awakening!
全力の一撃を身にした英雄はゆっくりと倒れていった。
そして、手をついた。
「──!?」
まだなのか。
色を失った鎧を纏い、槍を生やし、血を流しながらも、大剣を肩に担いで呟いた。
「”機能変化──双剣“」
大剣が、増えた。
両の手で一つずつ大剣を握りしめて、構えた。
そこへ次なる火炎が押し寄せる。
──グォォンッ!
片腕で振われた大剣が火炎を掻き消した。
「おいおい……どうなってんだよ。」
血に染まりながらも、先程と変わらぬことを成し遂げるその朽ちぬ英雄に、ソリッドは体を震わせる。
アリスは瞠目し、銃を握る手の力が緩み、手から溢れ落とす。
カタンと無常に音が響く。
クオリアは深く息を吐いて、それでも闘志を燃やし、大盾を構え直した。
*
勝てるの? あれに。
ボイドが作ってくれた最初で最後の大チャンス。
それでも倒しきれない。じゃあもう……
──いえ、諦めてはダメよわたし。
今だってチェシャは。
チェシャはわたしにむけて親指を立てた。
その手は震えていた。
恐怖のせい? 疲れのせい?
槍を構えて大剣が暴れ狂う所に突っ込んでいく。
わたしのように少しも臆せずに、立ち止まらずに進んでいってしまう。
ねぇ! しんじゃうよっ!?
このままチェシャに任せるわけにはいかない。けれど、わたしじゃあ、力が足りない……!
だって今もわたしはボロボロのチェシャが死線を潜り、吹き飛ばされる所を見ているしかなかった。
銃を拾って握る気力もない。
だって、もう勝てる未来が見えない。
わたしの銃弾は攻めの起点にもならなければ、隙を見せた相手を仕留める力も持っていない。
頑張ったって無駄にしか感じられない。
ない、ない……ない。なんにもない。ないばかり。
わたしはチェシャが死んでしまいそうなことに、また一人にされそうなことに怯えている。
でも、竦んでしまった足はもう動かない。震えてしまった手はもう銃を握れない。
どうすれば……どうすれば彼を助けられるの……?
だれか……教えてよっ!
だれか……助けてよっ!
もう……一人はいやなのッ──!
*
グングニル第三層──コントロールルームで、忙しなく光っては瞬く電子の画面があった。
『マスター、アリスの力の渇望及び、現時代における住人への救いの渇望を確認。』
誰も居ない部屋に響く合成音声のアナウンス。
『運動制限解除、記憶制限解除に耐えられるよう疑似掌握魔力の展開を許可』
画面にはアリスの全身が表示された。X線によって透視された彼女の全身は一部、本来あるはずの骨がない部位がいくつか存在していた。
『サブオーダー“彼女から彼女をなくすな”によりマスター、アリスに運動制限、魔法関連の記憶制限の解除、並びに魔拳銃の知識をインストール。』
画面に表示されたアリスの全身の内、筋肉と本来ならば骨があった場所が紅く塗りつぶされる。
『……マスター、ご健闘願います。』
それは果たして機械が生み出した記号的台詞か、スカーサハ自身の意思かは誰にも分からなかった。
*
頭が、われる……!
「~~~~ッ!!」
突然溢れ出る情報の放流。
それを受け止めるために地に蹲る。
突然の痛みに驚いたけれど、痛みは直ぐに引いた。
それに、笑いたい気分だった。
これなら。
彼を助けられる。
銃を拾い、口ずさむ。
頭の中は勝手に図形を描いてる。
「“機能変化──双銃── 魔拳銃”」
使い慣れた拳銃を宙に放る。
光を発すると、二つに分かれてわたしの手元に返ってくる。
すごく、手に馴染む。
「”魔力装填“」
実弾を全て排出し、魔力を込める。
この銃が何度も撃っても今まで壊れなかったのは、そもそも実弾などよりも排出に負荷がかかるものを装填するため。
さあ、今まで無視されてきたけど、これならどう?
「全弾発射!」
魔力の塊を発射させる。
魔圧を利用し、弾に変える。
魔力の揺らめきが見える人なら、熱砂の如く荒れ狂う魔力の奔流が見えると思う。
ガガガガンッ! ガガガガンッ!
ヤヴンは慌てて両の大剣を目の前に構えた。
もはやついでどころか全力の防御さえも強いる火力。
それは轟音と共に彼の大剣に窪み作った。
「まだまだっ!”魔力装填っ!……全弾発射”ッ!」
弾倉を開いて再装填。
即発射。
ヤヴンは動き出し、避けようとした。
持っている物に対して俊敏な動きが弾を避ける。
──ほんと出鱈目っ!
わたしは迫ってくる大剣から逃げながら魔力を装填しては発射する。
わたしに引き付けておかないとみんなが危ない。
「ひゃっ!!」
直ぐ横を通り過ぎる大剣に思わず声が漏れてしまう。
──防御しないとッ!
襲いくる大剣を魔弾でそらす。
チェシャやクオリアがやってる事を見様見真似しているだけ、けれど、直接武器で弾くよりは多分簡単。
だからギリギリ出来てる。
「んっ!」
振り下ろされる大剣を横に転がって避けて、もう一振りを弾く。
──グォォンッ!
追撃は後ろに飛び退く。
同時に再装填。
ヤヴンが地を蹴って飛び込んでくる。
土が粉のように激しく舞い上がっている。
──力、強すぎ、ない!?
恐怖を堪えて、懐に飛び込んで両方からの振り下ろしを避ける。
ちょうど股をくぐり抜ける形で彼の後ろに回ったわたしはここぞとばかりに全弾発射。
──ガァァァンッ!
すっごい速度でくるりと回った大剣が全て斬り払った。
斬れたっていうより弾き飛ばしたみたい。
……え、弾き飛ばしたのっ!?
「“魔力装填”!」
間に合う!?
そう思った矢先、目の前で火花が咲いた。
そこに居たのは不適に微笑んで大剣を弾いたチェシャ。
「村長さん、敵は一人じゃないよ?」
チェシャぁぁ~!!
わたしの安堵の想いは、叫ぶ余裕がなくて心の中で叫ぶに止まる。
でも、チェシャの槍じゃ、ヤヴンの攻撃を止め続ける事はできない。
一瞬で押される彼の槍。
「へーるぷっ!」
懐かしい頼りない叫び。
「へいお待ちっ! ってね!」
目の前に紫の花が咲いた。
──さっすがぁ!
「アリスっ! いつも通りいくよ!」
「りょーかいっ!」
どれだけ誰かが強くなろうと、みんな強い。みんなを引っ張れるような最強の、ヒーローの存在って、憧れるけれど、わたしはこっちの方が好き。
わたしは狙いをヤヴンの心臓に定めた。
何故かは分からないけどチェシャはわたしが狙ってるところが分かるみたい。
だからわたしがするのは狙う場所を教えることと、彼が困った時に支援射撃をする事。
二つだけ……簡単だね。
チェシャに迫る大剣は彼が避けるのをやめたもののみを撃つ。
そこまでの信頼は怖すぎるけど、わたしにはちょっと危ないクスリみたい。
だってこんなにも昂るし。
その信頼が嬉しいと思ってしまう自分がいるから。
左手の銃で彼の支援射撃。
「“魔力充填”」
右手の銃は必殺の一撃に備えている。
二つとも支援に徹する必要が無いのはクオリアがチェシャを手伝っているから。
彼が厳しいと思った瞬間に飛び退き、代わりにクオリアが圧をかける。
クオリアにとって片手で二方から振われる剣の方が楽らしい。
まともに受け止める事は厳しくても、逸らしていなす。光を発していた時は無理だったみたい。
さっすが。チェシャよりも安定感がある。攻撃はしないけど、わたしは大剣を弾かなくていいから左手を攻撃に回せる。
そう思っていたら、チェシャでもクオリアでも無い影がヤヴンの元へ走ってきた。
「“爆発”ッ!」
ほとんど自爆。後ろから近づいての大爆発。
ソリッドは勢いよく吹っ飛んでゴロゴロと地を転がっていったけど、倒れ伏せたまま手を挙げていたから心配要らないみたい。
……急にやらないで欲しいわ。
けど、背面からの爆発は流石に応えたみたい。
「~~~~っかはッ!」
吐血。よろめき。大きく体を痙攣させた。
今ッ!
左手への装填をやめて、右手の魔力充填に全力を注ぐ。
魔力が心許ない。ここで決めないとっ!!
左手の銃を放り投げて両手で構える。
流石にこれの反動は片手じゃ無理。
「“魔砲 ”ッ!!」
単純な魔力の塊を飛ばすのではなく、魔法との複合。
銃口の前に円環が複数現れ、銃口から放たれた魔力が増幅される。
膨らんで。
膨らんで。
極太のビームとなったそれは地を削りながら放たれた。
ギュュウッ──ウゥゥンッ!
風を超え、音を彼方に置いた魔力の奔流がヤヴンを飲み込んだ。
ウウゥゥゥン──!
ゆっくりと魔力の揺らぎが収まり、静寂が帰ってくる。
そこに残っていたのは二振りの大剣のみだった。
「はぁぁぁぁ~~ぁ。」
心の底からの安堵。
ぺたりと地面に腰下ろす。
「お疲れさん。」
チェシャもボロボロになった革鎧を纏って歩いてきた。
そこでわたしは自分の服がボロボロになっていることに気づいた。
わたし自身はまともに攻撃された覚えはない。でも、靡いていた服の裾が切り裂かれていて所々肌が露出している。
「ん。」
チェシャは鞄から外套を取り出してわたしに放り投げる。
彼から見てもそういう事らしい。
顔が熱くなるのを感じながら慌てて羽織る。
お風呂上がりで肌着を着ている時とはまた違った羞恥心。
わたしだけこんな思いをするのは不公平、と彼に向かってジトリとした視線を向ける。
「……。」
彼はシュンとして後ろを向いた。
ああ、ごめんっ! そこまでじゃないの!
わたしはあたふたしながら疲れも忘れて立ち上がる。
そして、私達を見てクスクスと笑うクオリアを見つけた瞬間に視界が暗くなった。
これにて四章完結です。
精神的にも情報量的にも重かったと思いますが、ここまでお読みいただきありがとうございます。
いつも通り詳しい後書きは活動報告に挙げます。
次回の投稿時期については、12月と1月の間くらいを想定しています。
少し長いかもしれませんが、四章も同じく、書く量が文庫本一冊並みになっているのでお時間をいただきます。
更新の度に読んでくれている皆様方、非常に励みになっています、心からお礼申し上げます。
次章をお楽しみにしていただければ幸いです。
追記:次章投稿までに、間話の投稿も行います。それぞれの章の最後に差し込む形です。
読まずとも話の主軸に影響はございません。
読んでおくと後で、“ああ、あれか”となる程度です。