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ジュリアの塞翁が馬

 赤鬼のように厳つい父は、私を見つけるなり凄い勢いで怒鳴り出した。


 彼はケイデンス王国軍大隊長というゴッツイ仕事がらもあり、非常に押し出しが強い。気弱な子供なら居るだけで泣き出すような顔をしている。


 その父が目を血走らせて叫ぶわけだ。

 実際、怖い。


「どう言うつもりだジュリア!」


 私がお見合いをスッポカしたせいだけどね。


「お父様、そんなに怒鳴ると血圧が上がりますよ?」

「煩い! 私は今日の十時に家に居ろと言ったな? ええ?」

「そうですね」

「なら何故、言う通りにしない」


 大きく息を吸って、私も負けじと言い返す。


「お父様こそ、私が二度とお見合いはしないと言ったのを聞いていなかったのですか?」

「なにを偉そうに言っとる。女が嫁がんでどうする気だ。しかも、お前は出来損ないなんだぞ!」


その言い方にカチンときた私は、父を睨みつけた。


「上等です。私はどこへも嫁に行かずに一人で生きて行くんです! お父様の言う出来損ないが子供に遺伝したら困りますからね!」


「ああ言えばこう言う。お前には可愛気というものがない。そんなだから、社交界デビューから二年も経つのに見合いが三つしか来んのだ! その貴重な三つを足蹴にするとは、自分の立場と言うもんが分かっとんのか!」 


 口を開けば、出来損ない、役立たず、家のお荷物と言いたい放題の父である。

 私の堪忍袋にも限界があるわ。


「大きなお世話です! 六十を越えた爺さんの三番目の妻? 私は介護要員ですか! それとも十五歳になったばかりの商家の次男に嫁いで、部屋の一室に閉じ込められて二号さんに蔑まれろとでも言うんですか? 今度は何ですか、豪農の長男の方には三人のお子さんがいるんですよ? 男爵家と縁ができれば何でもいいんですから!」


 喚いてる自分が不憫になるなぁ。

 でも致し方ない。


 父は額の血管も切れそうな表情で私を睨む。


「お父様は厄介払いしたいだけでしょう。どうせ、役立たずですからね!」

「私の言うことが聞けないなら、お前は勘当だ! 二度と顔を見せるな!」

「せいせいします!」


 自室に飛び込んで、兼ねてから用意していたトランクを掴む。涙で滲みそうになる視界の中で兄が溜息をついて立っているのが見えた。


「ジュリア」

「放って置いて、止めても無駄だからね」

「あの言い様は親父が悪い。止めないよ。で、どこ行く気なんだ? 行くあてあるのか?」

「………」


 私の肩をポンと叩いて、兄は小さく笑う。

 涙ぐんでる私を見て目を軽く細めた。


「お前は……ほんと、しょうがないなぁ。一つだけ当てがある。着いて来い」


 そう言って私の腕を引っ張り、歩きだした。兄は赤茶色の髪に明るい茶の瞳、体格がよく、騎馬兵として鍛えた体躯はしなやかで、黙っていれば好青年だ。黙っていればだけどね。


 それに、何だかんだと私の味方をしてくれる。

 厄介な体質の私を気にかけてくれるのだ。


 私の住むケイデンス王国は魔法大国で、住民の殆どは魔法が使える。

 魔法なんて息をするように使えるのが当然なのだ。


 そりゃもう、小さな子供からヨイヨイの年寄りまでね。


 普通は生まれつき何らかの得意魔法があるものなんだけど。

 ——私は魔法が使えない。全く。爪の先ほども。


 しかも私が触れると他人が掛けた魔法が解除されてしまう。

 どんなに複雑で、強固で、丁寧な魔法でも、私が触れただけで水の泡と化す。


 成長してからは、触るなと言われたモノは触らないようにしているけど、幼かった私には無理だった。そのせいでどれだけ小言や嫌みを言われたかしれない。


 そんな私を嫁に欲しい男性はいない。

 私と触れ合っている時、その人は一切の魔法が使えなくなる。


 私には魔法が効かないしね。

 回復魔法も、治癒魔法も、もちろん魅了魔法も。


 魔法で武装するのが日常のケイデンス国民にとって、魔法なしの関係は裸も同然。丸腰で戦場に放り込まれるようなものだという。


 まあ……私には分からない感覚だけど。


 ☆


「に、兄さん? ここは王宮ですよね?」

「心配するな。城で働けってんじゃない。魔法省へ行くだけだ」

「なぜ?」

「いいから任せとけ」


 兄のツリッチャキは、王宮内にある魔法省に私を引っ張って行く。

 キラキラしい建物は私に似つかわしくないんだけど。


 我が兄は、魔法省の執務室の一室で、さも頭が痛いとばかりに盛大に溜息をついた。


「困ってるんだよね」


 我がナイン家は王宮軍部に所属する家系で、男爵の位を頂いている。ようするに兄は次期ナイン男爵なわけで、貴族の友人知人も多い。


「コイツ、親父とやり合っちゃってね。行く所がないんだ。お前んとこ、いつも人手が足りないって嘆いてるだろ? 雇ってくれないか?」


 そう言った兄が薄ら笑いを浮かべた相手は、シャイン・シャイド・モンテール様。モンテール伯爵家の次男であらせられる。まだ若いのに王太子付き近衛兵長。王族の護衛に当たっているという雲の上に住んでる御仁だ。


 しかも、このシャイン様は珍しい能力者で魔法の軌跡が全て見える。誰が、いつ、どんな風に、どんな魔法を行使したか分かってしまうらしい。聞くだに大変そうだ。彼の能力は特殊すぎて、妖精眼などと呼ばれている。


 実際に大変らしくて、彼はいつも丸い黒眼鏡を掛けている。必要以上の視覚情報を捉えない為なのだそうだ。


 その美貌を見た相手が卒倒したり、彼に傾倒しないようにだ——という噂もあるけどね。



 騎馬隊で小隊を任されている兄は、父譲りで体格がいい。そんな兄より少し背は低いが、長い手足に細身の体、背中まであるプラチナブロンド。黒眼鏡を外さなくても美形なのは十分に伝わってくる。


 そんなシャイン様に妹を押し付けようとは、兄もいい根性をしてるな。すぐ断るかと思ったんだけど、シャイン様は少し考えるように首を捻る。


「……僕のとこは問題児が多いけど?」

「こいつ自体が問題児だ。ちょうどいい」

「君の妹さんってことは、例の彼女だよね?」

「その通り」


 例の彼女って、兄さんは彼にどんな噂を吹き込んでるんだろうか。

 シャイン様は長い指をクイッと動かして私を呼んだ。


「……君、ちょっと来てごらん」


 仮にも兄の友人なので、遠くから見かけた事はある。けど、こんなに近寄ったのは初めてだな。メイドのリリアに自慢してやろう。リリアは妖精眼様の大ファンだからね。


 彼は長い指で黒眼鏡を外すと、値踏みするように私を見た。その瞳は噂より普通だ。淡い、淡いブルーアイ。まるで水面に映った空の色みたい。


 そしてクスッと笑った。


「僕の目は珍しいかな?」

「いえ。思いの外に普通の目です。もっと、派手なモノを想像していました」

「……派手?」

「はい。孔雀の羽みたいに色が混ざってるとか、彗星並みに光ってるとか。あるいは瞳孔が三つくらいあるとか?」


 シャイン様は吹き出して笑いながら、それじゃ化け物じゃないかと手をヒラヒラ振ったけど。私は兄から化け物並みの人物だって聞いてたし。


「ツリッチャキ。君が吹き込んだのか?」


 兄は驚愕の表情のままで固まってる。


「化け物並みと言ったのは兄です。そうですよね、お兄様。お兄様? モンテール様にお答えしないと失礼ですよ?」

「お前……なんともないのか?」

「何がですか?」

「シャインの素顔を見てるんだぞ?」


 私は不思議に思いながら、もう一度振り返ってシャイン様の顔を見る。彼は面白そうに私に向かって微笑んでくれた。眉目秀麗にして、キラキラしいお顔なのは確かだけど……。


「大変に美しい御尊顔ですが?」

「それだけか?」

「そうですね。なんなんですか?」


 兄は大きな溜息を吐きながら目頭を押さえた。


「前々から変なやつだと思ってた。だが、情緒に欠けてるとは思わなかった」

「失礼な」

「俺はな、シャインの顔見て平然としてる女を見たのは初めてだ。きゃーとか、素敵ーとか、ないのかお前は!」

「綺麗な御尊顔だと言ってるでしょ?」

「造形だけの話じゃねぇよ」

「なに言ってるのか分かんない」


 吹き出したシャイン様は、腕を伸ばして私の頭をグリグリと撫でた。

 なんか面白そうにしてるけど……。


「合格だ! 明日にもモンテール家においで。家長には僕から話しておくから」

「あ、有難うございます!」


 黒眼鏡を掛け直し、綺麗なモグラみたいになったシャイン様が口元で笑った。


「有難うは、こっちだよ。君の家族は君の貴重さが分からないらしいな」

「……貴重さですか?」

「そうだよ。僕の目をまっすぐに見返すってだけでもね」


 彼の口元のニヤニヤ笑いは続いている。

 意味深だな。


 でも、まあ、いいか。


 ナイン家を勘当されたけど、これで無事にモンテール家という働き口が見つかった。まだ少し呆気に取られているというか、腑に落ちない感じの兄の馬鹿面に一応は感謝の笑みを贈っておく。







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