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ジュリアの王宮掃除2 10

 ケイデンス城はとっても広い。

 大広間なんか、ナイン家の前庭がスッポリ入りそうな大きさだ。


「そこの花瓶の後ろを触って」

「こ、ここですか?」

「もう少し右……ああ、OKだ。良い感じ」


 黒眼鏡を外したシャインさんが、私を引っ張って王宮を彷徨きながら、そこを触れ、あそこを触れと指示を出す。台所から始まって、応接室や大広間、中庭と貴賓室、もうね、手当たり次第って感じ。


 しかも、シャインさんが素顔で歩いてるもんだから、所々から黄色い悲鳴と私に対する呪詛が聞こえる。


 ……怖い。


 けど、当のシャインさんは何故か機嫌が良いし。


「面白いね。薄々そうかなとは思ってたけど」

「何がですか? というか、腕を離して下さい」

「迷子になったら困るから離さないよ。いや、僕の魔法軌跡認識の話。君に触ってるんだから、魔法なら見えなくなりそうなもんだけど、見えてる。これって魔法じゃないんだね」


 子供みたいな無邪気な笑顔で私を振り返ると、クスクス笑いを始めた。


「……私の魔法解除と同じでしょうか? 生まれつきだと聞きましたし」

「少し期待してたんだけどな。ジュリアに触れてれば見えなくなるかなって」


 ……あ。

 クスクス笑いをしているのに、シャインさんの目は笑ってない。


「動物って不思議だよね。時々、奇妙な変異を起こす」


 私が見上げると、彼は少し寂しそうに肩を上下させた。

 シャインさんの言いたいこと、少しは分かる。


 私も何度、この体質が治ればなって思ったかしれないし。

 こんな体質じゃなければって、今だって思う事あるもの。


 ——でも。


「私の乳母のような人に言われた言葉があるんです」

「ん? 君をスーパーメイドに仕込んだ女性かい?」

「ス……まあ、はい」

「聞きたいね」


 少し息を吸い込んで、ちゃんと伝わればいいなって思いながら話してみた。私はビビから言われた時、すごく救われた気分になったから。


「役割は取り替えがきくけれど、個人の替わりはいないと」


 シャインさんが足を止めて不思議な目で私を見る。


「他の誰も、ジュリア・フローラ・ナインになる事はできないんだから、胸を張ってジュリアを全うしなさい。他人とは別れられるけれど、自分とは別れられないんだから。自分と上手くやってくしかないのよって言われました。けっこう、難しいですけどね」


 ……上手く、言えてるかな?


「妖精眼も含めて、シャインさんはシャインさんです」


 彼は目を細めて、小さく笑った。


「君の乳母は厳しい人だな。そして愛情に溢れた人だ」

「はい」

「それに、君は優しい娘だね」

「え? ……いえ」


 彼はふいっと視線を逸らして前を向くと、私の頭に手を伸ばしてクシャクシャと頭を撫でた。


「心配いらないよ。僕はね、面倒だとは思ってるけど、この力を嫌ってはいない。特に君に出会ってからはね」

「私ですか?」

「僕には君の魔法解除の力が必要なんだ。僕の魔力はね、そんなに強くないんだよ。まして、人の魔法を解除するような複雑な魔法は無理でね。いつだって、見てるしかできなかった」


 彼はフッと息を吸い込むと、酷く生真面目な声で続けた。


「でも、君がいれば解除ができる」


 ——なるほど。

 私が触っている場所には、なんらかの魔法が施されていたんだな。

 たぶん、シャインさんが解除したいと思うような。


「お役に立てて光栄です」

「……本気で言ってる? 君は自分の力が好きじゃないだろ? それを利用するって言ってるんだ」

「不便ですけど、嫌いじゃないです。それに、利用する人は利用するよ、なんて言いません。その代わり、特別手当つけて下さいね!」


 シャインさんが、クスクスと笑い始めた。


「敵わないなぁ。君って変わってるって言われない?」

「そんなの耳にタコですね」


 私に視線を戻した彼の目は、今度こそ本当に面白そうに笑ってた。


「頼もしいメイドだ。さてと。だいぶん綺麗になった。あとは、あそこだけだな。最後の掃除場所は礼拝堂」

「礼拝堂? そんな所にもなんですか?」

「小さな呪い魔法だけどね。施した奴はいい根性してるよな。けど、目の付け所はいい。人が多く集まる場所だからね。小さな魔法でも、多くの人に影響すれば大きな力になる」

「そ、そんなのダメです。急ぎましょう」

「了解」


 お城の礼拝堂はゴージャスで大きかった。ステンドグラスに日差しが当たって、幻想的な色彩が影を作ってる。ケイデンス王国の守護神、二つ身の女神も真っ白で高そうな石で掘り上げられていた。


「あそこに飾られてる絵画の右の方、ちょうど額縁と壁の境に魔法の軌跡が見える」

「私では届きませんね」

「肩車するから足を開いて」

「!!」


 こ、この人は乙女に向かって平然と何を言ってるんだ。


「そんなに真っ赤にならないでよ。僕まで恥ずかしくなるだろ」

「だ、だ、だって」

「他に方法ある? 出来るだけ迅速に終わらせたいんだけど」

「……わ、分かりました」


 肩車なんて、幼少期に父様にしてもらっていらいだ。

 ああ、なんか、シャインさんの髪の毛が足に触れて擽ったい。


「思ったより軽いね。ちゃんとご飯食べてる?」

「食べてます。というか、話しかけないで」

「ええ? どう? 届くかい?」

「はい、なんとか——」

「あ」

「!! なんですか?」

「……いや。もう終わるかい?」

「もうちょっと、これでいいかな?」


 私は指定された場所に触れて、手に小さな痺れを感じた。

 魔法解除する時、時々だけど感じる静電気のようなピリピリだ。


「あなた方は、そこで何をしていらっしゃるの?」


 急に声を掛けられて、ビックリした私はバランスを崩してシャインさんの肩から転げ落ちた。


「うわっ!」

「ジュリア!」


 しこたま腰を打ったけど、怪我はしなかったみたい。

 シャインさんが差し出してくれた腕を掴んで立ち上がると、呆れたような声が降ってくる。


「罰が当たったのでは? 神聖な礼拝堂で悪ふざけをしているからです」


 不機嫌を隠そうともしない声の主は、真紫のドレスに身を包んだ美しい中年の女性だった。


 シャインさんが軽く膝をついて、笑いを堪えた声で胸に腕を当てる。

「これは、これは、王妃殿下。このような時間に礼拝とは、信心に痛み入ります」


 ——王妃殿下ですって!!


 私はこれでもかと低く膝を折って頭を下げる。

 絶対に、絶対に直視したくないもの。


 ケイデンス王国の王妃殿下は、ロザリー王妃殿下というお名前だが、他にサンダー妃と囁かれるくらい、雷を落とす女性だそうだ。要するに、ヒステリー。


「王太子の近衛兵長ともあろう者が、白昼堂々若いメイドを抱え上げて何をなさってるの? しかもここは祈りをあげる神聖な礼拝堂なんですよ? まったくもって不愉快です」


 本当に雷みたいな怒り方する女性だ。

 ビリビリと空気が震えるみたい。


「しかも、そのメイド服は王宮の物ではありませんね? 個人的に引きいれていらっしゃったの?」

「恐れながら、王妃殿下。王宮で官職を持つものは、側付きを一人許されておりますので」


 バッと扇を広げる音がした。


「あら。側付きですか? それなら宜しいですけど。遊び女にメイド服を着せて連れ歩くような真似は、モンテール家に泥を塗りますものね。お陰で王宮が騒がしくてかないません」


 ——あ、遊び女と。

 ムカつくけど、ここは我慢。

 我慢だよ、ジュリア。


「貴婦人の口から漏れるとも思えない美しいお言葉ですね」


 シャインさんの声が冷えて聞こえる。

 なんか、怒ってくれてる?


「これから祈りを捧げるであろう妃殿下のお目汚しをしても申し訳ありません。我々は早々に退散いたしましょう。では、ごゆるりとお祈り下さい」


 シャインさんが私の背中を軽く叩く。

 行くぞって合図だと理解して、私は俯いたまま早足で彼の後ろについてく。


 ——と。


「覚えましたよ。ナイン家の小鬼さん」


 シャインさんが腕を掴んで引っ張る。

 止まるなって事らしい。


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