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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
帰郷:越えるはかつての憧憬
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収穫祭・2

「はぁ~、うまかったぁ」


 お腹をさすりながらソリッドは満足げに破顔する。


「だろ? オイラの見立ては間違ってねぇって」


 横で自慢げに語るのはカナンの一党の双剣使い、ナタク。


「やっぱアホ毛センサーだな」


 ソリッドは短い緑髪から何故か一本ピンと伸びたアホ毛に目をやる。


「アホ毛言うなっ!」


 グルンと横を向いてプリプリと怒る。

 アホ毛は元気に動いていた。


「どーみてもアホ毛じゃん」

「オイラだって直したいけど直せねぇんだ!」

「まあまあ、どうでもいいから次行こーぜ」


 ソリッドは隣で怒る彼を無視してクシャクシャの地図を広げる。


「次は……ベーコンか、こいつも美味そうだ」

「おい無視すんなって、あっ、すんません」


 あまりにも体を動かして怒るものだから、人が行き交う場所でぶつかり、一旦自信を落ち着かせた。


「厚切りだってさ。人が並ぶ前にさっさと行くぞー?」


 それに、隣の少年は話を聞く気などさらさらないのだ。相手をしたところで無駄だと諦め、彼の後ろを追う。


「分かったよ……」


 人の流れは人一人の歩行速度よりは遅い。

 行列よりは早くとも、手持ち無沙汰になる。


「なぁ」


 口を開いたのはナタク。


「なんだー?」

「お前んとこの白衣のやつとうちのカナン。なんか良さそうな雰囲気じゃねーか?」


 良さそうな雰囲気。

 ソリッドはその意味が分からず首を捻るのみ。


「お前、そう言う知識は皆無なのか?」

「どう言う知識だよ。これでもボイドの所で一年は働いたんだぜ。頭は悪かねぇ、はずだ」

「ふーん。まあいい。で、どう思う?」

「だから何がだよ」

「おいおい、言わせんなよ。あの二人が恋仲になりそうだって話だよ」


 恋仲。その言葉に人の波にいた誰かがその声の主を探そうとした。いつだって、こういった話題は人の興味を惹くのだ。


「あー、そういうことか」


 ようやく意味を理解したソリッドは頷く。

 そして、渋い顔をして言った。


「ボイドはなぁ、良くも悪くも研究ばっかだぜ? そんなやつにホイホイ着いていくやつじゃねぇーよ」

「どうしてだ? 現にあの二人は仲が良いじゃん?」


 その返しに、ソリッドはにやけ顔を作る。


「お前こそ分かってねーだろ。ばーか」


 突然の煽りにナタクが眉を顰める。

 とはいえ、二人も時々話す程度の仲ではある。

 この程度の煽り合いは彼らの年頃にとってはよくある話だ。


「男と女が一緒にいるからって、絶対そうとは限らないってやつさ。そっちの……カナンがどう思ってるのかは知らねぇけどな?」


 言葉を一度区切り、また続ける。


「あとよ、あの二人が仲が良いのはお互いに興味のある研究? とかしてるんだろう?」


 ソリッドがボイドからカナンの名を聞くときは、大体難しい話をしている時。

 ソリッドに女の気持ちが分かるわけではない。

 分かっていたならば。


 ──あんなオレをみて、ジェシカはどう思ったんだろう。


 そんな考えを頭を振って吹き飛ばし、何か反論はあるかとナタクを見やる。


「あー、言われてみれば……」

「だろ?」

「うんうん。変なの、作ってた。熱くなるやつとか需要あるかわかんねーもん」


 熱くなるやつ。

 ソリッドの記憶の中にはボイドがそれを見せていた記憶が。


 ──防寒に使えたら、とか言ってたっけな。


 第三試練はとても寒い。寒さを凌ぐことができるなら需要は出るだろう。

 ソリッドはニヤッと笑い、人をイラつかせる声色で話す。


「強い探索者のナタクさんあろう人が分かんねぇってことかぁ~?」


 明らかに挑発としか取れない言葉。

 ナタクは額に青筋を浮かべる即座に切り返す。


「お前なら分かるってのかぁ?」

「あったりまえよ」


 自信たっぷり、そう言い切った。

 ナタクは動揺しながらも表情は変えない。


「じゃあ言ってみろよ」

「言うも何も、懐炉みたいに使えるじゃんか」

「……」


 完全なボイドの受け売りだが、一つの需要ではあった。それ以外となると料理等でも加熱に使えるだろう。魔力が必要とはいえ、携行品としても魔力を熱に変換できるのは使い勝手がある。


 探索者ならば魔力というものは仕事を続けていれば少なからず増える。迷宮の仕組み上、迷宮生物を倒せば探索者達にも一部魔力が流れ込むからだ。


 そして、ソリッドが述べた活用法は第三試練で最も使う方法。ナタクとしては尚のこと押し黙るしかできなくなった。


「あっれ~? 言い返せないのかぁ?」


 心の中でソリッドを馬鹿にしていたナタクは拳を握って振るわせるのみ。ますますソリッドは悪戯な笑みを強める。


 この煽りは次の店にたどり着くまで行われたのだった。



 *


 アリスとクオリアはひたすらに甘味処を巡っていた。


「ねっ、次はどこに行く?」


 アリスが一口頬張る度に目をキラキラ輝かせるのはクオリアから見てとても楽しいものだったが、彼女のお腹はそろそろ限界が来ていた。

 朝から夕方まで食べていたのだ。無理はない。


「ちょっと休憩、良いかしら?」

「ん。そう? じゃあ……あっちにいこ」


 アリスが指さしたのは昼間はぎっしりと埋まっていたベンチの内の一つ。

 夕方になって人々のお腹は膨れ、家に帰る人もいたのでベンチは空いていた。


「ふいぃ~」


 それに腰掛けてクオリアはだらしなく脱力する。


「そこまで?」

「おかしいのはアリスちゃんよ。さっきの所で十店目よ? しかも一つの店で少なくない量、食べてるし。……太らない?」


 最後だけ小声で言った。


「う……。ううん、大丈夫よ。毎日動いてるもの。……きっと大丈夫」


 自分に言い聞かせるように言っている辺り、アリスに自信はないようだ。

 しかし、アリスが一食に食べる量は多い。クオリアがアリスと一緒に食事をするときは基本外食なので、たくさん食べるのは外だからだろうと勝手に勘違いしているが、毎食チェシャの二倍ほど食べている。


「そう? とりあえず、ちょっと休ませて、ここに戻ってくるなら何処かに行っても大丈夫だから」

「分かった。ちょっと周り見てくる」


 アリスはこくりと頷き、人々の喧騒が減り始めた道を歩き出す。人の波がなくなったお陰で、朝や昼よりもスイスイと歩けた。


「んー。どうしようかな」


 クオリアも長時間休む訳ではないだろう。

 だが、次の店でお開きになるのはなんとなく分かっていたアリスは、最後にどれを食べようかと店を物色する。


 そうやって店を探す視界の中に見慣れた人影が映った。


「あっ。チェシャだ……?」


 同じ街でそれぞれ店を回っていたとは言え、人の並みのせいで今まで見つけることはなかった。

 加えて、アリスの意識が甘い物に向いていたのもある。今は彼女のお腹もそこそこ溜まっていたことで、意欲が薄れたのも見つけた理由の一つであった。


「おー……」


 おーい、と声をかけようとして、立ち止まる。


 彼の横には綺麗な白のワンピースに身を包んだ黒髪の少女、アルマがいた。

 アリスはアルマと会話したことがない為、それが誰かは分からなかったが、彼女の知る人ではなかった。


 それでも、清楚な雰囲気を漂わせる彼女がチェシャと共に笑いながら歩いていたことは、アリスが声をかけるのを止めるには十分な理由だった。


 胸がチクリと傷んだ。


 チェシャの服装は非常にラフで、彼女の隣に立つには少し不似合いだった。

 アリスはその光景から視線を逸らそうとする。けれど、視界の端には映し続けた。


 歓談し続ける二人。そんな二人が横道に逸れていくのをアリスは視界の端に収め続けた。

 やがて、彼女の視界から二人は消えた。


「……」


 アリスは誰も居ない横道の入り口から目を離せなかった。じっと見つめ続け、くるりと身を翻して来た道を戻る。

 服の胸部分をギュッと握り締めながら。何故こんなにも苦しく感じるのか分からないままひた走る。


 言葉にできない感情を抱いたまま走り続け、ウィンドウショッピングさながらに歩いてきた短い道のためすぐにクオリアがへたり込むベンチへと辿りついた。


「はぁ……、はぁ……」


 アリスは肩で息をする。

 本来ならこの程度を走ったくらいで息は荒れない。

 顔は少し青く、そんな彼女を見たクオリアが慌てて尋ねる。


「ど、どうしたの!?」


 先程まで天真爛漫な笑顔を見せていたのに、真逆の顔で帰ってきたのだ。

 クオリアは自身の感じていた疲れや満腹が吹き飛んだように立ち上がった。


「わかんない」


 そう、分からなかった。

 自分でも。

 別にチェシャが他の人と店を回ることなど何もおかしくないのだ。あの時声をかけるのを躊躇する必要などどこにもなかった。

 だが、楽し気に見知らぬ少女を会話をするチェシャを見てどうにかして止めたいと思ってしまった。

 それが何故か分からないままに。


「わかんないの……」


 何かを堪えるように、拳を握りしめて、俯くのみ。

 クオリアはそんな彼女を抱きしめて頭を優しく撫でた。


「お姉さんにゆっくり話してみなさいな」


 拳から力が抜けていく。

 アリスはぽつりぽつりと、先程の一瞬であり長くもあった光景について話す。


 チェシャがいたこと。声をかけようとしたこと。

 彼の隣に少女がいたこと。とても可憐だったこと。

 何故か目を逸らしたくなったこと。

 けれども、視界からは外さなかったこと。

 何故か、逃げ出したくなったこと。


 クオリアは相槌のみを打ち、彼女の辿々しい話を真剣に飲み込む。

 もとより片鱗はあった。思いつく答えも一つだった。


「……」


 彼女は自らの自論は正しかったのかを頭の片隅で考えながらも、アリスに優しく語りかけた。


「それはね」


 ──嫉妬だよ。


 と。


「しっ、と?」

「そう。人間ってね。誰かに自分を受け入れてほしいって思うの」

「クオリアも?」


 答えは確かな頷き。


「それでね。相手によっては自分を受け入れて欲しいって気持ちは強くなるの」

「……」


 アリスはクオリアの瞳を見つめていた。

 彼女が伝えたいことを理解せんと。


「これには名前があるのよ」

「なまえ……?」

「何だと思う?」


 そこでクオリアは優しげな顔つきをいつもの朗らかな笑みと悪戯な笑みが混ざったものへと変えた。


 アリスは沈黙する。


 クオリアはそんな彼女を静かに引き寄せてベンチに座らせた。自身もその横に座る。


 クオリアはアリスの答えをじっと待つ。

 徐々に減っていく人の往来は無言で俯くアリスと腕を組んで動かないクオリアに奇異の視線を浴びせた。


 日が緩やかに沈み、明かりとなるのは淡く光る月と大通りにある魔石灯の光のみ。

 冷え込み始めた温度は風を冷やし、冷風は二人へと吹き付ける。


「……分からない」


 彼女は静かに白旗を挙げた。


「そっか……」


 クオリアはすっと立ち上がる。

 そして、振り向いた。


「それはね……」



 アリスがゆらりとクオリアを見上げる。



「“恋”って、言うのよ?」




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