9話 最高傑作
黒い光と共に現れたのは、全身黒っぽい服装の華奢な若い女だった。
白磁器のような白い肌にパッチリとした大きな黒い瞳、細く筋の通った高い鼻に、ふっくらとして鮮血を塗ったかのような唇、艷やかなふわりとした黒髪をポニーテールにした、ドールだった。それは転移陣を使ったことだけでなく、黒いショートパンツからスラリと伸びる太ももに、黒い三日月のタトゥーが入っていることからも明らかだった。
「弱点、熟知してるでしょう?」
女は鈴の転がるような声でそう言うと少し目を細め、口角を上げた。
アーリートワイライトマンは、目を見開き、口をパクパクさせることしかできなかった。
「、、、俺の負けかもしれない」
《勝手に負けないでください!確かに耀のスマホに入ってる美人画像を総合するとこんな感じd》
"言わなくていい!"
「だが、屈しない!お前は誰だ?なぜ戦闘空間に入ってこれたんだ?!」
アーリートワイライトマンは戦闘に入ってからずっと違和感を覚えていた。今発した疑問だけでなく。
それが何なのかわからず、彼女と隣の418号を凝視した。
重大な何かを見落としている気がしていた。
「私は417号。転移陣は貴方が使っているものを参考に、ダークムーン様が再構築したもの。私たち以降のドールには基本装備される予定」
耀は衝撃を受けた。自分しか使えないと思っていた転移陣をドールが使いこなしてしまうなんて、と。
「ダークムーン有能か!くそっ、こんな時に二人を、しかも人型を同時に相手するなんて!」
人型のドールは他に比べて強く、何と言っても戦いにくかった。人の形をしているものに攻撃するのが精神衛生上非常によくなかった。
「おとなしく倒されろ。命は取らない。仮面だけ置いていけ」
418号はそう言いながら拳で地面を殴った。地割れがアーリートワイライトマンを襲うものの、スレスレで躱した。
「それはできない。俺はラストヒーローなんだ」
「そう、あと一人。あと一人で我々の使命は果たされる」
417号と418号はほのかに笑みを浮かべた。
そこでアーリートワイライトマンは気がついた。
「お前ら、笑ってる、、、?!」
ドールは感情を持たない。
故に、笑ったりしないはずである。
そんなドール、今まで見たことなど、、、そう考えた瞬間、アーリートワイライトマンは右の側頭部を抱えた。
ズキンと鈍い痛みが走ったのだ。
「っ!!」
一瞬よろけたアーリートワイライトマンに、418号が言葉を発した。
「俺たちは進化している。お前たちが想定するよりもずっとな」
「そうだとしても、俺は負けられない!」
アーリートワイライトマンはズキズキと痛む側頭部を押さえながら言った。
そして、無理くりに光の弓と矢を作り出し、矢を放った。この前と同じ必中矢である。
417号は、それに臆することなくゆっくりと口を開いた。
「"お前がいなくても、世界は回る"」
アーリートワイライトマンは目を見開いた。
その言葉が、脳裏に隠されていた声で再生された気がした。
気が散ってしまったためか、光の矢は消失してしまった。
「ちょっと待って、その言葉、なんで」
アーリートワイライトマンは吐き気をもよおすレベルの頭痛と闘っていた。誰かが脳味噌を無理矢理こじ開けようとしているような痛みが頭全体に広がっている。
「私達は、使命を果たす」
そう言いながら417号が放ったのは"黒い玉"だった。
アーリートワイライトマンが避けた先にあったコンクリート片が、跡形もなく消滅した。
「なぜ、その技を?お前、まさか。いや、そんなはずは」
アーリートワイライトマンは気力を振り絞って弓を引き続けたが、なかなか当たらない。激しい頭痛は悪化の一途を辿っていた。
《耀、何をやってるんです?!なぜ当てないんです?!さっきのように必中矢を放てばいいでしょう?!》
ベマの口調がいつもよりもキツく感じられた。
「駄目だ、やれない。あいつは、あいつは、、、!違う、あいつは、死んだんだから」
錯乱するアーリートワイライトマンは、がむしゃらに光の矢を放った。
◆
グスッという鈍い音が417号の耳に届いた。崩れ落ちる、目の前の大きな背中。
光の矢の一本が、418号の左胸に突き刺さった音だった。
軌道の先に居たのは417号。つまり、彼女を庇ったのだ。そのまま418号は地面に崩れた。
「418号!!!」
417号はすぐさまに418号の大きな体を抱きかかえた。
「なぜ、、、?!なぜ庇った?!」
「ダークムーン様から、命じられていた。最高傑作を、417号を、守れと。あいつを倒すのは二の次」
「そんな。そんなはずは」
417号は素手で418号の止血を試みるが意味をなさなかった。黒いタンクトップにぬめりとした赤がしみこんで湿っていく。それと同時に417号の真っ白だった手はみるみるうちに赤黒い液体にまみれた。
「止まらない」
417号の瞳が焦りで揺れた。
彼女にはたくさんの知識がインプットされていたものの、重傷を負ったドールの処置法はわからなかった。
"ダークムーン様、どうか応えてください!このままでは、418号が、、、"
通信機能を使ってダークムーンに呼びかけるものの、しばらく応答がなかった。
"41、、、大、、、この、、、さい"
ようやく繋がった通信は激しいノイズにまみれ、その声はほとんど聞き取れなかった。
「ダークムーン様!ダークムーン様!」
取り乱す417号の手に、418号の大きな手が重なった。
「オレ、今、悪くない気分なんだ。そうか、これが、、、」
そう言い残して418号は黒い光の粒となって消えていった。
その瞬間、417号の手を染めていた色は綺麗に消え失せた。
「あぁ、あぁ、あぁぁぁぁぁ!!!!」
そう叫んだのは、少し離れたところにいたアーリートワイライトマンの方だった。彼はくずおれて、頭を抱え始めた。
「俺が殺したんだ、俺が、俺が」
「、、、」
動揺する417号が見つめているのに気が付かず、アーリートワイライトマンは続けた。
「許してくれ!俺はもっとお前と一緒に居たかったんだ。あの時、お前になら殺されてもいいとも思ったんだ。それなのに」
「何の、話をしている?」
417号の声はアーリートワイライトマンには届いていなかった。彼は、あぁ、あぁと小さく唸り続けていた。
突如、アーリートワイライトマンは静かになり、ゆっくりと顔を上げた。
417号と目が合った。
仮面越しのその瞳を見た瞬間、417号は自身の心臓がトクンと跳ねたのを感じた。
「ごめん、死なせてごめん、106号」
そう言い残し、アーリートワイライトマンは気絶した。




