1のおまけ.逆ざまぁした悪役令嬢、女傑となる(半分くらい書いてボツにした話)
未完・断片的・暗い話ですのでご注意ください。
「―――――」はまだ書いていなくて飛ばした部分です。
あぁ、ついに来たのね、運命のときが。
集まった貴族たちは何が起こるのかとひそめきあう。
わたくしはエスコートも受けられずに一人ぼっちで、パーティ会場の真ん中に立たされていた。
やがて重々しく会場正面の扉が開き、現れたのは私の婚約者、シャルル王子。隣には男爵令嬢レズリー・フォーマン嬢。二人は仲睦まじく腕を組んで会場に入ってくる。
困惑の視線が王子たちとわたくしのあいだを行き来するが、自分たちの世界にひたりきっている二人はまったく気づいていない。
シャルル王子とレズリーは互いに見つめ合ったあと、にっこりと笑って頷いた。
そしてシャルル王子がわたくしへと向き直り、口を開いた、その瞬間。
「アリスティア――」
「モーガニア王国第一王子、シャルル・エイデン殿下。貴方様の悪行、もう見逃すことはできません。この場で婚約を破棄させていただきます」
シャルル王子よりも大きく、力強い声で、わたくしは婚約破棄を宣言した。
「なっ!? いったいどういうことだ、アリスティア! そんなことが許されると思っているのか!」
「どういうことですの、無礼がすぎますわ!」
自信満々に言い放とうとしていた台詞を奪いとられ、シャルル王子とレズリーは顔を真っ赤にして地団駄踏んでいる。
いま自分が婚約破棄しようとしたくせに、わたくしから告げたらその台詞、盗人猛々しいと思いません? わたくしだって前の人生ではそう言いましたよ、「シャルル王子はそんなことが許されるとお思いなのですか!」って。
でもそうね、シャルル王子とレズリーには、向こうから婚約を破棄せねばならない理由があるのよ。
なぜならこの場は婚約破棄を宣言するためのものではなく、わたくしを一方的に断罪し、追放するためのものなのだから。
それもわたくし、手の内を全部知っておりますの。
なんせ、二度目ですから。
「シャルル王子。貴方はレズリー嬢に宝石やドレスを買い与えるため、国庫に手を付けましたね。そしてその罪をわたくしへとなすりつけるおつもりだった。わたくしが宝石やドレスをねだり、嫌がるシャルル王子に暴力を振るって言うことを聞かせた、と主張して」
「!!!!!!」
「でもわたくし知っておりますのよ。貴方様がご購入になったものすべて。そしてわたくしの部屋にはそんなものはないと証明できますわ」
離れた場所から見守っていた群衆のうちから一人の男性が進みでて、わたくしに数枚の紙を手渡した。
そのうちの一枚を掲げて見せる。
「こちらが貴方様が出入りの商人から買われた、宝石、ドレス、化粧品、小物などのリストです」
シャルル王子の麗しの碧眼が、いまにもこぼれて落ちてしまうのではないかと思うほどに見開かれた。
そのようなリストをわたくしが用意していたことにもだが、それよりも彼を驚かせたのはわたくしの隣に立つ人物のせいだろう。
モーガニア王国第二王子、フィリップ・エイデン殿下。シャルル王子より二歳年下の、腹違いの弟だ。
でも疑問を挟ませている暇はないのよね。
「それから、レズリー・フォーマン嬢。貴女はわたくしに関する様々な噂を流し、わたくしの名誉を貶め、また、『ドレス切り裂き事件』の犯人をわたくしに仕立てあげましたわね」
「そ、そんなの……!! あれはアンタがやったんでしょう!?」
あらいやだ。言葉遣いが庶民のものに戻っていますわ。隣でシャルル王子が信じられないものを見る顔をなさってるじゃない。
裏表のない元気で明るい性格が売りでしたけれど、これはもう少し猫を被りなおしたほうがいいわよ。
「貴女と、貴女を守ろうとしていたお友達のドレスが切り裂かれた日、わたくしは別の教室でサロンを開いていたのよ。わたくしの身の潔白は出席していた方々が明かしてくださいますわ」
「!!!!!! う、うそ!?」
「なにより、貴女は男爵令嬢ではありませんね」
「な……!?!?」
これはさすがにセンセーショナルすぎたようね。この茶番が始まってからというもの静まり返っていたホールは、突如として喧騒に包まれた。
それはそうよ。貴族でもないのに貴族の名を騙った場合、よくて牢屋行き、悪ければ死刑だもの。おまけに国の第一王子をたぶらかしたとあっては……。
わたくしは別の書類を掲げた。読む必要はない。すでにすべては暗記している。
「貴女の本当の名は、バレリー。フォーマン男爵が侍女とのあいだにもうけた『レズリー』は、幼い頃に亡くなった貴女の姉ね。貴女の本当の父親は、村の鍛冶屋の若者」
「ひ……ッ!! そんな、嘘よ、嘘……!! こんなの、作り話に決まってるじゃない……!!」
「母親から姉の話を聞いた貴女は、村を抜けだしてフォーマン男爵の元へ実の娘と偽って現れ、彼の善意を利用して男爵令嬢となった。貴女のご両親は、突然失踪した貴女をそれは心配していたわ。……以上の話は、ご両親から直接聞いたのよ」
ガタガタと震え、涙を流すレズリーの様子を見れば、これが本当か嘘かなんて一目瞭然だった。
あぁ、こんなにツギハギだらけの策略に引っかかったなんて、前回のわたくしは本当に世間知らずだったわ。
「お願い、シャルル様、あたしを信じて……!!」
それでもレズリーは――本当はバレリーだけれど、わたくしは彼女を慣れた名で呼ぼう――、必死の形相でシャルル王子に取りすがった。本心から愛していたからか、またはもう彼以外に味方になりそうな者がいないと悟ったのかもしれない。
けれど、恋からさめたシャルル王子は彼女に応えなかった。
むしろ異形の者を見る目でレズリーを睨み、のばされた手を払いのけた。
レズリーの絶叫がホールに響き渡る。シャルル王子は耳を塞ぎ、青ざめた顔で何事かを呟いている。
目を背けたくなるような椿事だ。
醜悪な光景を前に、わたくしはふうとため息をついた。
わたくしの役目は終わった。
力を抜いたわたくしを見て、隣で待機していたフィリップ王子が手に持っていた最後の書類を掲げる。王家の証印の押されたそれは、法的な拘束力を持つ令状だ。
「では、沙汰を申しつける。レズリー・フォーマンは、身分虚偽、国庫横領示唆、国家撹乱、その他小なる十二の罪により、死罪が妥当であるが――アリスティア嬢およびフォーマン男爵の嘆願により、命だけは助け、生涯幽閉とする」
「いやああああああああ!!!!」
「シャルル・エイデンは、国庫横領、国家撹乱、その他王としての資質を疑われる言動により、王位継承権および身分を剥奪し、追放とする。この決定をされたのは国王陛下である。異議の申し立ては許されぬ」
「フィリップ!! 貴様……アリスティアと結託してオレをハメたな!? 王座を狙って……!!」
「異議の申し立ては許されぬと言ったはずです。もしここで狼藉を働くのなら、貴方も日の当たらぬ牢へ幽閉しなければならなくなる」
「……!!!!」
ぎりぎりと、血の滲みそうなほど唇を噛みしめてフィリップ王子を睨みつけるシャルル王子は、レズリー同様もはや普段の彼ではなかった。
かろうじて自分の足でホールをあとにするシャルル王子の後ろから、半狂乱のレズリーが兵士に引きずられて退場していく。
終わった……。
これで、わたくしは身に覚えのない罪で幽閉されることも、心を病んで痩せ衰え死んでしまうこともないのね。
嬉しいはずだけれど、一大仕事の終わった疲れでまだ実感がわかないわ。
ぼうっとしているわたくしの目の前で、ぐにゃりと空間が歪んだ。
空気が揺らぎ、裂け目ができる。
そして、そこから現れたのは、見るもおどろおどろしい異形――羊の角に爬虫類の目を持ち、襤褸をまとった骸のような男。契約をしたわたくしにしか見えない、おそらくは悪魔と呼ばれるもの。
「あいつらの『怨み』もなかなかの美味だったぞ。お前を生かしただけの見返りはあった」
しゃがれ声でそう語り、にんまりと笑った彼の口は、頬まで裂け、二股に割れた長い舌がちろちろと空気を舐めた。
あぁそうだ、わたくしは彼にもらった人生を使って、これからも彼を食べさせていかなければ。
***
彼、イヴリースに出会ったのは、一度目の人生の死の直前だった。
色仕掛けに引っかかった温室育ちのシャルル王子に断罪され、幽閉されて、わたくしは毎日泣き暮らし、恥知らずの二人を呪いつづけた。食事も喉を通らず、目は落ちくぼみ、視界は霞んだ。死が近づいているのは明らかだった。
あぁ、誰か、わたくしに復讐の力を――。
そう祈ったのは、命の火が尽きかけている自分には到底無理なことだと知っていたから。
まさか、いらえを期待してのことではなかった。
「いいだろう」
聞こえるはずのない声が聞こえる。
冷たい床に崩れ落ち、起きあがる気力もないままに這いつくばって、わたくしは必死に自分の隣に立つ男を見上げた。
「我が名はイヴリース。我が糧は怨みの炎。貴様の『怨み』、十年に一度の極上の馳走だ。死なせるには惜しい」
そしてわたくしは、時をさかのぼり、記憶を保ったまま八歳の自分として目覚めたのだった。
***
わたくしが復讐を果たしてからさらに十年。
なんの因果か、わたくしはフィリップ王子の妃となり、フィリップ王子が即位したことで王妃となった。
シャルル王子を断罪した時点で王妃になる気などなかった。けれどフィリップ王子はわたくしの手をとり、熱心に言い聞かせてくださった。
「兄に嫁ごうとしていた貴女ほど王妃にふさわしい教育を受けた者はいないからな。そして国難を救った救世主。貴女を娶ることで、私の人気もあがるのだよ。だから私のためだと思って、どうか」
そう言って、婚約者を断罪した恐ろしい女――しかも悪魔憑きの女を、迎えてくださった。
そのときにわたくしは誓ったのだ。
この王国のためになるよう、怨み事はすべてをわたくしが押し頂いて、イヴリースの餌にしてしまおうと。
手始めにわたくしは、王家にとって目の上のたんこぶであった侯爵家を断罪した。
―――――
そして今日もまた。
目の前の男は、発狂したように床を転がりのたうちまわる。
おのれ、おのれアリスティア、と怨念を込めた声で呼ばれ、わたくしはそっと視線を伏せた。
わたくしの左隣には無表情のフィリップ陛下が座り、右隣にはイヴリースが、苦悩する男を薄ら笑いながら浮かんでいた。
まだ非難の叫びを浴びせる男が、衛兵によって引きたてられていく。
彼は伯爵という地位を利用して貧民の女を買いあさり、口に出せぬような行為を加えていた。その罰として死刑を言い渡されたのだ。
断罪の役はフィリップ陛下ではなくわたくしが請け負った。それだけで怨みはこちらへ向くのだから、人は単純なものかもしれない。
イヴリースは腹をさすって舌を蠢かした。
「大丈夫か? アリスティア」
「えぇ、大丈夫ですわ。では陛下は、伯爵家へ使者を出し、この件に関わっていなかった者にはお咎めはないこと、財産は安堵されることをお伝えくださいまし」
そうすれば自然、残された貴族たちはフィリップ陛下に感謝するようになる。
わたくしは断罪。フィリップ陛下は赦し。それがわたくしたちの役割分担だ。
そして、わたくしに断罪というイメージがつきまとっていることにより、統治は以前よりも楽に進んでいた。
「いつも申し訳ないと思っている……」
「勿体ないお言葉です、陛下」
―――――
「そなただけが地下牢にまでレズリーに面会に言っていると、看守に聞いた。……彼女に反省を促していると。彼女はいまだに激高し、聞く耳持たぬようだが……そなたは慈悲の心を持っている」
「いいえ、わたくしは――ただ、」
彼女が怨みの炎を絶やさぬように。
イヴリースの餌がなくならぬように、努めているだけでございます。




