31話 黄昏
トオルとの再会を果たしてから3日後の夕方。
雷鳴が轟き大雨が降りしきる中、151号に襲われた。
151号は大斧を持った屈強な人−男型ドールだった。
戦闘空間では天候は変わらないので足元がぬかるみ、視界は遮られ、苦戦を強いられた。
何度か大斧の攻撃を躱しきれず、受けてしまった。傷口から血が流れ出したけれど、幸いにも深くはなさそうだった。
「っ?!」
突然、視界がかすみ始めた。
《刃に毒が塗られていたのかもしれません。ダークムーン、何てことを!》
ベマの言葉の最中にも、次第に足元が覚束なくなってきた。
「ダークムーン様に仮面を」
抑揚のない声で何度も言われた。
視界がグネグネと曲がり始め、攻撃を避けるのが苦しくなってきた頃、雨が止んだ。急速に天気が回復し、あたりを夕焼けが包み始めた。
「っ!!」
水たまりに反射した夕日に目を奪われた一瞬をつかれ、地面に押し倒されてしまった。
もうほとんど見えなかったけれど、151号の手が仮面に伸びてきた。
その時だった。
「俺の獲物から離れろ」
その声に、俺は安堵した。
「トオル、来てくれたのか」
「馬鹿言うな。お前は俺の獲物だ。151号、邪魔しないでもらおうか」
なんだかツンの時のトオルなようで嬉しくなってしまった。
どうせ奪われるならばトオルの手がいいな、そんなことを思った。
《許しませんよ!最後まで諦めてはいけません!》
ベマは許してくれないようだ。
「裏切り者め。お前の言うことなど聞かない」
そう言って、151号は無理矢理俺の仮面を剥がそうとする。
「ぐぁぁぁ!!!」
激痛が走った。皮膚や爪を無理矢理剥がされるような痛みだった。
「耀!!!」
その声と同時に、ドサッという音がし、体から重さがなくなった。
痛みによって視界が復活したようだった。
起き上がってみると、151号が吹き飛ばされていた。
彼の胴体の右側はキレイに消滅していた。
「うっ」
そんな声をもらし、トオルが膝をついた。
その口からは多量の鮮血を吐き出していた。
意味がわからなかった。
「馬鹿、め。リミッター、を外し、てドールがドー、ルを攻撃すると、内部破壊、が、起こるのを、知らなかっ、たのか」
そう言って、151号は黒い粒となって消えていった。
すべてが繋がった。
トオルが俺を庇って151号を攻撃したのだと、ここで気がついた。
「トオル!!」
俺はすぐに彼に駆け寄った。
151号が消えたことで毒も消えたらしい。
俺は急いでトオルを抱きかかえ自宅に転移した。
「どうして無茶したんだ!」
俺は血を吐き続けるトオルの手を握り、涙した。
互いの体が鮮血にまみれていく。その赤がぼんやりとするほど、視界が溢れ出る涙で歪んでいく。
「当たり前、だろ。大切な、ひと、だから」
トオルは血を吐きながら語ってくれた。
さっき俺がやられそうになったことで一気に記憶が蘇ったらしい。そして、内部破壊を覚悟してリミッターを外し、151号攻撃をしたのだという。
「ベマ、お願いだ。あのときの、約束、どおり、耀から、俺の記憶を、消して」
トオルの言葉に俺は目を見開いた。
『、、、いいのですか?』
「あぁ。もう思い残すことはない」
「やめろ!あのときの約束ってなんだ?!俺から奪わないでくれ。大切な、思い出なんだ」
二人の会話の衝撃に、ただ二人を止めることしか考えられなかった。
「だか、らこそ、判断が鈍、ってしまう。耀には、耀の正義を、貫い、てほしい」
「そんな」
嫌だ。
楽しかった思い出が、喧嘩した記憶がなくなってしまうなんて。思いが通じ合った瞬間を忘れてしまうだなんて。
「たとえ、お前も俺、も覚えていなくても、事実、はなくならない、だろ?」
トオルは安らかに微笑んだ。
「耀、さよう、なら。どうか、幸せ、に」
瞳を閉じ、だらりとトオルの体から力が抜けた。まるで、魂がすっと抜けてしまったかのように。
「トオルーーーー!!!!」
俺の声にもトオルは反応しない。
トオルの体は黒い光の粒となっていく。抱きとめようとしてもするりと抜け出していき、やがてすべて消えてしまった。真っ赤な血の痕も、彼の温もりも。
やけに鮮やかだった夕焼けを追い出すように、空が徐々に夕闇に染まっていく。
俺はひたすらに嗚咽を上げ涙を流し続けた。
『耀。彼の犠牲を無駄にしてはいけない』
その言葉を最後に、俺の、トオルに関する記憶は綺麗に封じられたのだった。




