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第21話 マリッジブルー

 ついに決まった。

 何が?

 結婚式の日にちだ。

 誰の?

 私とクライド様のだ。


 先日、私はその事をクライヴ・クロフォード公爵閣下から伝えられた。


 そもそもなぜあの婚約発表から日を置かずに即結婚――なんてことにならなかったからというと、いろいろ根回しをするためだ。由緒正しい公爵家の跡継ぎ様と、どこかから連れてきた得体のしれない女こと私が潤滑に結婚するための根回し。


 結婚式の日が決まったという事は、その根回しがもう完了したということでしょうね。ほんと、公爵閣下のご苦労が偲ばれるわ。


「それにしても結婚かあ……」

「良かったじゃん。もう不安に思うこともないでしょ。これであんたは正式に次期公爵のご婦人様だよ」

「そうは言うけどねえメリンダ……」

「なに? まさかこの期に及んで嫌とか言わないよね?」


 もちろんクライド様の事は好きだ。

 私を大切に思ってくださっているし、信じられる人だ。

 だからこそ私も花嫁修業を頑張ってきたのだ。


 でも“結婚”という言葉がリアルに突きつけられると、それはまるで実感をともなわない夢物語のようで、私の現実が今どこにあるのかわからなくなる。


 だってつい一年程前の私は、結婚なんてできると思っていなかった。

 傭兵をして稼いで、一人でほそぼそと生きていく覚悟を決めていた。

 そんな私が結婚……! うん、やっぱりリアル感ないわ。


「あー、つまりエリカ。あんたはその……嫌ではなくて結婚が不安?」

「うーん、まあそうなるかしら?」

「はあ……、あんたそれマリッジブルーってやつだよ」


 マリッジブルー? 聞き覚えのない言葉に対してきょとんとした表情を浮かべた私のことを察して、メリンダはざっと説明してくれた。なるほど。うん、今の私はまさにそんな状態ね。


「灰色の次は青かあ……」


 我ながら色とりどりな女だ。でも仕方がないじゃない。結婚するのが初めてどころか、恋愛するのが初めてなんだから。ビギナーは道に迷う者でしょ。ね、そうでしょ?


「あー、今のうちに旦那に不満ぶつけとく?」

「別に不満を抱いているわけじゃないですし、クライド様忙しそうですし……」


 クライド様は最近、オスカー殿下とよくお会いになっているようだ。お二人は昔から仲の良い友人であられるみたいだし、とくに心配はしていない。何かお仕事の話でしょう。私が首を突っ込んでもしょうがないわ。


「じゃあ結婚前にパーッと遊ぶかい?」

「そういう軽率な事をできる立場じゃないのよ私は……」


 メリンダの気持ちは嬉しいし、そうしたい気持ちはあるんだけど、公爵家のお金で飲み歩いたりしたら周囲から何を言われるかわからないわ。シェリル様は「たまにはハメを外したら?」なんて言って下さるけれど、ここは自重したい。


「となると――」



 ☆☆☆☆☆



 クライド様に不満をぶちまけるでもなく、遊び歩くこともないとなると、結局残された選択肢はお散歩するくらいしかない。他の貴族らしい気晴らしも知らないしね。ちなみに知り合いに会いたくないから場所は王都ではなく郊外よ。


「若奥様はお金のかからないことで」

「まったくね。自分でもそう思うわ。……ってメリンダ、その若奥様って呼び方は何?」

「来週にはそうなるからね。練習よ練習。こうするとあんたも実感湧くんじゃない?」


 うーん、どうだろ?

 自分の中で若奥様と私が結びつかな過ぎて、そうでもない感じかな?


「だいたい何も不安になることないでしょ。男も女も大抵いつかは結婚すんの」

「でもそれは物語の中だけのような気がして……」

「何言ってんの。あんたの両親だってそうだし、普通のことでしょ」


 普通。普通かあ。そうなのかな?


「でもそう言うメリンダだって結婚したことないでしょ?」

「私? いや、私はあるよ」

「ほらやっぱり――え?」


 え? メリンダって既婚者だったの?

 そんな話聞いたことないんですけど。


「十五で結婚して、一ヵ月で離婚して、故郷にいられなくなってここに来た」

「そんな事、今まで一度も言わなかったじゃない!」

「いちいち言うもんでもないでしょ? それくらいありきたりってことよ。あ、あいつ……」


 あいつ? 疑問に思ってメリンダが指した方を見ると、聞き覚えのある高らかな声と共に、今会いたくない人トップスリーに入りそうな人物が現れた。


「見つけましたわよデカ女!」

「……ごきげんようグローリア様」


 今日も元気に髪の毛がロールしていらっしゃる、グローリア・グラッドストンお嬢様だ。


「まったく、探しましたわ!」

「えーっと、なぜ私をお探しに?」

「決まっていますわ! 下賤な出のあなたがそろそろ自分の分不相応さに気がついて、クライド様の婚約者から降りる頃ではないかと思いまして。オーホッホッホッ!」


 うっ、適当に言っているんでしょうけど微妙に今の心境に突き刺さる言葉だ。


「残念ながらグローリア様、もう結婚式の日取りも決まりましたの。お祝いをお待ちしておりますわ」


 努めて冷静に。努めて笑顔で。私はノエルから学んだ、貴族流の皮肉を精一杯かましてみる。どうよ!? その言葉を受けたグローリア様は不敵な笑みを浮かべて――、


「あらご結婚? クライド様の隣に立てる(うつわ)も実力もないのに?」

「実力? それは魔法の事を仰っていて?」

「もちろん」


 やっぱりそうきたわね。

 私は「わかりました」とうなずいて、近くにある岩を指し示す。


「今からあの岩、私の魔法で破壊してみせましょう」

「……? あなた正気かしら? 下賤な出のあなたがあの大岩を? デカ女は頭の動かし方を忘れたのかしら?」

「ご覧いただければわかるかと」

「私の魔法の実力を知ってそれを仰っているの? 不正を働けばすぐにわかりますわよ?」


 グローリア様の魔法の実力は、クライド様が一目置くほどだ。だから私の代わりに誰かが魔法を使えばすぐに見抜ける。彼女はそう言いたいんでしょうね。

 けれど私はハナから不正なんてするつもりはない。私は集中して、右手に魔力を集めていく。思い出しなさいエリカ。クライド様とのマンツーマン特訓を!


「水の女神よ――《(みず)(やいば)》!」


 私の右手に大気中の魔力が水となって集まる。そして右手を岩の方へ振り下ろす。するといくもの水でできた刃が飛んでいき、大岩に当たる。


(どう……?)


 一瞬の静寂。けれど次の瞬間、バキリと音を立てていくつもに裂かれた岩が崩れ落ちた。

 これぞ私が学んだ魔法の一つ。水属性の《水の刃》だ。その名の通り水で形成された刃を飛ばす魔法で、切断能力が高い。けれどその反面コントロールは難しいわ。上手くいって良かった。

 私はドヤ顔でグローリア様を見ると、彼女は口をあぱーんと開けて固まっていた。


「これでよろしいでしょうか? さすがに同程度は無理ですが、私だって練習をしてこれくらいできるようになりましたわ」

「……す」

「す?」


 すって何かしら? 調味料?


「素晴らしいですわ!」

「――!?」


 突然大声を上げたグローリア様が、私の両手をガシッとつかむ。その圧に押された私は、思わず尻餅をついてしまった。


「素晴らしいですわ……えーっと、エリシアさん?」

「エリカです」

「そう、エリカさん! これまでの私の数々のご無礼お許しくださいまし」


 あれ? 私の想像だと憎まれ口の一つ二つかまして逃げていくグローリア様だったのだけど?


「あなたのような生まれで、しかもこの短期間であれほどの魔法を習得するなんて素晴らしいですわ!」

「あ、あはは……クライド様の教え方が上手で……」

「さすがはクライド様がお認めになった方! 私ったら婚約を破棄された悲しさのあまり現実が見えていなかったようですわ。しかし認めましょうその胆力、認めましょうその信念!」


 私の手を離したグローリア様は、今度は演劇のように大袈裟に手を振って語り出す。


「この一年余りで礼儀作法を学び、ダンスを学び、乗馬を学び、そして魔法まで! よもや下々の方にこれほどの才覚が埋もれていようとは! 私は認識を改めなければいけませんね。結婚式、もちろんお祝いにかけつけましょう! それではごきげんよう」


 言いたいことは終わったのか、グローリア様はまるで嵐のように従者を連れて立ち去って行った。……というか、結婚のお祝い云々ってただの煽りだったんだけど、まさか本気でいらっしゃる?


「良かった……のかな?」


 グローリア様はきっと間違った選民思想で平民を軽んじていた。それが間違いだったと悟ったみたいですし、良いか悪いかで言えば断然グッドだ。


「あのお嬢様、どうしようもなく傲慢だしワガママだし偉ぶるし変な髪型だし人使い粗いし迷惑千番だしうるさいしおまけにバカだけど、根っこのところから悪いやつじゃないのかもな?」

「そうね」


 不安はあるかないかで言えばある。でも何か問題が一つ片付いた気がして、私はメリンダの言葉に静かに同意した。


読んでいただきありがとうございます

ブクマ、☆評価いただけたら投稿継続のモチベになります

もうすぐ完結です

よろしくお願いします

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