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そこに眠るは夢か希望か財宝か  作者: 青空
第四試練:唸るは英雄の剣
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還すは研究者の塵山

 

「……かっけ」


 地に手を着き、顔を上げたチェシャの第一声は不意に出た憧れ。

 純白の鎧を纏った勇士。文字通り、チェシャが夢に思い浮かべる英雄の姿に見惚れていた。

 しかし、一瞬の夢は刹那に消え去る。


 ヴゥゥン!


 先程とは異なる風切音。

 一周した大剣が生み出したのは光の斬撃。


「ふせろぉぉ!」


 直感に従い、ボイドが全力で叫ぶ。


 その声に我へ帰ったチェシャは全力で伏せた。

 クオリアは装備のせいで僅かに遅れ、兜が斬撃波を掠め、掠めた部分が消滅した。


 後衛陣は距離があるため、比較的容易に躱す。

 五人を通り過ぎた光の波は木々に突き刺さり、止まらず木々を輪切りにする。


 ──ギギィ……ザザァァン!


 ずれて、崩れる。


 大広間が尚のこと広くなったように見える。


「~~ッ!」


 死線の最中であることを思い出したチェシャはすぐに槍を握りしめて駆け出していく。

 疾駆。

 魔力の放出を厭わない彼の疾走は風を超えた。


 一瞬で距離を詰めて槍を振るう。

 彼の攻撃への返答は灰色の光の一閃。


 キィィィィンッ!


 高く響く金属音。槍は光輝に一蹴された。

 くるくると回転しながら槍の穂先が宙を舞い、英雄の光を反射していた。


 唖然とするチェシャの後ろで槍の穂先から少し後ろまでの部分が突き刺さる。

 彼が握っているのは柄だけとなった棒。

 そんな彼を襲う第二波。大剣が振るわれる。


 光の波。


 猫のようにふわりと、それでいて俊敏に宙を舞ってチェシャがそれを避ける。


 さらに追わんと英雄は大剣を肩に担ぐが、その大剣はチェシャとは反対方向に振るわれた。

 光の先にあったのはソリッドが生み出した業火。


 一瞬の拮抗。


 競り勝ったのは光の刃。


「ひぇッ!」


 ソリッドは全力で横へと飛び込み当たれば真っ二つなるであろう刃を避ける。

 次には眩い光を放つ英雄の鎧とは相反する光を吸い込む黒の球体。

 地を這うような低空飛行で迫ったそれはヤヴンに接近を許させた。


 破裂。


 が、何事も無かったかのように大剣を振るった斬撃がボイドへと襲う。

 渾身の魔術が意味をなさなかったことで彼は反応が遅れ、回避が間に合わない。


「アイリスッ!」


 小さな紫が咲いた。

 しかし、小さくとも強かに生きるその花は光と拮抗する。


「ウアァァァッ!」


 下から掬い上げるように少しずつ押し返していく。


 ──ヴゥゥン!


 そして刃を彼方へと飛ばした。


「んッ!」


 それらの代償にクオリアがガクンと肩を崩した。

 しかし、舌を噛み、血を吐きながら意識を離すことを彼女自身が許さない。

 

「ボイドッ、魔力が回復するものないっ!?」


 呆けているボイドを叱咤する時間すら惜しい彼女が前進しながら後ろへと叫ぶ。


「受け取れっ」


 ボイドは鞄から小瓶を取り出して投げる。クルクルと回転しながら宙を舞い、それはクオリアの手元に収まった。


 クオリアはその中身を見ぬまま蓋を弾き、口にする。

 舌に感じたのは固体と液体の狭間のようなとてつもなく苦い、少なくとも人間が口にするには程遠い代物。

 思わず嘔吐しそうになるのを必死に堪え、それを飲み込む。


「これ、作ったの、誰よ……」


 口から滴る緑色のそれを拭いながらクオリアは体の奥から何かが漲るのを感じた。


「まあいいわ」


 二度目は無理だが、代償に見合うものではあったと無理やり納得し、ヤヴンへと迫る。

 光の波を受け止めたクオリアにヤヴンは眉を潜め、再び大剣を一閃する。


「アイリスッ!」


 紫が咲く。彼女の騎士としての力が二度目の攻撃を先程よりも早く、精巧に弾かせる。

 しかし、クオリアは己の体から何かがごっそり奪われるのを感じ、内心舌打ちした。


 後、三回。


 おおよその回数。それは不味さを乗り切った割には少し足りないと、彼女は内心愚痴る。


「ソリッドォォ! 動きなさいッ!」


 アリスからの攻撃は絶えず飛んでいる。

 けれど、鎧に届く前に何かに阻まれ、全て通らない。


 こうなればより火力のあるソリッドが適任だが、魔術が全然飛んでこない。

 何をしているんだと苛立ちを膨らませ叫んだ。


 返答は無し、代わりにチェシャが予備の槍を持って復帰してくる。


 が、クオリアのように光の波を受け止められない。よって近づけば避けることさえも間に合わぬ為、ナイフを投げながら様子を見ている。


 クオリアは歯噛みしながらも兜がなくなり、纏まっていた髪を、頭を揺らして払い除けると前進し始めた。



 *


「よく飲めたな……」


 頭をフル回転しながら先程のクオリアの行動を称賛する。


 魔力を回復させるものはまだ見つかっていない。

 そもそも魔力は大気のように散らばっているものでそれを一纏めにする事は魔術でない限りできない。


 しかし、第四試練は植物の宝庫だった。片っ端から知らないものを採取し、時にはカナンにも手伝ってもらいながら行った実験で出来たのがあの、泥のようなもの。


 味は壊滅的。けれど、効果だけは保証できる。副作用が分かっていないので使いたくは無かったが、今はクオリアの盾に頼るしかない。


 ともかく、頭をフル回転させた結果導いたのは色濃い敗北。

 それを受け止める訳にもいかない。


 観察の結果としては、ヤヴンは現在魔法を使えない。


 と言うよりは魔法が発動され続けているというのが正しい。

 鎧の周りを覆う薄い膜と光の剣。


 先程は魔法を使う事で逐一展開していた防壁が今は常時展開されている。


 あの規格外の光の大剣も恐らく魔法の一種だと見た。

 その二種類が発動し続けている魔法。


 ソリッド曰く、平面図形で描かれる魔術と違い、魔法は頭の中で描く立体図形らしい。


 そんなものを二種類発動している状態でさらに発動はできない、はず。

 出来たらもう無理だ。そんな事を考えても仕方がない、これに賭けるしかない。


 不確定を前提に動くのは出来れば避けたいが……。


 現状足りないのは有効な攻撃。

 手数はある。火力も足りないわけではない。


 攻撃を通せるタイミングが必要。


 作らないといけないのは無防備な時間。最大火力出なくても良い、所詮は人間。生身の弱点に銃弾一つ当たれば即死も可能だ。


 だかなぁ……。


 どうやって無防備な時間を作れと。


 今も尚、チェシャ君とクオリアが死線の中で光の奔流を避け、辛うじて生き延びている。

 申し訳程度に火球を飛ばして牽制しながらより深い思考に入った。



 *


 貧しい暮らし。

 けれど不満はなかった。

 寡黙ながらも賢い父、病弱ながらも優しい母。私とは正反対の元気に満ち溢れた弟。


 このどれかが欠けるまでは。


 北の王都、ノースラルの外れにある、俗に言うスラムで暮らしていた私の家族達。


 父が肉体労働に精を出して稼いだお金をやりくりし、飢えることなく暮らせていた。


 冬になれば病弱な母が寝込む為、父がそれの看病に時間を使う。その際は稼ぎも減るので尚のこと腹を満たせない。


 そんな中私が考えたのは学者になること。学者になればお金も稼げる。それ以外では私の運動センスが邪魔するからだ。


 そして、母の病弱な体を治したいという思いもあった。


 賢い父の教えや、スラムに捨てられた物を観察し、知識をとにかく蓄える。


 父は適材適所に生きろよと口酸っぱくして言っていた。


 出来ないことはできるやつに任せろ、代わりに出来ることは上がいようと全力でやれと。


 俺は体だけ強いからとにかく働くのさ。と、家事が出来ない父の言い分。

 母が寝込んだ時には、不器用ながらも不味い飯を頑張って作っていた。


 それを弟と頑張って飲み込みながら、本来子供が勝てない父に下手くそだ、と弄るのもいっときの楽しみだった。


 多分本来とは違う意味になってしまっている父の教えを飲み込み、植物なんかは片っ端から観察し、僅かながらもらえるお小遣いは、貯め続けて図鑑に使った。


 大したものは買えなかったが、安物の薬を作れるくらいには学べた。


 ある日のこと、いつも通りボロボロになった図鑑を読んでいた頃。


「にいちゃーん!」


 弟のロココが駆けてくる。手には錆びついた楕円形の球体で出来た機械らしきものが。今で言う魔術ランプだ。


「これ、触ってたら灯りがつくんだ!」


 スラムに灯りはない。

 太陽が落ちるのが早い冬では、尚のこと面倒な問題だった。


 火打ち石を買うのにも金がいる。別に無くても火ぐらいは起こせるのでそう言った代物とは無縁だった。


「触ったら?」

「見ててくれよ。力を込めたら着くんだ」


 そう言ってむむむと唸りながらそれを抱える。すると、ガラス状になっている部分の中身に火が付いた。


 その時はそれが古代技術(ロストテクノロジー)製のものとは知らなかった。

 弟がが常人より魔力を持っていたことも。


 私はその超常的現象に目を輝かせた。

 そして、同時に何故起こったかに思考を巡らせる。

 だけども、魔力なんて物を知らない私ではその現象を解明できるはずもない。


「これ、借りても良いか?」

「良いぜ」


 私が母の為に勉強している事を唯一知っている弟は快くそれをくれた。

 返さなくて良いと、代わりに母さんを治せよと。


 私はその魔術ランプをお小遣いが貯まったときに行く古本屋に持ち込んだ。


 ここの店主は何故か博識だったからだ。

 小遣いが無くとも店主に質問をしに訪れる事もあり、店主もそんな冷やかし客同然の私に何度も答えてくれていた。


「サイモンさん、これ、何か分かりますか?」


 そう、その店主は今も世話になっているサイモンだった。


「おう、坊主。また変なのもってきたな……。珍しい、古代技術(ロストテクノロジー)製のやつだな。どこで拾ったんだ?」


 錆びついたそれを見てスラムで拾ったのだろうと推測をすぐにつけた。


「何処かは知りません、弟が持ってきたので。……古代技術(ロストテクノロジー)って何ですか?」


 サイモンは懇切丁寧に古代技術(ロストテクノロジー)について語ってくれた。


 私は未来にはこんな超常的現象を起こせる物が沢山あるのかと興奮し、どんな学者になるか決めていなかった私は古代技術(ロストテクノロジー)についての学者になる事を決めた。


 母が薬を飲んでも治らないなら、これに縋るしかないと思いとともに。

 そんな決意を固めた頃。


 突然父が死んだ。


 工事現場の倒壊に巻き込まれたらしい。

 よくある事。よくある事ではあるが、その当事者になると思っていなかった。


 とてつもなく、あっさりと。


 人間、こういうことを想像しても自分はそうはならないと思いがちだ。

 それを実感できる人間はその恐怖にさらされ続ける者のみ。迷宮に潜るようになってからは尚のことそれを実感した。


 父の埋葬は大したことは出来なかった。燃やして埋める。それだけ。

 そして、これからの一家について考えを巡らせるしか余裕がなかった。


 大黒柱を失った家など簡単に崩落する。

 最初に弟が出稼ぎに行くと、短気な弟の癖にずっと溜め続けていた小遣いを持って、隣の大陸に現れた巨大迷宮に向かって旅立った。


 弟は運動センスがあった。それを父の教えに習い

 、彼なりに適材適所を為そうとしたのだろう。


 だが、弟は帰って来ていない。


 彼が帰ってくるまでは母は自分が何とかするしかない。


 私が考えたのは古代技術(ロストテクノロジー)についての論文をどうにかして作り、学者になること。


 どうやってノースラルの研究所にツテを作るか悩んでいると、サイモンが何故だか研究所にツテを持っており、援助をしてくれた。何故そんなツテを持っているのかと尋ねたが、


「理由はお前が名を轟かすぐらいの学者か研究者になったら教えてやるよ」


 そう言ってはぐらかされて、私が魔術ランプについて事細かく調べた論文を出してくれた。

 書いたことは今の魔術具の根幹である魔力さえあれば誰でも使える道具について。


 お陰で研究所のにいる古代技術(ロストテクノロジー)専門科の雑用として働くことができた。


 ──これでやっと。


 そう思った矢先、母が力尽きてしまった。

 まともにお金を稼げなくては現状維持に持ち込む薬さえも買えなかった。


 けれど、死に際の母は最後に病弱とは思えないぐらい魂を燃やした。


「ボイド、貴方は貴方がやりたい事のために頑張りなさい。世界は広いわ。貴方がどれだけ大きな人になっても、貴方が知らない世界はある」


 いくら蝋燭の火を灯そうとも、残り滓は限られている。それでも母は力強い口調を崩さなかった。


「だから、私の為じゃなくて、他の誰でも良い、自分が……やりたい事……のために……生きなさい」


 そう言い切って、満足そうな表情で永遠の眠りについた。

 どうしてそんなに満足気なのかはどれだけ考えても分からなかった。


 母の遺体は父と同じ場所に埋めた。


 何をするか。自分のしたい事。古代技術(ロストテクノロジー)の研究。

 あるかどうかも分からない天国にいる両親が驚くぐらいの名を馳せてやろう。


 そんな思いで研究に打ち込んだ。

 名を馳せるまでは両親が自分を見失わないように白衣(トレードマーク)を付けておこうと決めた。


 小さくとも自分の研究所が貰える程度には昇進し、|国から亡命して来た騎士《クオリア》に、|表面上は隠れていても闇を抱えていそうな少年《ソリッド》と出会い。


 遂に古代技術(ロストテクノロジー)の全てが分かるであろう糸口を掴んだ。


 名を馳せるまであと少しだ。


 見てますか、母さん、父さん。ロココ。


 *


 自分が出来ることは所詮知識の塵山の中から出来ることを探すのみ。


 適材適所。


 自分がすべき事はあの魔法の突破口。

 魔法さえ無ければ。


 そう思った時、一つの出来事を思い出す。

 この迷宮に入る際に見た魔法。


 ソリッドは魔力を消してるんだと意味の分からないことを言っていたが、詰まるところ、現象の無効化だ。


 全て無効化できるのではない。

 魔力による無効化は同次元の存在である魔力による事象だ。


 魔力を相殺させて、無に帰す。


 蓄えた知識が頭の中で図形を描き出す。

 今まで蓄積していきたい知識の塵の山が。


 所詮、特筆できる点のない人間の処理能力では頭が焼き切れそうだ。

 熱い。視界がぼやける。


 けれど頭の中は沢山の知恵の輪のような物が重なり合い続けている。

 それを外すのではなく、外せない様に、閉じ込めるように全てを円環として繋ぐ。


 循環。


 そして、還元。


 無に返す。


 鼻から何か液体が出るのを感じた。

 痛みという感覚が消え失せて、とろりとした何かとしか感じなかった。


「“消去(delete)”」


 今まで貯め続けた知識は人間の身には不可能だった偉業を成した。

 しかし、私はその現象を目にすることは出来ていない。


 無論、満足ではあるが。


 やる事はやった。

 頼んだ。


 迫る地面、残りのできる事は彼らの成功を願う事だけだった。



 *



「“消去(delete)”」


 ボイドから聞こえた声は蒼い閃光を起こすと、英の光の剣と純白の鎧をただの大剣と灰に燻んだ鎧に変えた。


 ──今しかない。


 それを見た四人は猛攻を仕掛ける。


 渾身の一撃。

 全弾発射。

 最大火力。


 それらを妨げさせない紫の花弁。


 大剣は紫の花弁に押し留められる。


 それが閉じる頃には、英雄の腹に槍を生やし、肩と脚から血を流させ、全身を火炎が飲み込んだ。

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