書いてみた6(ミックスジュース レオとキサラ)
書いてみた6
魔術構成論のつまらない番書を一先ず終えて、レオは顔を上げた。すると、一列向こう側の前の方向に見慣れた顔があった。長い黒髪を背中にながした凛とした横顔はキサラのものだ。淡々としたレシア先生の講義を聞き流し(また旦那とケンカしたのか今日もどことなく機嫌が悪かった)、肘をつきながらその顔を見つめる。うむ、美人ではあると独りごちた。すっと通った鼻はバランスを美しく保ち、きゅっとしまった唇は意思の強さを示していた。
でも、あの子とそういえばあんまり喋ったことなかったよなぁ、いつもアイリかジャスラを間にはさんでだった。あまり表情が変わらないせいか取っつきにくい印象を与える。
だけど男というものは正直で、美人のキサラは実はこの学年でも一応上位の人気者なのである(アイリ社統計)。女子が少ないと言うのも手伝っているのかもしれないがそれでも彼女のそれは実力なんだろう。学校の外でも通用する美人である。
だけど、いままで他の皆が羨むほどの美人ともお付き合いしてきたが、どうもキサラには食種が湧かない。
真面目に番書をとっているなぁとしばらく眺めていると、唐突にかくんとキサラの頭が揺れた。唐突すぎてこちらがびくりとするほどだ。勢いが良すぎて首を痛めてはないだろうかと立ち上がりかけた腰を落ち着けて観察を続ける。白いうなじがぐーらぐーらと揺れ、泳ぐ。
大丈夫かそれ、気づかれるぞ。今日のレシア先生は不機嫌MAXだから、レポート三倍の刑に処されるぞ。
どきどきしながら未だに黒板に向かい何やら人生について語っていたかと思ったら、何時の間にやら旦那の悪口に変わっていた先生の後ろ姿と、揺れるキサラのうなじを見比べる。
振り向いた!
はっ、としてキサラを見るがあれ、と思わず首を傾げる。そしたら真面目に番書を続けているのだ。なんとタイミングのいい。何人かがレポート三倍の刑に処されているなか、キサラはどこ吹くかぜだ。
そうしてまた黒板に向かうレシア先生の後ろでかっくんと首が垂れる。また振り向くときにはもとに戻っている。その度に何人かが刑に処されていく。
こいつ………
レオは苦笑いを浮かべて、その鼬ごっこのようなそれを終業の時間まで見守っていた。
「キサラ」
「あ、レオじゃん。おつかれー」
授業が終わってがやがやと生徒たちがざわめき始める。荷物を纏めて席をたち、キサラのそばまで歩いていく。結局、その鼬ごっこの勝者はキサラだった。レオはその肩をぽん、と叩く。
「おめでとう」
「おぅ、あんがと」
分かっているのかいないのか、にやりと口のはしをあげてレオの賛辞を受け入れた。多分本人なんのことかはわかっていないことは必至だ。
「次は何受けんの?」
「魔法生物学」
「一緒じゃん」
主に座学で使われる『碧の館』の通路は高い天井に厳かなまでの柱でなっている。今でこそ人が沢山いてわかりづらいが、独りでここを歩くとその足音がしなやかに響くようになっていた。教室として使用されている部屋は講堂になっていて重たい机が黒板から同心円状に広がっていた。黒板の縁取りは金や銀などのそれではなく、繊細な作りの彫刻になっていて各部屋の黒板の縁取りを合わせると学校創設のストーリーになるという仕組みなんだそうだ。縦に長い窓からは日の光が差し込み、ステンドグラスの水色が影に彩りをつけていた。外部の人にも見学として使用されるここは水を司るにふさわしい静けさと神聖に満ちていた。一種、神の宿る神殿のそれにもちかい。
「一緒に行こうか」
「そだね」
レオは肩に鞄を掛けながら、キサラが歩きだすのを待つ。そしてさりげなくそのこれまた凝った造りの両開きの扉を開け、キサラを先に通した。この扉はとても重いことで有名なのだ。いつもこれが開かないことで時間ギリギリにきた生徒が間に合わなくなってしまうことも多々あるほどだ。 その扉を片手で支えながらそれを涼しい顔で維持する。
「そら、モテるわな」
「なんか言った?」
「トキメキの発生について?」
「…………ごめん、分からん」
通路側をレオが歩く。息をするかのように自然とこなしてやがる。これがアイリを落とした手腕か。なんとまぁ、イケメンなことで。これぐらい、あたしだってできらぃ。いっとくけど、アイリの初恋の相手はあたしたちなんだからね、このぽっと出め。
相変わらず表情が読めないな。何話したらいいのかわかりにくいんだよなぁ。ぅう。沈黙が………ちょっと辛い。
そんなことを思っているなんてオクビにも出さずに二人は黙ったまま、並んで歩き出す。そのまま館を出て外の小路にでた。今日の魔法生物学の授業は外の森で行うのだ。
「そうだ、レオ」
「ふぁい?!」
急にキサラが声をかけてきたので、油断していたレオが変な声をあげる。それに不審な顔を少ししたが、すぐに前を向きなおした。
「今度、魔法教えてよ。風の」
「え?だってキサラの属性は水なんじゃ?」
「他属性でも使えるようなのでいいからさ。だって便利そうじゃん」
やはりもちろん、その属性に特化しているのはとてもいいことだが、戦いの場において、それは不利に働くことがある。それなら少しでも他属性を使うことで戦況を変えられる。
「前はジャスラに炎のを教えてもらったんだけど、なんかあいつ、感覚で伝えてくるから分からんかった。」
「あいつはそうだろうなぁ」
何となく想像できる気がする。
「しかし、炎の次は風か。雑食だなぁ」
「ノアの時に強くなりたいって思ったのと、きっと、あたし魔法ってのが好きなんだろうな」
頭ひとつぶん低い場所にあるキサラの顔を見つめる。その時の表情がキラキラしていて、無邪気だった。そうか、ジャスラのやつ。
「キサラってさ、」
キレイだよな。ジャスラが惚れるのも分かる気がするよ。
「あぁ?」
じろりと横目で睨まれて、何でもないとかぶりを降った。こだわらないキサラ、あっそと言ってまた前を向く。
「まぁ、それは建前で。便利だからなんだけどね」
レオを見上げ、にやりと口のはしをあげた。
「あ、そんな理由ですか」
「そんなもんですよ」
またしばらく二人で並んで歩く。森へのこの小路はこの前ジャスラによる壁どん事件が起きた場所なのだか、詳細を聞いていたレオはキサラの様子を伺う。木葉がさらりと落ちてくる。めったに人が通らない小路だから辺りはしんとしている。塔の壁はレンガを細かく組み立てられたもので、隙間がないほど緻密で繊細だ。それが何処までも高く積み上げられているので、閉塞感が否めない。こんなある意味密室のようなところ壁どんするなんて勇者だな。俺なら多分そんなことしたら押し倒してしまっていたな。脳内でそれもいいなと結論付け今度ここでしようなどと考える。
「あ、」
「ん?!」
突然キサラが声をあげたので自分の考えが見透かされたのかとびっくりし、声が上がる。隣にいたはずのキサラが消え樹の隙間に座り込んでいた。気持ち悪くなったのか、ジャスラとの記憶が甦りショックを受けているのかと心配になり、顔を覗きこむ。
「どうした?やなことでも思い出したのか」
「ほら、アミダ丸」
しゃがみこんだキサラの腕に抱かれていたのは猫だった。黒い光沢のある毛並みが木漏れ日にきらきらとしていて美しい。キサラの腕から逃げた、すらりとしたしなやかな身体が音もなく着地した。
「アミダ丸?」
「ここの森に住んでるんだよ。たまに見かけるんだ。かわいいだろ」
しばらくするとこちらに興味を無くしたように悠々と歩いて姿を消した。
「なんだ、今日は機嫌悪いんだな。いつもならもちょっとかまってくれるんだけど」
キサラの方もそう言って、猫から背を背けた。猫の姿態とそのあっさりとした姿勢があまりにもキサラにそっくりで笑ってしまう。確かに猫みたいな奴だもんな。
「なんだよ」
「いや、何でもない」
なんなの今日のレオ変だよ。ぶつぶつ呟くその背中を見守りながらまた歩き始める。
《われのもりで、如何わしいことを、行うでないぞ》
頭に響いてきた声に、レオがふりかえるとアミダ丸がこちらを静かに見ていた。
「しませんよ、少なくともあの子には」
その猫に視線を送りながら、一歩を踏み出す。
その向こうに、いつものメンバーの姿が見える。キサラがおーい、と手を降るのでレオも手をあげる。
レオはジャスラに近付くと、肩を組んで引き寄せた。
「どわ、なんだよレオ!」
レオよりも少しだけ低い場所にある赤い髪がレオの頬をこすった。驚いてこちらを見上げてくる。少し上目遣いになっていて目が見開かれていた。そのきょとんとした表情に嗜虐心を煽られ、にやりと笑うと耳元に息を吹き掛けてやる。
「うぴゃ!な、な、なんなんだよ!!」
耳を押さえてながらレオを押し退けて逃れる。その顔が真っ赤になっている。こしこしと擦られてしまうと寂しいんだけどなと思いながらもう一度顔を近付けてナイショ話をする。先程を思い出して、びくと身体を震わせてレオから距離を取ってくるが、肩をつかんで動けないようにしてやる。
うむ。こいつはいい反応してくれんだけどな。
「頑張れよ。あの子は手強いぞー」
「へ、は?!おい!」
一瞬きょとんとした後、ジャスラの背中をばんっと叩く。キサラはアイリにまとわりつかれながらこちらを伺い見ていた。
お前ら、ほんとかわいいよな。
その言葉を飲み込んで、レオは笑いながらアイリたちのそばによっていく。なんなんだよーと叫ぶジャスラの声を背後に聞きながら。
END