1話 トオル
あれは、俺がアーリートワイライトマンになってから半年ほど経った頃、大学1年の後期試験期間少し前のことだった。
半年間でのドールの襲来数は100体を超え、加えての試験勉強もあり、忙しい日々を送っていた。
そんなときに出会ったのが106号だった。
綺麗な人型ドール、そう思った。真っ白な肌に黒く大きな瞳、すっと通った鼻筋、きれいな形の唇、中性的なマッシュショートの黒髪。俺より少し小柄な中性的な容姿は、明らかに今までのドールに比べて造り込まれている感じがした。見た目の年齢は自分と同じくらいのようだけれど、幹部クラスだと判断し、気を引き締めて戦いに臨んだ。
俺は人型ドールが、いや、生き物の形をしたドールが苦手だった。それは、強いのはもちろんのこと、普通の生き物同様に傷つけば血が出るからだった。しかもドールの血はドス黒いのでそれが余計に気持ち悪いとも思っていた。まぁ、やっつけて黒い光の粒として消えるときに血痕などもすべて消えるのだけれど。
◇
「お前を倒して、仮面をダークムーン様に捧げる。俺はそのために生まれた」
そう言いながら106号が繰り出す黒い玉は、触れたものを消滅させるものだった。
「お前、見た目儚い美青年風なのに、技がエグいな!」
「褒めてるのか?こういう時は、アリガトウと言えばいいのか?」
真顔でそんなことを言うのでリズムが狂う。こんなドール今までにいただろうかと記憶を辿ってみたけれど、やっぱりいなかった。
「褒めてないから言わなくていい!」
防壁の魔法で防ぎながら、氷の矢で応戦した。接近戦は無謀としか思えず、遠距離からの攻撃しかできなかった。
結果は五分五分。互いに負傷し、戦闘継続は困難な状況に陥りつつあった。
「これ以上傷を負いたくなければ仮面をよこせ。死にたくはないだろう?」
「仮面は渡さない!助けを待つ人がたくさんいるんだ!」
「ヒーローなどいなくても、お前がいなくても世界は回る」
「そんなことない!」
対話での交渉を試みて、俺はあることに気がついた。
会話が自然に成り立ち、それはまるで、普通の人間と話しているかのようだったのだ。
結局交渉は決裂し再度戦闘になり、俺にチャンスが訪れた。
地面に倒れた106号の胸に光の剣を突き刺そうとした。
本来であればドールのコアはすぐに壊す。けれど、俺は彼のコアを壊すことを躊躇ってしまった。
106号の腕や脇腹から出ている血は、こころなしか赤いように見えたのだ。なんだか人間を殺そうとしているように思えてならなかった。こんなことはアーリートワイライトマンになってから初めてのことだった。
「やれ。お前の勝ちだ」
106号はまっすぐに俺の目を見て言った。剣の切っ先が小刻みに震えた。剣に力を込めるも、どうしても先に動かない。
"そうか、俺、、、"
自分の気持ちを悟り、徐ろに口を開いた。
「106号、俺、できない」
「は?」
その時の106号の顔は、すごく面白かった。
何言ってんのコイツと顔に書いてあるようで、こんな場面にも関わらず吹き出しまった。
「何笑ってるんだ。情けなど必要ない。ひと思いにやってくれ」
もはや言っていることが侍らしくて、さらに笑ってしまった。
《耀、早くやらないと!油断してると貴方がやられてしまいますよ!》
頭の中でベマが叫んだけれど、俺はちょっと黙っててくれと説き伏せた。
「俺、お前のこと殺したくない」
それが俺の素直な気持ちだった。
もっと話がしてみたい。
このドールなら、わかってくれるんじゃないかと思った。
俺は光の剣を解いた。
「ちょっと失礼」
俺はそう言うと、ひょいと106号を抱えた。見た目よりもさらに軽く感じる。
「っ?!何するんだ!!」
もがく106号を無視して転移陣を展開した。
"耀?!何してるんです?!どういうつもりです?!"
ベマは完全に混乱していた。そんなことをしたら相手に家がバレるとか色々言われたけれど、今はそんなことよりも怪我の処置が優先だと突き返した。
106号は転移するとすぐに意識を失ってしまった。
彼を布団に寝かせ、簡単に止血だけすると、薬局で救急道具を、スーパーで食材や惣菜を買い揃えた。ドールに消毒が効くのか、何が食べれるのかなどわからないことだらけだったけれど、とりあえずやれることはやりたいという気持ちでいっぱいだった。
◇
眠っている106号は、美しい人形そのものだった。ダークムーンすごいなと関心したのは言うまでもない。
傷の多かった上半身を拭いてやり、消毒と包帯で応急処置をした。ちなみに、ドールの印である黒い三日月のタトゥーは左側の鎖骨にあった。
本当に男の身体だよな、と脱がすのを5分くらい躊躇していたのは106号には秘密である。
処置が終わり、俺の服を着させた。
そして日が落ちた頃、106号は目を覚ました。
彼は至って冷静だった。
「そうか、、、これがクツジョクカンというのか。服まで脱がされたとは」
106号は上半身を起こし、自分の体を確認しながらそう言った。
「やめろ。俺がお前に何かしたかのような表現をするな」
俺は思わずツッコミを入れてしまった。
その直後、突然、トオルが目を見開いた。
「どうした?」
「、、、なんでもない」
明らかに動揺しているけれど、頑なに教えてはくれなかった。
敵同士だから無理もないか、と少し肩を落とした。
俺は気を取り直して106号に声をかけた。
「さぁ、飯にしようぜ。腹減ってるだろ?」
「俺は別に」
「遠慮するなって」
俺は半ば無理くり106号に夕食をとらせた。といっても、用意したのはスーパーの惣菜とご飯とインスタント味噌汁だが。
最初は戸惑っていたものの、俺も同じものを食べたところから警戒が溶けたのか、ゆっくりと食べ始めた。
箸の使い方は完璧だった。何なら、所作は俺よりも綺麗。106号いわく、こっちの世界の情報はある程度インプットされているらしい。
「これ、美味しい」
106号が特に気に入ったのは惣菜の"春巻き"だった。俺もこのスーパーの春巻きが好きでよく食べているので、何だか同志ができたようで嬉しかった。
「うまいよな、それ。気に入ったなら俺のもやるよ」
「、、、いいのか?」
「遠慮するな」
106号は春巻きをきれいに平らげた。
「、、、ありがとう」
106号が気まずそうにそう言った。
その声はすごく小さかったけれど、俺の耳に届いた。
なんだか少しくすぐったかった。俺が少し笑うと、慌てて表情を固くした。
ドールだとは到底思えなかった。
今までのドールとは根本的に違いすぎた。
「人間っていいな」
その後、106号がぼそりと呟いたのが面白かった。そんな歌詞の歌があったよな、と幼い頃の記憶が少しだけ蘇った。
そこで俺は重大なことに気が付いた。
「ってか、飯とか食べて平気だった?!実はドールにとって毒なものってあったりするのか?!何も気にせずに食わせちまった!」
俺がわたわたしていると、106号はジトッとした目でこちらを見てくる。
「ドールは人間より遥かに頑丈にできてる。何なら、食事は取らなくても死なない。ほら、傷も塞がってきてるだろ」
そう言って106号は腕の傷を見せてきた。
たしかに傷が塞がりつつあった。
「それよりも、自分の心配をしたほうがいい。敵を自分の家につれてくるなんて、阿呆にもほどがある。仮面を奪うかもしれないだろ?」
「あぁ、それは大丈夫。ベマとはちょっとケンカしちまって、今違う空間にいるらしいから」
あ、ベマってのは仮面のことな、と俺は付け加えた。
ベマは俺が薬局に出かける前に出ていってしまった。かれこれ3回目のことなので特別驚きはしない。
「仮面と、ケンカ?」
106号は怪訝な顔をした。
「お前のこと助けたのが気に食わないんだとさ。しばらく実家に戻らせていただきますとか言っちゃって、ほんとどうしようもない。だから俺はしばらく変身できない」
本当は、ドールと同じ空気など吸いたくないとまで言っていたけれど、それは106号に伝えるべきではないと判断した。
「お前も仮面も、理解不能だ。そもそも、変身できないことまで俺に教えてどうする。ここぞとばかりにお前のこと殺すかもしれないだろ?」
「いや、それはない。お前らの目的はベマの破壊だろ。俺への攻撃じゃない」
それは今までの戦いからも、そして、仮面を破壊された先輩ヒーロー達を見ても明らかだった。
俺が知る限りでは、仮面を奪われた際に負傷したヒーローはいても、大怪我をしたり死んだ者はいなかった。
「甘いな。お前を人質にして、あの仮面が現れるのを待つかもしれない」
「ふふ。ベマを見くびらないほうがいい」
俺は一息置いて言葉を紡いだ。
「あいつは、俺がダメなら他を探す。きっとそんな気がする」
そこで106号は小さくため息をついた。
「、、、新しい主を一から探すのは厄介だ」
「だろ?だからさ、傷が完全に治るまではここにいて」
その後のことは何も考えていなかった。このときはただ、このドールともっと分かり合いたいという気持ちしかなかった。
106号は渋々うなずいた。
「はぁ。どうだ?捕虜を手に入れた気分は」
「捕虜?お前が?」
俺は目を見開いた。そんなつもりは全くなかった。
「それ以外に誰がいる」
「捕虜はやめてくれよ。俺さ、アーリートワイライトマンになってからの半年、ドールについて全然知ろうとしなかったんだって反省したんだ。だからさ、その」
俺は一息置いて言葉を紡いだ。
「友達にならないか」
別に告白でもなんでもなかったのに、妙に心臓が高鳴った。冬だというのに暑い気さえした。
それに対して、106号はきょとんとした顔のまま、首を傾げた。
「、、、トモダチってなんだ?あれか、性的な欲求を満たす相手か?俺は生殖器は持ち合わせてないから相手できないが」
「!!バカなの?!なんで友達はわかんなくて、そういう欲求とか知ってるの?!何なの?!」
俺はバクバクしている心臓を宥めながら、106号に友達の定義を説明した。
「バカバカしい。俺はドールで、お前はヒーローだ。意味がわからない」
「お前ただのドールじゃないだろ。感情があるし、すごく人間らしいなって思った」
見た目が綺麗すぎる以外は、本当に人間のようだった。知識に偏りはあるものの、そんなことは個性の一言で片付く。
「感情がある?俺に?ありえない」
「他のドールとは違いすぎる。お前となら、もっと互いのこと話せそうな気がするんだ。何か良い解決策が見つかるかもしれない」
「解決策?」
106号が眉をひそめた。
俺は今までに考えてきたことを106号にぶつけた。
「俺は普通に誰かのために役に立ちたいだけなんだ。ドールと戦いたいわけじゃない。お前らも、普通の人間は傷つけないようにして行動してるだろ?ってことは、俺達が和解すればいい話じゃないのか」
「そんな簡単な話だったら、とうに解決してる。お前も知っての通り、仮面の確保が俺たちの任務で、それ以外に俺たちに存在意義はない」
106号は頑なに譲らなかった。
いや、彼らの製造理由は本当にそれしかないのかもしれない。
それでも、この106号が何かのきっかけになるような気がしてならなかった。
「そんな簡単にはいかないよな。まぁ、今日はゆっくり安め。俺も早く怪我治したいし」
「嫌だ、と言いたいところだが、目覚めてからダークムーン様との通信が途絶えてしまった。不本意ながら、世話になる」
聞けばさっき起きたての頃に動揺していたのは、ダークムーンと繋がらなくなってしまったからだと言う。
俺は内心でガッツポーズをした。
そのまま繋がらなければ、しばらく一緒にいられるのではないかと。
「そう言えば、お前どこで寝るんだ?この寝床、お前のだろ?」
106号は床に敷かれた布団を指差した。
「俺は隣の部屋で客用の布団で寝る。あ、そうそう、自己紹介忘れてた。俺、碓氷耀っていうんだ」
「ウスイ ヒカリ、か。俺は知っての通り106号だ」
俺は腕を組んで考えた。
「106号ってちょっと言いにくいよな。トー、、あ!わかった、お前のこと、トオルってよんでいいか?」
我ながら良い呼び方だと思った。
「トオル?なんでだ?」
「10と6だからトオル。語呂合わせってやつだけどさ」
「トオルか。わかった」
こころなしか、106号改めトオルが嬉しそうに口元を緩めた気がした。
瞬きしたら元に戻っていたので、見間違いだったかもしれないけれど。
「勝手にいなくなるなよ、トオル。おやすみ」
「、、、おやすみ」
こうして、俺とトオルの生活が始まったのだった。




