ジュリアの兄の婚約者1 30
お店の受付で名前をいい、シャインさんにエスコートされながら兄の設けた席へ向かう。
私はシャインさんの肩までしかないから、真っ直ぐ見て歩いてると彼の顔は見えない。でも、彼からはいつもの爽やかな香りがした。
落ち着け、平常心。
平常心だよ、ジュリア。
「よぉ。来たな」
兄は私達を見つけると笑いながら手を振ってる。
一気に心拍数が戻ったから、兄に感謝だわ。
今日は兄も粧し込んでる。
髪も撫で付けてるし、髭もちゃんと剃って、ブラウンの三つ揃いにネクタイをしてる。そして、その隣には燃えるような赤髪で緑の目をした綺麗な女性が座ってた。
「席に着く前に紹介するよ。彼女は…婚約者のアメリア・アンジュ・ナーブ嬢だ。こいつは妹のジュリア。そいつは友人のシャイン。モンテール伯爵の弟だ」
アメリアさんは、微笑んで手を差し出してくれた。
「お会いするのを楽しみにしてました」
「…握手して、大丈夫ですか?」
「もちろん!」
彼女は私の手を両手で包んでくれる。
——あ。
その時、彼女の右手に銀の指輪を見つけた。
彼女も私の指輪に気づいたみたいだけど、小さく微笑んで終わる。
そうだよね。
魔法兵団の全容は機密事項。
兄貴の居る前で、その話はご法度だ。
彼女は、その後でシャインさんと軽く握手して笑った。
シャインさんが紳士らしく断りを入れる。
「ここは人も多いし、僕は黒眼鏡を外さないですが、いいですか?」
「もちろんですわ。なんだか不思議な感じ。お二人は有名人ですから」
——ん?
私は給仕の人が引いてくれた椅子に座りながら首を傾げた。
「二人ですか?」
シャインさんは分かる。
でも——。
兄が揶揄うように私にウィンクした。
「ナイン男爵家の赤鬼大隊長と魔法解除の小鬼ってね」
あ、それか。
私は兄をギュッと睨む。
「誰が小鬼ですか。その噂を流したの、兄さんじゃないでしょうね」
「違うさ。親父が吹聴してんの」
「本当? 腹が立つなぁ」
「まあ、許してやれよ。あの人、今はナイン家で立場が弱いんだからさ」
「え? なんで?」
兄はクスクス笑った。
「お前を家から締め出したって、ビビもリリアもお冠りでな。ろくに口を聞いてもらえなくなってんだよ」
「自業自得」
「そう言うな。あの家でビビに睨まれたら辛いんだから」
「良い気味」
「相変わらず、親父にキツイなお前は、シャインにもそんな感じか?」
「まさか!」
慌てて横のシャインさんを見ると、彼はクスッて笑った。
「ところで、ツリッチャキ、婚約おめでとう」
「あ、ごめんなさい。お二人とも、ご婚約おめでとうございます」
兄は少し呆れたように私を見る。
「お前な、忘れてただろ」
「わ、忘れてなんかいないよ」
腕を伸ばした兄は、アメリアさんの手に自分の手を重ねて微笑んだ。
「ありがとう、ジュリア、シャイン」
アメリアさんも嬉しそうに笑った。
「ところでジュリア。お前、そんなドレスを持ってたのか?」
「買ったんですよ。アメリアさんにお会いするから」
「なんだ。シャインに買ってもらったのかと思った」
「へ? なんでシャインさんに?」
兄貴は急に顔を顰めて、痛てっと呟く。
なんなの?
シャインさんが兄に向かって小さく笑う。
「よく回る口だな。舌でも噛んだか?」
お調子者の兄は置いといて。
私には、すごく気になってることがある。
「アメリアさんは、軍部の医療班にお勤めって兄の手紙にありましたが」
「ええ。後方支援の班に所属してます」
「すごい! それって、資格を取ったってことですか?」
「資格というか、求人の時に試験があるの」
「なるほど。その試験をパスしたんですね。それは、回復魔法とか治癒魔法とか」
「そういうのも使うかな」
——はぁ。
やっぱりかぁ。
彼女は不思議そうに私を見る。
「救急班に興味があるの?」
「そういうわけじゃないんですが、女性の仕事は限られているので、参考までに」
シャインさんが、横から聞いてくる。
「ジュリア。ウチの仕事に不満でもあるのか?」
「いえ、転職を考えてるわけじゃないんですが。人生は何が起こるか分からないので、選択肢は増やしたいなって。でも、魔法が必要じゃダメですね」
兄貴が揶揄うみたいに言った。
「お前、まだ、そんなこと言ってるのか? 嫁に行け、嫁に。いっそ、シャインに貰ってもらえ——痛って」
バカ兄、また舌を噛んだのかな。
すると、アメリアさんが兄貴を軽く睨んだ。
「ツリッチャキ。そういう言い方はジュリアさんに失礼よね。女性なら嫁ぐって決めてるのは、あなた達の都合なんだもの。自立したお仕事を持つのは女性にだって誇りよ」
——おお!
私は思わずテーブル越しに彼女の手を握った。
「素敵です、アメリアさん!」
「ありがとう。私もね、嫁いでも仕事を続けたいの」
「全力で応援します」
兄貴が眉を寄せて私を睨む。
「ジュリア。焚きつけないでくれ。そこんとこで、調整がつかないでいるんだから」
「調整ってなんですか? まさか、嫁いだら仕事を辞めてくれとか言ってないでしょうね?」
「いや、ほら。子供でもできたらさ」
「そうなったら、なった時に考えればいいでしょ? それに、ナイン家にもメイドだっているんだし、協力し合えばいいじゃない?」
「軽く言うなよ。あの親父をどう説得しろってんだ」
「簡単」
私は大きな自信を込めて断言する。
「婚約破棄になるって脅せばいいだけ」
「頼むよ……ジュリア」
アメリアさんがケラケラ笑いだす。
「ツリッチャキに話を聞いてて、きっと気が合うって思ってんだけど。あなたとは仲良くなれそう、ジュリア」
「光栄です。アメリアさん。私も体質に関係なく握手してくれた時から、絶対に素敵な人だって思ってました」
そこで、給仕の方が困ったように聞いてきた。
「——あの。そろそろ、お食事を運んでよろしいですか?」




