第20話 灰色の感情②
「はあ……」
いつもは輝いて見える王都の街並みが、色あせて見える。
見慣れたからか――いいえ、それはきっと私のメンタルによるものだ。
私の心は灰色だ。だから景色もこうやって灰色に見える。
「ほらエリカ、そんなに落ち込んでいないでさ」
「落ち込んでなんかいないわよメリンダ。ただ……」
「ただ?」
――ただ、不安や焦りが募るばかりで、嫉妬が心の中に溢れる自分が嫌なのだ。
彼女が心配してくれている気持ちもわかる。元々相談したのは私だ。彼女は彼女の立場で友人の私に気を使ってくれている。それでなんとか――ハリボテ令嬢としての振舞いはできている。
例えば往来を行きかう顔見知りのお貴族様に会釈をし、メリンダ以外に付き添ってくれている使用人――年若いメイドなんかに行き場のない苛立ちをぶつけないでいる。
彼女が繋ぎ止めてくれているそのタガがいつ外れるのかわからない。わからない自分が怖いし、どうしようもなく不安だ。
「はあ……」
「溜息なんてついてどうしたんだいお嬢さん?」
「……へ? あ、あなたは、で、で、殿――」
「しーっ! 静かに!」
突如私の目の前に現れたのは、仮面で目を隠した明らかに怪しい人物。
白昼堂々こんな仮面をつける人間、二人といたらたまったもんじゃない。
この国の第一王子――オスカー・オークス様その人だ。
「――! 出たな仮面の変質者!」
そんな殿下に私が何かを訊ねる前にメリンダが叫ぶ。
手には槍を構え……って、どうしたのこの子!?
「えーっと……、エリカ嬢の従者さん? 僕に何のご用かな?」
「生憎私は負けたままではすまない性分でねえ」
「ええっ!? 君は僕の正体を知っているよね!?」
「問答無用! ここで捕らえたらただの変質者よ!」
……んな無茶な。襲い掛かる一歩前の猛獣のようなメリンダを前に、殿下は私に助けを求めるジェスチャーをする。
「メリンダ、話が進まないから今は控えてちょうだい」
「……ちぇ。エリ――お嬢様がそう言うのなら致しからありません」
メリンダともそこそこ長い付き合いだけど、不敬罪とか怖くないのかしらこの子は?
「それで、殿――仮面の御君はどうしてこちらへ?」
「君の溜息が聞こえたから――というのは冗談で、たまにこうして目立たないように視察しているのさ。施政者として生きた民の声を聞きたいからね」
その仮面をつけた方が目立つというツッコミは野暮かしら? でも不思議と皆、殿下をスルーしている。もしかしたらこの仮面は、なにか魔法的な力が働く宝物なのかもしれない。
「君はどうして溜息を?」
「その……クライド様に愛されている自信が無くて……」
「おや? それは意外だねえ。話してみてごらん」
「実は――」
殿下にこんなことを相談するのも不敬だと思ったけれど、不思議と話して見たくなった。ノエルについてのどうこうをかいつまんで話すと、殿下は「ふむ」と唸った。
「君はノエルの事が嫌いなのかい?」
「嫌いなんてそんな……!」
私にいろいろな事を教えてくれ、良き相談相手になってくれたのはノエルだ。感謝はすれども嫌いになんてなれっこない。
「ハハハ、ごめんごめん。いじわるな問いかけだったね。君がクライドの事を好きだというのはよくわかったよ。クライドも果報者だな」
「ですがその好きだという感情が暴走して、こんな醜い嫉妬心を抱いてしまっています……」
恋は人を変えると言う。良い方向にも悪い方向にも。もしかしたら私は、悪い方向に変わってしまっているのかもしれない。
「嫉妬も決して悪いことではないよ。他者に負けて悔しいと思う気持ちは、人を成長させる」
「でもこの気持ちはクライド様のお心を縛るものでは?」
「そうかもしれないね。けれど君は彼の婚約者だ。そう思うのは間違いではないじゃないかな?」
間違いではない。そう言われても私の心は晴れない。なぜなら私は、グローリア様という前任を押しのけてクライド様の婚約者という立場におさまっているからだ。
彼女のことがあるから、もしかしたら私も婚約を破棄されるんじゃないか。そうやってクライド様を信じることができない自分が一番嫌になる。
「一つ君にアドバイスをしよう。悩んでも答えがでないことはあるものさ。人一人の思考には限界があるからね。そういう時は直接聞いてみるものさ」
「直接って……クライド様にですか?」
「今回の場合はノエルにかな? クライドがノエルに笑顔を見せる理由を彼自身はわからなくても、向けられるほうは案外理解しているものさ。恋愛で大事なのは、心の迷宮に囚われないことだよレディ」
「心の迷宮……。ありがとうございます殿――仮面の御君。おかげで気持ちの整理が――あれ?」
お礼を言おうと思った。けれどもう殿下の姿はなかった。メリンダも「一瞬で消えた」と言っていた。相変わらず不思議な王子様だ。
☆☆☆☆☆
「ノエル、聞きたいことがあるの」
「はい、なんでしょうかエリカ様?」
それからすぐに帰宅した私は、殿下のアドバイスに従ってノエルに訊ねていた。
「クライド様は使用人の中で、ノエルにだけ笑顔を向けていると思うの。それってもしかして……彼はノエルの事が好きってことなのかしら?」
「好きとは男女の仲という意味の好きで間違いありませんか?」
「もちろん」
「……仮にそうだとしたら、エリカ様はどうされますか?」
「その……本当は潔く身を引くって言いたい。けれど無理! クライド様の事は好きだし、ノエルに負けないようにがんばりたい!」
勝ち目はないかもしれない。けれど勝つしかない。
そう思いたいだけの何かが私の中にはある。それがきっと好きだという感情。
しつこい女かな? 嫌われちゃう? いいえ、身を引くというには――全て諦めてしまうにはあまりにも早すぎるわ。だってこれは私が初めて知った恋なのだから。
私の決死の宣戦布告を聞いたノエルは、きょとんとした顔をして、次に「フフ」と噴き出した。彼女には珍しいタイプの笑みだ。
「失礼しました。大丈夫、ご安心ください。私とクライド様がそういった関係になることはありえません」
「ありえない? どうしてそう言い切れるの?」
「なぜなら私とクライド様――あの子は、叔母と甥の関係ですから」
叔母と甥……?
それってつまり……血縁ってこと!?
でもそれにしては年が近すぎないかしら?
「普段は秘密にしておりますが、私は先代のクロフォード公爵の娘なのです。つまり、クライヴ様とは兄妹の関係になります」
「……妹? それにしては年が離れてない?」
「先代はお盛んなお方で、沢山の妾がおりました。その中の一人が私の母です。私は先代が亡くなる少し前に生まれましたので、クライヴ様よりもクライド様やエリカ様に年が近いのです」
なるほど、それで……。
当代のクロフォード公爵であるクライヴ様の愛妻家っぷりを見ていると、先代がそんな人物だったなんて信じられない話だわ。けれど嘘を言っている風には見えない。
「そういった事情もあり、私は当家でメイド長を勤めております。しょせん沢山いる妾の子ですので、一介の使用人という立場ですね」
「その事をクライド様はご存じで……」
「ええ。幼い頃より、私の事を姉のように慕ってくれています。ですからクライド様が私へ向けているのは、奥様に向けるのと同じような家族への笑顔ですよ」
思わずほっとした表情をした私を見たノエルは、もう一度微笑んで言葉を続ける。
「そして、異性に向けての笑顔をされるのは、エリカ様をおいて他にはいません。この私が保証いたします」
「そ、そうなんだ……ウフフ。ごめんなさいねノエル、変な事を訊ねてしまって」
殿下の仰せになった通りだ。一人で悩んでいても答えなんて出ない。いっそのこと直接聞いてみれば、案外こうやって「なんで悩んでいたんだろう?」と思ってしまうような事実が明らかになる。
「クライド様はそういった事情をご存じですので、こと婚姻ということにある種の理想と願いを抱いておられます。ご両親――当代のクロフォード公爵ご夫妻のように仲睦まじく、そしてそれを超えて領民をより良く導けるようなパートナーをお探しでした」
そして彼は、貴族としての精神やあり方をあの夜会で戦う私に見た。
「それがグローリア様との婚約を破棄してまでエリカ様をお選びになった理由。そして僭越ながら、私自身がこれから二人に築き上げてほしいと思っている理想でもあります」
勉強した今、私もその理想の片鱗くらいならわかる。そして平民出身の私は、その理想が真に民の幸せを願っているものだとわかる。そんな理想を抱くクライド様を素敵に思う。そしてそれを支えたいノエルの事も。
「わかったわ、ありがとう。また私も相談にのってもらおうかしら?」
「このノエルでよろしければいつでもどうぞ。微力ですがお力添えさせていただきます」
私は身体が大きい。それなら身体だけでなく、器も大きくありたい。
私の心を覆っていた灰色の感情は、いつしか気持ちの良い青空のように吹き飛んでいた――。
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