閑話 彼とお家の事情
今回はクライド視点です
俺の名前はクライド・クロフォード。父は王国貴族であるクライヴ伯爵であり、つまり嫡男の俺は次期公爵だ。そしてその家名にかまけず、研鑽してきた魔法の腕は同世代で最高峰と謳われ、特に火属性の魔法に関しては負ける気がしない。
そのうえ若き日は容姿端麗で高名だったという父と歳を経てもなお美しさを保つ母から受け継いだ顔立ちは、かなり整っていると言われる。
夜の闇に例えられる黒い髪に紅玉の様だと言われる真紅の瞳。そこに家柄と才能があわさっているのだから、自分で言うのも恥ずかしいが天は俺に二物も三物も与えてくれたのだと思う。
――けれど、そんな俺が手にしていないものがあった。
語るまでもない。俺を見れば皆その事を指摘する。そう、それは身長だ。
同世代と比べて頭一つ二つ、もしかしたらそれ以上低い身長。
天は俺に唯一体格だけは与えなかった。
俺は待った。ひたすらに待った。
待って待って待って待ち続けた。成長期を。
成長期さえくれば、俺も人並みの体格を得ることができるはずだ。
そう願い続けていた。
――しかし現実は無常だった。
周りが成長期でぐんぐん背が伸びる中、俺の背はほとんど成長せず、むしろ周囲との体格の差はぐんぐん開いていくばかりだった。気がつけば俺は、十七歳になっていた。
「ごめんなさい」
同じく小柄な母から何度か謝られたことがある。
きっと母は自分の血によって俺が小柄で誕生したと考えていたのだろう。
俺はそんな母を心配させまいと、体格を言い訳にせず様々なことを頑張った。
世に名の轟く魔法の使い手となったのは、それが理由でもある。
そんな小柄な俺だが、志は高いつもりだ。
常に国や民のことを想い、立場ある者の責任とは何かと自身に問いかける。
もし将来伴侶を迎えるならば、両親のように仲睦まじく過ごしたいのは当然ながら、そのような志を共に体現できるような女性をパートナーにしたいと考えていた。
――が、とある事情により俺の婚約者となっていたグローリア・グラッドストン侯爵令嬢はそのような存在とはまるで正反対の人物だった。
彼女はどうも性格に難が――いや、既に婚約を解消した相手を悪し様に言うのはよそう。彼女とて根っこの底から邪悪な人物かと問われれば、決してそうではないのだから。
ともかく俺は紆余曲折の果てにグラッドストン家との婚約を破棄し、新しくエリカ・エリントンを婚約者として迎えることになった。
婚約者を捨てた男という誹りは甘んじて受けよう。だが、俺には領民や立場ある者の責任を捨てることができかった。それだけだ。
きっとエリカとなら、志を体現することができる。
何より彼女は俺とは大きく体格が違うがその……、可憐だ。可愛らしい。見ていて飽きない。血筋ではなく精神性に気品もある。彼女の美点なら即座に十や二十――いや百は思いつく。
今日はこれから彼女の素晴らしさについて述べようと思う。まず最初に――ああ、待ってくれ! 俺はまだエリカの可憐さについて話し足りないんだ! いや、ほんと待って――。
☆☆☆☆☆
「――で、間違いないのか?」
「ああ、そうともさクライド! 王家の――というよりも僕が個人的に組織した諜報部隊が無能の集まりだと思うかい?」
目の前に座る俺の親友にして幼馴染、そして将来は仕えるべき相手でもあるオスカー・オークス第一王子殿下は自信満々にそう言い切った。
「間違いない。睨んでいた通りドラモンド公爵だ。そしてその意を受けたアビントン商会。彼らの仕業だ」
「……結論付けた理由を聞こうか?」
「グラッドストン家を襲撃して君が破壊した魔錬人形。あれのコアの固有魔術反応が、アビントンの扱っていたものと一致した。そしてそれの出所をたどれば、ドラモンド公お抱えの職人にたどり着く」
「……随分とまあ、杜撰じゃないか?」
「だね。アビントンは盗難を主張しているし、もちろんドラモンド公は関与を否定している。職人の弟子が一人関与の自白と遺書を残して失踪したという言い訳はあるけどね」
杜撰だ。あのドラモンド公がそんな単純な手段に出たとは思えない。しかしオスカーの手の者が見誤ったとも思えない。
「アビントンは借款によって多くの貴族を取り込んでいた。夜会を襲撃――ましてや魔錬人形を持ち出す危険性を冒したのはどういうことだ?」
「そもそも魔錬人形が破壊されることを想定してなかったんじゃないかな?」
「……は? どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。知っての通り襲撃者は警備の中にも入り込んでいた。つまりグラッドストンが杜撰な人選と警備体勢をひいている事を知っていたのさ。そんな相手簡単に方がついて、魔錬人形は万一の切り札か逃走用。それが現場判断で出撃し、あまつさえ撃破された」
なるほど。グラッドストンの杜撰さにある意味油断し、そして俺とエリカの抵抗に焦ったということか。それなら合点がいく。
「それで狙いは?」
「もうわかっているだろう? 狙いは――」
オスカーは真面目にニヤけるという器用な表情をしてみせて、右手の人差し指で俺を指す。
「――君だよクライド。目的は……まあ君を消して病弱な君の父上をどうにかすれば、外から養子なりでクロフォード家を牛耳れるだろうからね。考えても見たまえ、あの一件以来、クロフォード家の回りでいくつの事件が起きた?」
「父上に対する襲撃が七件、母上に対して三件、屋敷に対しては四件、そして俺に対しては十三件だな」
ドラモンド公と競馬場で対決した際、競馬場近くの茂みで不審な人物を父上に仕える執事が確保した。どうやら魔法で俺の馬を狙い、落馬させようとしていたようだ。
「だろう? 例の婚約発表、その席でも不審な人物を捕まえたと言っていたね?」
「ああ。エリカの護衛であるメリンダが開始前に捕縛した」
「か、彼女か……ふーん、ちゃんと仕事はしているんだねえ……」
謎に冷や汗をかきながらオスカーは続ける。
「一連の襲撃の事、君の愛する婚約者には?」
「一切伝えていない。貴族同士のゴタゴタで、平民出身である彼女が心を煩わせる必要はない。必ず俺がケリをつける」
「ふーん、ま、君がそう言うのなら僕も黙っているけれど」
「頼む」
その為に彼女の目につかない所でノエルやメリンダに片づけさせているんだ。優しい彼女が知る必要はない。
「で、ドラモンドとアビントンの処遇は?」
「もう動いているよ。反乱を誘発しないように、手足をもいで、確実にね」
オスカーはそのハンサムな顔に変わらず笑みを浮かべている。幼い日からこいつを知っている俺は、こいつが慈悲深い事を知っている。けれど同時に、恐ろしい事も知っている。
「ところでクライド、君は婚約者にきちんと愛していると伝えているかい?」
「ん? なんだよ藪から棒に」
「いやなに雑談さ。君の素敵な婚約者、決してとられないようにね」
「言うまでもない」
☆☆☆☆☆
「おお、帰ったかクライド」
「父上?」
屋敷へ帰ると父上が出迎えてくれた。
こういう場合、必ず何か用事がある。
「そろそろ頃合いだと思うのだが、どうだろうか?」
「頃合いって、何がですか?」
「何が? 決まっておる。結婚式だ!」
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