部屋で取るのが常態化しており、食堂は使わないのだ。
この点も変えなければならない点だとアルベルトは考えているが、忙しい今は助かっていた。
「ナタリー様、お気を付けください。お嬢様たちも。ノーマンの時のようなことはないと思いますが」
まだ従僕役を続けているサイラスと分担して食事の準備をしたケイティが、不意にそう口を開いた。
「何かあったの、ケイティさん?」
「私に『さん』は不要です、ナタリー様。……当家の騎士団長ルザム・オルドレーが帰還いたしました」
それを聞いたレオディーナは、(そう言えば、パパから念のために今日は強化魔法を強めにかけておくようにって言われたっけ)と思い出した。
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