ジュリアの王宮掃除1 9
いつものように、お茶を煎れてシャインさんを起こしに行くと。
「ジュリア。今日は悪いんだけど一緒に魔法省まで来てくれないか?」
「魔法省ですか?」
「頼みたい事があるんだよ」
「ですが、お屋敷のお仕事はどうしましょう」
「できる範囲で構わないよ」
などと言われてしまった。
少し渋っていると。
「出張手当つけるからさ」
——と。
出張手当か。
この先の未来を考えれば、貯金は多いに越した事ないしなぁ。
「分かりました」
「良かった。半日もあれば終わるからさ」
魔法省へ行くのは、兄に引っ張られて行った日いらいだ。
☆
メイド服にフード付きマントを羽織って、私はシャインさんと一緒に馬車へ乗った。ノワール伯爵が不思議そうに私を見る。
「ジュリアも行くのかい?」
「はい。シャインさんに頼まれました」
ノワール伯爵が目を細めてシャインさんを見る。
「シャイン。彼女は男爵家から家事手伝いとして雇い入れている。分かってるな?」
「分かってますよ。危ないことはさせません。少し掃除を手伝ってもらうだけです」
「個人的な仕事を手伝わせるのは、賛成できないがな」
「彼女でないと出来ない仕事なんですよ」
伯爵が私を見て、軽く目を瞬かせた。
「ジュリア。君はモンテール家で雇われている。シャイン個人の使用人ではない。嫌なら断りなさい」
——ああ、これって心配してくれてるんだよね。
「大丈夫です、ノワール様。半日で終わるらしいですし」
私が笑って答えると、彼は小さく息をついた。
「シャイン。危険に晒したら、彼女はお前付きから外す」
「だから、危険はないですって」
「最近の城内は安全と言えるか?」
「……安全を保持する為に、ジュリアに手伝ってもらうんです」
なに?
こういう会話を私が聞いてていいのかな。
最近のケイデンス城って、そんなにデンジャラスなの?
シャインさんは、ふっと息を吐くと黒眼鏡を外して私を見つめた。
美しい御尊顔が近いのは、ちょっと心臓に悪いよね。
「ジュリア。城内では僕の側を離れないでね」
「えっ……畏まりました」
黒眼鏡を掛け直したシャインさんは、これで良いだろうといった感じでノワール様を見る。
ノワール様が淡い淡いブルーグレーの瞳で、ジッと私を見つめた。
それは、それで心臓に悪いから止めて下さい。
「ジュリア。君には魔法が効かない。魔法攻撃への懸念はないが、保護魔法も掛けてやれない。物質的な攻撃はダイレクトだ。くれぐれも気をつけるんだぞ」
駄目押しみたいに言われると、やっぱり、少し不安よね。
「あの……お城って、そんなに危険なんですか?」
私の問いに二人が目を合わせてしまった。
しばしの沈黙の後、ノワール様が整った顔に苦笑を浮かべる。
「脅かしてすまない。そういう事ではない。ただ、私やシャインは君が思うより敵が多いんだ。用心しておくのに越した事はない。そういうことだ。怯えなくてもいい」
シャインさんが軽く肩を上下して肯定の意をしめす。
———敵? ははは。それって、十分に怖いじゃないですか?
☆
魔法省に入ってシャインさんの執務室へ通されると、近衛兵の男性が目を見開いて私を見た。
「兵長……ええと?」
「彼女は僕のメイド。少し手伝ってもらいたい事があって連れて来た」
「えーあ、ええと。あの、兵長!」
近衛兵の方はシャインさんの腕を取ると彼の耳元で囁く。
「彼女、あれですよね? 取り扱い危険のツリッチャキ隊長の妹さん」
「よく知ってるね?」
「軍に所属した者なら知ってますよ。赤鬼大隊長の小鬼お嬢さんですし」
……囁いたつもりなんでしょうけどね。
聞こえてるから。
父も兄も許すまじ。
誰が取り扱い危険で、小鬼なのよ!
ふいっとシャインさんに腕を掴まれて引き寄せられた。
「あ、あの?」
「安心しなよ。彼女の取り扱いは僕がするから。ね、ジュリア」
黒眼鏡外して顔を近づけないで!
近衛兵の人が大口開けて呆気に取られてますから!
「……へ、兵長がそう仰られるのでしたら」
平然と私に触れてるシャインさんを見て、近衛兵の人が目を白黒させてる。
シャインさんは、少し遊びが過ぎるよね。
彼を揶揄いたかったんだろうけど。
私はそっとシャインさんの腕を解いて、できる限り平静に挨拶をする。
「お仕事の邪魔は致しません。宜しくお願い致します」
小さく膝を折ったら、近衛兵の人は慌てたように頭を下げた。
「あ、いえ。邪魔だというのではありません。ナイン嬢」
「本日はシャイン様のメイドですので、ジュリアとお呼びください」
「め、滅相も御座いません。大隊長に何を言われるか」
「ジュリアと! お呼びください」
「あ……はい。僕はガイン・スェルズ・ルース兵です。ガインと」
私がニッコリ笑ったら、ガイン兵は少しホッとしたように息をついた。
シャインさんがクククッって肩を揺らして笑ってる。
少し腹ただしいな。
柔らかそうなプラチナブロンドを描き上げて、シャインさんが私の腕を掴みなおした。
「では、仕事をしてもらおうかな。行くよ、ジュリア」
「……はい」
なんだか、シャインさんがウキウキして見えるのは思い違いかな。
いったい、何をさせられるのやら。




