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シャインの苦くて甘いコーヒー 19

 少しフワフワした足取りでジュリアが兄貴の書斎を出て行った。


 そのつもりでメイドに雇ったわけだけど、実際に彼女が魔法兵団に入るというのは少し気が重い。


 兄貴が僕を上目遣いに見る。

「分かってるな。お前の責任は重大だ」


 ルーランも少し力を込めて言った。

「ジュリアを頼むよ」


 僕は二人の顔を交互に見て、大きく息を吐き出す。

「……ああ。分かってる」


 下手な指示を出せば、彼女に危険が及ぶ。

 そういう立場になったわけだ。


 そのまま自室に戻る気にならなくて、ジュリアが居るだろう台所を覗く。

 彼女はランプを灯した台所で、兄貴の為にコーヒーを用意していた。


「ジュリア」

「あれ、シャインさん。シャインさんもお茶が飲みたいんですか?」

「……ええと、いや」


 アンジュの魔法を解かれた木偶たちが、立てかけらた壁から僕を見つめてる気がした。


「コーヒーを、僕の分も煎れてくれないかな?」

「コーヒーですか。あ、マシュマロ入り?」

「そう。マシュマロ入り」


 彼女は面白そうに笑った。

 ほんと、笑うと可愛いんだよな。


 台所の椅子に座って、湯を沸かす彼女を見る。

 カップを出したり、豆を用意したり、彼女の手はよく動く。


「さっきの話だけど」

「ビックリしましたね」

「……ほんとに、いいの?」


 湧き出した湯を火から外しながら、彼女は伺うように僕を見る。


「いいに決まってます。私は喜んでるし。でも、シャインさん、あんまり歓迎してくれませんね」

「いや……ほら、王妃に嫌味言われたりしただろ? これからは、嫌味で済まなくなるかもしれない。君が狙われたり、酷い目にあったりしたらさ」


 僕が目を伏せると、ジュリアは側に来た。


「手に触れてもいいですか?」

「……構わないけど?」


 彼女の小さくて、細くて、少し暖かい手が僕の手に重なる。


「シャインさんは、私が手を触れても嫌がりませんよね」

「嫌じゃないからね」


 むしろ嬉しいような気もする。

 言わないけどさ。


「私に触れられるのを避ける人って、シャインさんが思ってるよりもずっと多いんですよ? ケイデンスの人は、魔法で自分を守ってますからね。魔法を解除されるのを嫌がるんです」


 彼女の赤茶色の目は、ランプの灯りを映して揺れて見えた。


「私の母は体が弱くて、私が十歳に満たない頃に亡くなりました。最後の一、二年は母に触れることは許してもらえなかった。治癒魔法や回復魔法が解けてしまうからですけど」


 僕の手から自分の手を退けた彼女は、軽く首を竦める。


「すごく、寂しかったです。ここへ来て、アンジュさんとか、バンダムさんも。今だと、お屋敷の人は皆んな、私が触れても怒ったりしません。それって、私には凄いことなんですよ?」


 彼女は微笑みながら僕を離れ、コーヒーカップに豆をセットしだす。


「私で役に立つなら、少しくらい危険でもやります。国民の安全に貢献するってことは、ここの皆さんの安全にも貢献するって事でしょう? それに、老後の資金蓄えたいですしね」


 僕が思ってるより、ジュリアは物を考えて決めてるみたいだな。

 ——けど。


「その、老後の資金ってヤツだけどね。君が心配する必要はないよ」

「心配しますよ。父には勘当されちゃったし、生涯独身かもしれないし」


 彼女は笑顔で軽く首を竦める。


「ツリッチャキに聞いたんだけどさ」

「はい?」

「兄貴は君のお父さんに、君の一生はモンテール家で保証するって言ったらしいよ」

「え……それって、どういうことですか?」

「言葉通りだろうな」


 彼女はキョトンとしてる。


「枕詞が、嫁ぐと嫁がざるとに関わらず、だそうだ」

「それって、ええと。本当に、どういうことですか?」

「君は一生を保証されたってこと。老後も安泰だ」


 兄貴がそう言ったなら、遠回しな求婚なんだろうけど。

 彼女には教えない。

 絶対ね。


 キョトンとして黙り込んだジュリアは、コーヒーを煎れながら考えてた。


「パスカルさんとか、アンジュさんご夫婦とか、そういう感じでずっと雇って貰えるってことですか?」


「そうだね。君が嫌でなければ、ずっとここで働いてもらいたいんだと思う。もちろん、君が嫁ぎたいような相手が現れたら、嫁いでもらって構わないってことだと思うよ」


「うわぁ、好待遇ですね。……良いんでしょうかね?」

「モンテール伯爵がそう言ってんだし」


 香ばしいコーヒーを僕の前に置いて、マシュマロを落とし、砂糖をタップリ入れて掻き混ぜると、彼女は僕を見て言った。


「ノワール様が奥さんをもらって、お子さんが出来たりしたら。そのお子さんのお世話とか出来るのかなって思うと、ちょっと嬉しくなっちゃいますね」


 夢見るような目だね。

 仮定の奥方が彼女じゃないことに、少しホッとする。


「そうだね。でも、兄貴には黙ってなよ。聞いてませんって顔して」

「え? どうして?」

「あの人もいい歳なのに、結婚してないの気にしてるからね」

「そうなんですか?」

「モンテール家当主としてね」

「ノワール様なら、選り取りみどりでしょう? 望めばすぐにお嫁さんが来そう」


 僕は軽く首を竦める。


「好みが煩いんだよ、兄貴は」

「ああ、難攻不落の……」

「そういうこと」


 彼女はクスッと笑った。

 その兄貴を篭絡してるって、全く気づいてないんだよな。

 まあ、兄貴を変に突っついて、直球でジュリアに求婚されても困るからな。


 ——困るのか?


 僕はお盆に兄貴へのコーヒーをセットするジュリアを見る。

 彼女が兄嫁になったら、ずっとモンテール家に居てくれるだろうけど。


 僕はそれじゃ、困るわけか?


「シャインさん。私、ノワール様にコーヒーを届けてきます。もう少し、ここにいらっしゃいますか?」

「ん? ああ。行っといで。ここの灯りは僕が落としておくよ」

「そうですか。宜しくお願いします。では、お休みなさい」


 少し戸惑った気分のまま、僕は彼女に微笑む。


「おやすみ」


 甘くて苦い不思議なコーヒーを飲みながら、そろそろ認めようかと思う。

 そうなんだよな。


 ——彼女が兄嫁じゃ嫌なんだよ。

 僕の妻になって欲しいんだ。




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