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まほろく短編集  作者:
16/23

書いてみた14 (純粋青年の受難)

この短編はまだ終わってないストーリーです。


 鈍い痛みで目が覚めた。ふるりと、長い睫毛に覆われたややつり目気味の瞳が開かれる。その瞳の色は髪の鮮やかな赤と違い、豪華な金色だ。いつもは身体に宿した属性と同じ炎のような力強さの光を宿しているその瞳は、少しとろんとしていて幼い。

 身体の違和感が脳に訴えてくる。腕がいたい、頭がいたい。足がしびれている、力が入らない。

 じゃら、と金属の音がして、暗い足元が仄かなろうそくの光源でようやく見えてきた。男にしては少し白く、キメの細かい肌がちらりと見え隠れしている。破れた制服の隙間から。そしてその白を彩るのは彼の髪を彩る赤よりも赤い、深い、濃い、血の色。

 ぼんやりとした意識のなか、何故こんなことになっているんだろうか、と呟いていた。じくじくした痛みは慢性的で、どうやら神経が鈍っているようだ。

「あぁ、ジャスラくん目が覚めた?」

 不意に暗闇から、ねっとりとした暗い声が放たれた。耳朶に滑り込んで、ぐじゅりと音をたてて鼓膜を震わせる。気持ち悪くて、ん、と眉がよった。声から逃れるように頭を反らす。血に染まっていない首筋が露になった。

「だ、れ………だ」

「覚えてないの?私のこと。あんなに激しいことしたのに」

 くすくすと笑いながらジャスラにゆっくりと歩み寄る影。その影は力なくうつむくジャスラの頤をくいと持ち上げると、瞳を交わらせた。

「思い出してよ」

もう片方の手で、ジャスラの頭の上で縛られた手に指を沿わせて、絡ませた。冷たい指、手。びく、と震えがはしる。そこでようやく朦朧とした意識が呼び覚まされる。瞳に光が戻る。焦点が合ってきた美しい瞳を見て影が笑った。

「……………っ、て、てめぇ………っ」

「思い出してくれたんだね、嬉しいよ」

 暗い光さえ届かない部屋のなかで、ジャスラは忌々しげに目の前の存在を睨み付けた。

 黒い髪に、黒い瞳。白い肌に赤い頬。彼が淡い恋心をいだく少女、キサラを。


 その日は一週間の中でも一番天気が悪かった。

「ここんとこずっと、雨だよな」

「この時期に珍しい」

 そして、その最悪の一日に森のなかでの地質調査が、行われていた。国からの専属調査団が寄越されて、この国の半分以上も占めるこの深く広い森を、誰も踏み入れたことのない地域を調査するのがそれらの仕事だった。

 そしてこの森は魔物の巣窟でもある。それらから彼ら調査団を護衛するのがこの学園生徒の仕事だ。4年から最高学年の7年までのT級の生徒が集められ、精鋭部隊が結成される。

 雨を弾くように作られたフード付きコートを被りながらジャスラは隣にいたラディオに話しかけていた。

「こんなときに調査するとか、ほんと正気の沙汰じゃないわ!」

 二人の会話に入ってくるように、後ろからカン高い声が聞こえてきて、二人の背中にのし掛かってきた。今回同じ隊に入っているジルコニアだ。

「あ、ジル先輩」

「ま、え、か、ら、いってるでしょジャスラくん。ジニー先輩って呼べって!このチェリーめ!」

「チェリーはひどい!ひどいでふ、いてててててっ」

 すらりと背の高い肢体をジャスラの背中に覆い被せ、そのこめかみに拳骨ぐりぐりをお見舞いする。

 その中性的な顔貌と、口調から女と見紛われることも多いのだが、彼はれっきとした男だ。ただ、口調がオネェ様という。ラディオは苦しみ悶える親友をちらりとみやるだけで助けようともしない。そんなやつだ。

「あんたがそんなチェリーだからさぁ、こんなのにも気付かないんだよ」

 痛みにうめき声をあげながらなんとか耐えているジャスラを仁王立ちで見下ろしながら、ジニーはその場でくるりと反転すると、ジャスラのすぐ後ろの茂みに向かって力を放つ。

「神話に生きし神の制裁よ、今蘇りて我に従わん」

 詠唱が始まると同時に岩のような物体が立ち上がってきた。サイのような見た目の魔物は雄叫びをあげ、茂みを抜けてこようとする。

 掌から放たれた力は魔法構造を即座に組み立て、雷の力を宿す。そして、その命令式に従い力は差し出された掌から上下に伸び、アーチ状に広がる。弓の形だ。ついで反対の手で何もないところから矢をつがえるような動きをした。一瞬顔をしかめたが、それには誰も気がつかない。

「ばっきゅん」

 しゅぴ、しゅぴ、と涼しげな音がしてその雷を宿した矢が茂みのなかにささった。同時に眩しい光が上がり、ばりばりと音がする。そして同時に聞こえてくる断末魔。

 魔法の完成度と、威力に満足して人差し指でその茂みを指差す。何人かが茂みの向こうを恐る恐る確認する。もしも、これで実は魔法が外れていて、手負いになっていたりすると魔物は面倒だ。息絶えるまで暴れ続ける。茂みを除きこんだ部隊が安全の合図を送る。

「ヒット」

「ヒット、…………じゃねぇよごらぁ!」

「いげふっ」

 さらっと髪をかきあげて決めポーズをとっていたジニーの金髪の頭が沈み、その後ろに別の人物が立っていた。ジャスラはポカンとした表情でその背後の人間を見つめた。

「リヒト先輩」

「ってめぇ、ボケてんのか!こんな雨の日にお前みたいな電気ネズミが力放ちやがって周りに感電したらどうするんだ!」

「っっ、たいよリヒトぉぉ!!バカじゃないのバカじゃないの!あんたみたいな馬鹿力の筋肉馬鹿に頭なんか殴られたらアタシの優秀な脳みそがいかれちゃうじゃない!どうしてくれんのよ、あんたみたいな筋肉脳になっちゃったら!」

「バカはてめぇだ!」

「ちゃんと計算してたわよ、分かってたわよ!」

「うそだな!」

「うそよ!」

「胸はってんじゃねぇ!」

 ジャスラより頭1個分ほど小さな背のリヒトはもう一発拳骨をジニーにくれてやる。やっぱり衝撃で頭が深く沈むほどの力。

「ひっ、どいよぉ………頑張って倒したのに、皆を守ったのにぃ」

 頭を抱えてしゃがみこむジニーに流石にやり過ぎたと思ったのかリヒトは刈り込んだ茶髪を雨避けのフードの隙間からガリガリとかき、決まり悪そうに同じようにしゃがみこむ。

「悪かったよ、ばか。言い過ぎた。」

「ほんと?ほんとに悪いなって思ってる?」

「思ってる」

「んじゃ、ジルコニア様のためなら三回回ってわんとか言えるって言える?」

「いえ、…………っておい」

「いたぃよぉ」

「あ、丁度いいところに。おい、アリス」

 しくしくと泣き出したジルコニアの戯言を無視して、傍を通った白衣装の女に声をかける。アリスと呼ばれたその人はくるりとリヒトの方をむいた。ジャスラとラディオは初めて見るその人を息を飲んで見つめていた。息をすれば、この幸せな幻が消えてしまうとばかりに息が勝手になりを潜めてしまうのだ。ディーンの女神シリーズの絵で見たときもこの人は人間なのだろうかと疑ったが、本物はもっと人間離れしていた。絵の方がむしろ人間らしいとさえ思えるほどに。

 白いコートを翻して楚々と近付いてくる。

「あら、リヒト?どうしたの。ケガかしら」

「いや、俺じゃねぇ。こいつだ。この馬鹿を治せ」

「ありちゃんありちゃんありちゃん!きーて、ありちゃん!リヒトったらひどいんだよ」

「んー?どうしたの、ジニー」

 アリスはすがり付いてくるジニーの頭を撫でながら聖女の微笑みを浮かべる。二人の後ろにいたジャスラとラディオにも気付いて微笑みかけてくる。二人は、特にラディオには珍しく顔を真っ赤に染めながら会釈を返した。

 アリスはこの学園はじまって以来の有能な癒し手、どんなケガでも病気でも治してしまえると噂の医療部の最高部長なのだ。普段は外にも出ているらしくあまり学園内では見かけることがない。それもそのはずで彼女は5年生のときにもうすでに国立医療スタッフとして正式にオファーが行っているらしく、7学年となった今ではそちらの仕事を優先していた。

「リヒトに苛められたのね」

「そーなの。」

「リヒトったらダメよ。好きならちゃんと口に出してあげて」

「なんっっで、俺がこいつを好きってなるんだよ」

「あら、違う隊なのにわざわざジニーがいるからこっちに来たんじゃなかったの?貴方の隊は東の丘じゃなかったかしら」

「あー、それはない。違うからな、それはない。こっちに用事があっただけだ。その時にこの阿呆がアホだったから。」

「そう、それならそれでいいけど。ジニー?どこかケガでもした?」

「え、大丈夫だけど」

「ばか、肩ケガしてんだろ。さっき庇ってたじゃねぇか。ついでにバカも治してもらえ」

 リヒトが軽く右肩をつついた。ひぅっと声をあげて肩を竦めるところを見ると、怪我をしていたのは本当らしい。ジャスラとラディオはかけよってきてその具合を訪ねた。

「ジニー先輩、いつの間に」

「丘越えのところであった魔物にですか?!」

「………………………治してもらえ、ジルコニア」

「ぅおい!お前いたのか」

「いたよねぇ、ねぇトリシャ。失礼だわ、リヒトったら」

 後輩二人と今まで気配をずっと消していたのか存在がかなり薄かったが頼れる同期のトリシャに言われて、しぶしぶ肩をさらけた。三人が痛そうに顔をしかめる。ひどくぶつけたのか、青くなっていて傷口から血がこぼれていた。

「骨は大丈夫そうね。さて、治しましょうね」

「いいよぉ、アリスの大切な力を削いじゃうわ。治癒魔法だって無限大じゃないんだし、治療班のリーダーがこんなに早く倒れちゃダメでしょ。」

「でもお前その肩じゃ」

「それじゃ、私以外の治癒なら受けてくれる?今ね、私のお気に入りの子が来ているの。ふふふ、とっても綺麗な子よ」

 アリスの艶やかなブラウンの髪がフードの隙間からこぼれている。そこに雨の水滴がかかってそれさえも彼女を讃える宝石かなにかかのようだ。

 彼女は辺りを見回して、待機中の生徒の中から目的の人を探す。しばらくして、見つけたのか片手をあげてその人物を呼ばった。

「ルシアン、ちょっといらっしゃいな」

「ルシアン?」

 ジャスラとラディオが目を合わせる。確かに考えてみれば彼女は優秀な癒し手だ来ないはずがなかった。

「はい、アリス先輩………って、ジャスラ、ラディオ。あぁ、そっか考えてみれば貴方たちが来ない理由がなかったわね」

「そっか、初めて見る顔だと思ったわ。こんなかわいい子達、1度見たら忘れるはずないって思ってたんだけど」

 人間離れしたアリスの美しさと、どことなくまだ幼さの残るしかしだからこそ未成熟な輝きを放つルシアン。並ばせるとここまで神々しく直視しがたいものとは思わなかった。ジャスラは眩しそうに二人を見つめ、アリスと目が合うと真っ赤になって視線をそらした。ジルコニアはまぁ、と頬に手をやるとアリスに向かって笑いかける。

「ありちゃんとはまた違った可愛らしさの女の子が来たわねぇ」

「でしょ?お気に入りなの。」

「そんな、アリス先輩。で、私が呼ばれたのは」

「そうなの、この人なんだけどね、ちょっと肩に怪我しちゃったの。治してあげて」

「ルシアンちゃん?よろしくー」

 大木の下に座り込み、ジルコニアは肩を剥き出しにする。痛々しい見た目に顔色一つかえずに詠唱に移る。

「でも貴方、ほんとにきれいねー将来有望だわ。」

「ありがとうございます」

「モテモテでしょ、彼氏いる?もしかして、あのチェリーとか?」

 大木に背中を預けなら、濡れた髪をかきあげてルシアンを見つめる。

「もしかして、ジャスラのことですか?」

「そーそー」

「彼氏はいますけどね、違いますよ。 彼はですねー、好きな人いますから」

「そうなの!?だれだれ、教えて!」

 やだぁ、と賑やかな会話の弾む大木のそば。それを遠目に見ながらリヒトは落ち着きがない。アリスは傍に立ち、心配?と声をかける。

「何がだ」

「ジニーのこと以外にあるかしら」

「バカなことをいうな」

「私、知ってるのよ。貴方たちの部屋から……」

 アリスは自分とほぼ変わらない背丈のリヒトに耳を寄せ、こそっと囁く。リヒトって、案外激しいのね。

「あり、ありす?!」

「ふふふ。ほんとにかわいいんだから………ふふふ、ふふふふふ。」

「まてまてまて!アリス、違うから……ちょっと待ってくれって」

「ふふふふふ」

 アリスは意味ありげに微笑みながら、医療班のほうに歩き続け去っていく。リヒトは空中を打つ手をあてどなくさ迷わせながら、振り返り和気あいあいとルシアンと会話を交わすジルコニアを見つめる。このざわりと蠢くこのうずきはなんだろうか。

「ばかやろ………」

 リヒトはフードを深くかぶりながら、自分の隊の待機場所に帰っていった。胸のうずきをもてあましたまま。


 ジャスラは雨に打たれながら、地質調査終了の合図を待った。もうすぐ引き上げの時刻になる。この森から学園までは2時間かかる。その間ももちろん魔物が襲ってこない保証はない。夕刻に近づくほど手強い魔物が出てくる。特に今日は天気も悪い。暗くなるのは早いだろう。上級生の他のメンバーもそう思ったのか、しきりに上空を仰ぎ手元の時間を確認した。いくら彼等が学園のなかの精鋭部隊とはいえ、やはり実戦での経験はいくらもない。彼等もそれを重々に承知しているからこそ、不安が胸を覆う。

「はやく帰りたいんだけどな」

「同意だ」

 西の隊に配属されたレオは大丈夫だろうか。怪我などしていないといいのだが。いつのまにか、何かあったときは必ず三人一緒にいたからか、その存在が近くにないだけで胸のうちの不安は大きく育つ。

「やつに限って言えば大丈夫なんだろうけどな」

「あぁ」

 時間が迫っていた。なのに一向に引き上げる気配を見せない調査団に、学生達は苛立ちをあらわにしはじめる。ジルコニアも騒がしいほどに囀ずっていたのが嘘のように、鋭い目付きで辺りに警戒を呼び掛ける。ジャスラ達が待機している場所は、調査団からは遠く比較的経験不足な4、5年が配置されていた。ジルコニアがこの西の谷配置の司令塔なのだが、彼以外に7年はトリシャ、ヴェーサス、イナバ、ヤウン、アガフォンなど正直手薄である。

 毎年行われているのだが、幸い死人が出たことはない。しかし前回がなかったとはいえ、今回にでないとは限らない。夢見部の占いで一番魔物が少ない日を選んでもらい、さらに比較的魔物の活動時間外を選ぶ。それでも、その少ない、の中に強い魔物がいないとは限らない。慎重に慎重を重ねているのだ。しかも、この全くやむ気配のない雨で心身ともに疲れはてている。何があってもおかしくはない状態だ。

 しかし、この調査は国にとってはなくてはならないもの。国土の半分を占めるこの森がどれ程の資源を含んでいるのか、計り知れない。冒険者という各地を旅して調査開拓護衛などを生業とする職業があるが、個人的な動きよりこういった国としての動きの方が調査範囲も広くて深くなる。

「だからって、帰る時間はきっちり守ろうぜ……」

 あっという間に時間がすぎ、心配していたとおり暗くなるのは早く誰もが疲れと不安をピークに迎えていた。

 その時、調査団の方から退却の緑の狼煙があがった。

「やっと重い腰をあげる気になったのね……。帰還です!みんな、準備を始めてちょうだい。帰るからって気は抜けないわよ。南の隊と殿なんだからね!」

 よく通る声でジルコニアが周囲に指示を送る。周りが俄にざわめきたち、帰還準備を始める。ジルコニアはトリシャなど自分の隊に戻り、舌打ちしながら言った。

「あたしたちは殿のそのまた殿に入るけど。チェリー、ラディオ。背中を任せてもいいかしら?」

「大丈夫です。」

「先頭の指揮権はヴェーサス、あんたに任せるから。あたしたちに何かあれば、貴方の指揮があたしの意思よ」

「ジルねぇさん………了解しました、任せてください」

 ヴェーサスは雨が滴るフードの隙間から茶色の髪を覗かせながら軽く頭を下げた。そして、先頭の班に声をかけていき、調査団の本隊に混ざる航路を行く。その背中を見送ってからしばらくしてジルコニアは残る半分に出発の合図を送る。

「行くわよ」

 薄暗い森のなか。隣の人間の顔も見えづらくなってきた。彼がこの調査団の護衛に着いてきたなかで、一番のコンディションの悪さだ。ジャスラもラディオも、何だかんだ初めてのこの遠征に疲れは隠せないのか、肩で息をつく。この学園でも魔法に対しての純粋な力比べでいくとジルコニアだって歯が立たない、生粋の魔法使いと囁かれているこのジャスラだってまだ4年。経験不足の彼をどうしても緊張と不安が疲れを加速させる。彼らは押し黙ったまま、歩を進めた。城までスムーズに進めば1時間半。最低でも1時間半はこの緊張状態を強いられるわけで。

「なんも起こんないといいけどなぁ」

 そんな独り言は、雨が地に打ち付ける音で掻き消されていった。


 半刻もたった頃だろうか、俄に前方が慌ただしくなった。そして、魔法反応。魔物が出たのか。

「トリシャ、様子をうかがえる?ジャスラとラディオはトリシャが動けない間の護衛、他は前方に進むわよ」

 この隊の方針は、魔物とは基本戦わない、だ。調査団のスタッフが無事に逃げおおせるまでの時間稼ぎに戦うが、それも殺さない程度に威嚇するというものだ。一撃必殺出来るならまだしも、無駄に力の強いものならやり過ごす方がよいときもある。

 トリシャの水の属性を生かした遠視能力。不幸中の幸いというべきか、今は雨が降っている。彼女にとっては遠視するには最高のコンディションだった。ラディオとジャスラに守られて遠視をしていたトリシャ。地に手をつけて、瞳を閉じているトリシャを守りながら、やっぱり便利な力だなと呟く。以前キサラにもいったのだが、彼女に言わせてみればまだまだなんだそうだ。水との同調をしっかりしていないと全く見えない。ぼやけた磨りガラスから見ているようなものでなんの情報も得られないことがあり、徒に魔力と体力を奪われるだけだと言っていた。

 だが、このトリシャは違う。水の属性でも頂点に君臨する彼女は完全に水の力を味方につけていた。

「北隊が守ってる右腹部が襲われている。隊は大きく左にそれるようだ、もうすぐ伝令も来る。獣型の獅子タイプで一角。今夢見のマイヤーが意思の疎通を図ったみたいだけど失敗。かなり上級のよう。今、ボニファーツ率いる北隊が囮になっている間に調査団が迂回、中央と東隊がそれを護衛。」

「さすがねトリシャ。北隊だけだと荷が重いわ。ただでさえ獣型の獅子タイプは狂暴なのが多いからね。下手すればしっかりと殺さないといけない。」

「援護に回りますか?」

「そうね、その方がいいかも」

 ラディオが遠視を解いたトリシャの背後を歩きながら、ジルコニアにたずねる。その間も前方の騒ぎは止むことがない。やはり手間取っているのだろう。

「隊を半分に割るわ!ヴェーサス率いるイナバ、ヤウン隊は引き続き南隊と一緒に調査団の殿を努めて!アガフォンとジルコニア隊は魔物と応戦中の北隊に混ざる!合流時、緑の煙幕をあげるから、赤の煙幕で応答して。」

 ヴェーサスたちがジルコニアの指示に従い南隊と先を急ぐ。ジルコニアはいまだに破壊音や魔術の構成光が輝く騒ぎの真ん中におどりでた。幾方向からも魔法をぶつけられながらもその頑丈そうな鱗状の皮膚に傷ひとつつかないまま、獅子タイプのなかでも特に特大の種類の魔物が木々をなぎ倒しながら暴れていた。額には大きな角が1つ生えていた。

「ボニファーツ!みんな、北隊に加勢して!」

 ジルコニアに名前を呼ばれた精悍な男が振り返った。真面目そうな意思の強そうな黒い瞳が、一瞬ほっとしたように緩んだ。先頭に立って地柱を出現させながら魔物の体力を削っていた彼は、一度その攻撃を他の隊に回し駆け寄ってくる。

「ジルコニアか!助かった」

「戦況を教えてちょうだい。」

「調査団の右腹部に獣型の獅子タイプ、レベル一角出現、応戦しつつ夢見部マイヤーが疎通を試みるが失敗、俺の北隊が囮になりつつ本隊を左に進路変更。多分、トリシャのやつが視てる通りだろ。今は威嚇してアイツが逃げるのを待ってはいるんだが」

「獅子タイプは基本狩りが本能だからね……これは始末するしかないかも。いつまでも追ってくる。レベル一角だったのが不幸中の幸いかもね。」

「騎士団でも手を焼くような魔物だが、仕方ない、いこう。」

 彼らが指揮を執りに戦闘に入った。各隊に散らばらないように指示し、各々も自分の隊に戻る。

 ジャスラは他学年の炎使いとともに大きな火柱を出現させていた。やはり多人数の魔法は凄まじく大きく、大きな魔物が鑪をふんでいた。次いでラディオなど攻撃部隊が上空から氷で出来た槍を雨のごとく降らせていた。

「やったか?!」

「まだ」

 ジャスラが駆け寄って水蒸気の中を見極めようとしていると後ろからアガフォンがやってきた。

「浅い。どいて」

 畳み掛けるように素早く風の魔法構成を整えると、風刃を出現させる。それは今まで見たなかでも一番の構成構築の速さだった。レオでさえ、あんなに速くは構築出来ないだろう。水蒸気の中を縦横無尽に切り込んでいく刃。何の反応もない。

「あんたたち!そのまま続けるのよ!」

「北隊もつづけ!」

 30名あまりの各学年の上位クラスの魔法が一斉にその魔物がいるであろう場所を攻撃する。隙間もないくらいに密集した力は、それぞれが相乗効果をなし 魔物へと向かっていく。

 やがて、水蒸気が晴れた。

 ゆらっと、その影がうごめくのが見えた。

「逃げろ!」

 ジルコニアの鋭い一言が、全員の身体を無我夢中に避けさせた。隊のちょうど真ん中、そこに風穴が空いた。幾人かが、が肩や腕などの局所を抱えて屈み込んだ。そしてやはり魔物は、傷がついてよろめいてはいるが隊の人間を獲物としてとらえているのか低くうなり声をあげたまま跳びかからん勢いで尾を揺らめかせていた。

「ヤバイわぁ、レベル一角ってこんなにしぶとかったかしら?」

「いや………こいつはなんか変だな」

 負傷した学生を退避させる指示を出しながらも、なんとか攻撃は続けさせていた。ジャスラは炎や風の刃やその他もろもろが飛び交う中、ラディオ、トリシャのそばに来ていた。

「ラディオ」

「なにかおかしい。」

「授業で習ったような獅子タイプにしては、しぶとい。それにレベルは一角だぜ?これが三角ならまだしも」

「どこか、おかしなところは見られなかったか?」

「どういうことだ」

「寄生タイプの魔物に操られているという可能性が残っている。…………くるぞ!」

「たしかにっ!」

 ジャスラは突進してきた魔物を避けながら、その頭部と頚部に目を凝らす。もしも寄生タイプの魔物がとりついているなら、神経伝達部位を乗っとるのが早い。

「…………………どこだ、」

 雄々しい毛並みが邪魔をしていて見えづらい。しかもこの雨だ、視界がぼやける。

「ボニファーツ!」

 トリシャが避けた先にいたボニファーツに危険を知らせる。だが、彼は、

「行くぞ、ジニー!」

「お願い!みんな、最大出力ね!」

 ボニファーツが地面に手をつき、何かを地面から生えさせた。細長い、何か。それにジニー他何人かの生徒が手を添え、呪文を唱える。ラディオが知っている限り、全て雷の属性を得意とする生徒だった。合点がいったラディオは、避けた魔物の後ろに回り込み、氷の柱を出現させ、魔物のいく場所を待ち構えるボニファーツの所に誘導させるようにする。トリシャがさらに呪文を唱えると、魔物に大量の水を被せた。

「ボニファーツ!ふっかく挿してあげて!」

「お前!それは卑猥だぁ!」

 ボニファーツの手の動きにあわせて、地の力でできた細長い何かは、うねるように突き進み、丁度魔物の左腋窩部分に突き刺さる。肋骨の隙間を抜けて。がはっ、と魔物の口から大きく血がもれた。

「今だ!」

「蒼天翔る雷電の竜よ!今、あなた様のお力ここに顕現されよ」

 電流が、その地の細長いそれを伝って流れて行き、心臓に、直接流れた。魔物は悲鳴もあげることなく、身体から湯気のようなものを立ち上らせ、どぉん、と倒れた。

「す、げぇ…………」

 ジャスラが背後でそう呟くのを聞いて、ラディオも静かに肯定する。さすがだ、と言わざるをえない。これが、最高学年の高レベルの術者の戦い方か。勝利に雄叫びをあげる周囲のなかで、ジルコニア、ボニファーツは横たわった魔物のそばで静かに佇んでいる。

 「ジル先輩、」

『……………………ヌシラは、ヌスンデはいけないもの、を盗っていった』

 魔物の、立派な鬣の中から、ぬるりとしたものが、顔を出す。黒い、スライムのような。

 それは顔のかたちをとり、苦悶に喘ぐ表情をとり、ジルコニアに向かって口らしきものをぱくぱくさせていた。

『むくいヲうけよ』

 ジルコニアが目を見張らせて固まった、その背後から、アガファンが鋭い風の刃でそのスライムを切り刻む。

「寄生タイプ。これ、燃やして。」

 言葉少なにアガファンはジャスラに向かって後始末を言い渡す。

「了解しましたー」

 ジルコニアは固まった動きを解凍させ、回りに指示を飛ばす。ボニファーツも北隊を立て直すために回りを見渡した。

「結構な怪我人でたな。」

「本隊に連絡とらないといけないわね」

 魔物の遺体と、そのスライムの燃えカス。それらを置いて、彼らはその場を発っていった。



つづく

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