3話 ドール再び
トオルと共同生活を始めて一週間後。ついにやってきてしまった大学後期試験の初日。
午前の科目はまずまずの出来であり、どうにか落第は免れそうであった。午後の科目の方が自信がなかったので、昼休みの残りを使って復習していた。
それなのに。
「なぁ、3号棟前にいたあの美女みたか?こんな寒いのにあんなショートパンツ履いてさ」
「首あたりの黒い三日月のタトゥーがまた色っぽいのな」
缶コーヒーの中身を吹きそうになった。
3号棟は俺の学科のメイン棟だった。つまり、限りなくドールである可能性が高い。
"マジか"
《耀、行きますよ》
こうして俺たちは3号棟前へ向かった。
◇
そこに居たのは紛れもなくドールだった。
彼女は無表情で3号棟を見上げていた。周りには学生がちらほらおり、このままでは彼女を戦闘空間につれていくのは目立ちすぎてしまう懸念があった。
そこで俺はドールを人気のないところまで誘導することにした。
「どうも、こんにちは。ちょっと移動しません?」
「、、、わかった」
ドールは基本的に人間の前でヒーローを襲ったりはしない。彼らの中で"暗黙のルール"のようなものが存在しているらしかった。
俺は3号棟の裏にある駐輪場までドールを誘導した。
その間、少し話しかけてみたものの、ほとんど返事はなかった。
"トオルとは全然違う"
少しだけほっとした。もしもこれからのドールがトオルのようだったら倒せないと思っていたから。
俺は素早くアーリートワイライトマンに変身し、ドールとともに戦闘空間に移動した。
誰もいない大学構内で俺たちは対峙した。
「アーリートワイライトマン、私は107号。仮面をよこせ」
さっきの印象のまま、トオルに似ても似つかないドールだった。無表情で、声に抑揚がなくて。
「渡すわけないだろ」
戦闘に入り、さほとかからずにドールの胸に光の剣を突き刺した。彼女はあっけなく黒い光の粒となって消えていった。
自分でも驚くほど容赦がなかった。
でも、倒したあとに罪悪感がじわりじわりと心を埋めていった。
トオルの仲間を殺してしまった。
彼に何と思われるんだろうと、考えただけで心が苦しくなった。
◇
無事どうにか試験を受けた。出来に特別な自信はなく、落第点ではないと信じたかった。
家に帰ると、トオルが狭いキッチンで料理をしていた。トオルは非常に器用ですぐに料理を覚えた。一週間経った今では、美味しい料理を作って待ってくれている。
「おかえり。あ」
トオルはこちらを見るなり察したようだった。
「耀、倒したんだな」
その声は少し沈んでいるように聞こえた。
「あぁ、すまない」
「いいんだ。いや、よくはないんだが。むしろここでこうやって料理してる俺って一体なんなんだろうな」
トオルはそう言って俺から背を向け、味噌汁をゆっくりとかき混ぜた。顔はよく見えない。
俺は思ったことを素直に伝えることにした。
「俺、自分が怖かった。あのドールに対しては何とも思わなかったんだ。お前の時とは違って」
変わったのは俺なのか。
トオルが特別なのか。
その両方なのか。
問をいくら思い浮かべても、答えは得られなかった。
「そうか」
トオルは相変わらず味噌汁をかき混ぜている。
いつもならば沸騰する前に火を止めるのに、そうしない。彼もいろいろと考えているらしかった。
「仲間をやられて、嫌な気持ちになった?」
「少し複雑だ。知ってるかもしれないが、俺たちドールは、お前たちの言葉で言う"リサイクル"されているんだ」
トオルによると、ドールが倒された後の黒い光の粒はダークムーンの元に還るのだという。そして、ダークムーンはいろんなドールの粒を組み合わせて新たなドールを作り上げるらしい。
「だから、また造り変わるんだなくらいにしか感じない、はずなんだが」
トオルは火を止めた。そして、ゆっくりとこちらを振り返った。
「少し、嫌だなとも感じてる」
その瞳には嫌悪だけでなく、不安も浮かんでいるような気がした。
「ごめん」
俺は無意識に謝った。
「わかってるんだ、自分達の存在意義も、使命も。ドールはすげ替え可能であることも。でも、俺は死にたくないし、仲間を失いたくはない。そんな気がする」
この一週間で、トオルはたくさんのことを考えて"成長"していた。
「ごめん」
俺は謝ることしかできなかった。
「でも、この一週間で、お前の使命もよくわかった。純粋に人を助けたいって気持ちも、そのためにドールと戦わなくてはならないことも。だから、この件に関しては何も言いたくないし、聞きたくない」
なんだか、俺よりもよほど人間らしいなと感じた。
果たして、ドールと人間の境目は何なんだろうか。
感情とはそもそも何なんだろうか。
どうして俺たちは戦わなくてはならないのだろうか。
ぐるぐるといろんな疑問が浮かんでは心に積み重なって、自身が冷たい湖の底に沈んでいくような気がした。
「、、、わかった」
かろうじてそれだけを返した。
その日の夕食は、美味しいはずなのに、何も感じることができなかった。
俺たちはそれ以降、ドールを倒すことに関して何も言わないようになった。




